『―――その務め、私が承りましょう』 「な……、今度は何やっちゅうねん……!」 巻き起こる土埃に手をかざしながら、晴子が叫ぶ。 透き通るような声とともに天から舞い降りてきたのは、輝く白い巨体。 吹きすさぶ風に金色の髪をなびかせた、それは美しくも壮大な彫像であった。 張り出した乳房に細い腰という女性的なフォルムの背には、どこまでも白く大きな翼。 静謐な容貌に限りない知性と包容力を感じさせるその彫像が、地響きと共に大地へと降り立つ。 『我が名はウルトリィ―――』 彫像は、動くことのないその口で、しかしはっきりと名乗った。 「は、今更喋るロボなんぞで驚けるかい……何の用じゃ、おどれ!」 言って銃を構える晴子。 だがその言葉が虚勢でしかないことは、震えるその手を見れば一目瞭然であった。 この巨体の前では、M16など豆鉄砲程度でしかないと、晴子にも分かっていた。 『……失礼ながら、お話は聞かせていただきました』 そんな晴子の動揺を無視するように、彫像が語り始める。 『そこの貴女―――、貴女には器が必要なのですね』 彫像の顔が、観鈴の方を向く。 「な……自分、観鈴が見えるんか!?」 (にはは……わたし、注目されてる) 『私はオンカミヤムカイの巫―――時にあなたのような方と語り合う務めもありました』 彫像の言葉に、神奈が厳しい顔で彫像に問いかける。 「そなた、その翼といい……やはり余と同じ―――」 と、彫像が初めて神奈の背に生えた翼に気づいた様子で言葉を紡ぐ。 『これは珍しい……このような時の彼方で、オンカミヤリューの裔と出会うとは……。 ……いえ、裔というよりは……貴女はむしろ……』 そこで彫像は一旦言葉を切る。 『……これも巡りあわせというものかもしれませんね』 「そなた、何を言っておるのだ……?」 ひとりごちるような彫像の言葉に、神奈が眉をひそめる。 『……いえ、今は関わりの無いことです。それよりも、貴女……』 と、観鈴のほうに向き直る彫像。 『貴女がお母様と触れ合い、言葉を交わすために……仮初めの器が必要なのでしょう。 母と子の絆……私にも覚えがあります。遠い時の彼方の、色褪せぬ思い出……』 何か大切なものを思い出すように、声を落とす彫像。 『貴女が母を求め、母御もまた貴女を求めるというのであれば……私のこの身体、 しばしの間でもお貸しいたしましょう……』 (ロボットさん……) その言葉に、神奈が腕組みをして何やら考え始める。 「ふむ……翼持つそなたなら、或いは……しかし……」 「―――何をごちゃごちゃ言うとんねや!」 話に置き去りにされていた晴子が、銃を構えたまま叫ぶ。 「このけったいなロボに観鈴が入る? ……冗談やないで!」 言いながら躊躇なくトリガーを引く晴子。 高い音が響き、弾丸が彫像に弾かれる。その表面には傷一つついていない。 「うちの観鈴はな、ぽかって叩いたら、がお言うて涙ぐむアホな子や! こんなん叩いたら、うちの手が痛い痛いってなってまうわ! ボケ!」 (お母さん……) 観鈴が沈痛な面持ちで呟く。 「返せっちゅうてんねん! うちの観鈴を! 泣き虫で、アホたれで、笑うのがへったくそな、 うちの観鈴を返せ、って……、そう、言うてんのや……!」 晴子は、泣いていた。 彫像に体重を預け、その硬い表面を、素手で叩いている。 「何や……こんなん……! がお、言うてみいや……! 言えへんやないか……!」 泣き崩れる晴子を見る観鈴。 (……ロボットさん) その目に涙をいっぱいに溜めて、観鈴が彫像に言う。 (お願い、できますか) 神奈は何も言わない。ただ無言で観鈴と晴子、彫像を見ている。 晴子の声は、いつしか小さく掠れていた。 「うち、まだ何もしてへんやないか……なんで、なんでこないなことになってんねん……。 なんにも……何にもできひんままなんか……、なぁ、観鈴……」 涙声と共に、力なく振り下ろされる拳。 ぺちりと、彫像の表面を叩く。 『……が、がお』 その声は、彫像から発せられていた。 「……ッ!? な……何やて……?」 がばりと顔を上げる晴子。 真っ赤に腫れた目で、白い彫像を見上げる。彫像もまた、晴子を見下ろしていた。 『にはは……お母さん、ちっこい』 「その声……観鈴、観鈴なんか……!?」 懐かしい、久しく聞いていなかったように感じられるその声に、晴子が彫像にすがって問いかける。 そんな晴子に向かって、彫像がそっと跪く。 しっかりと視線を交わすように、晴子の方を向いて離さない彫像。 『お母さん、わたし……今なら、お母さんといっぱいお話できる』 「……観鈴、……観鈴っ!」 冷たく白い、その表面装甲。 しかし晴子は構わず、その装甲にすがりつく。 声と口調、仕草。 ほんの一瞬で、それらすべてが観鈴のものであると、晴子には感じられていた。 涙が零れ落ち、白い装甲に跳ねる。 『が、がお……お母さん、泣いちゃだめ……』 「……アホ、こういうときはいっくら泣いたかてええんや……憶えとき……」 『お母さん……』 しばらくの時間、そうしていた。 神奈はその間中、一言も口を挟むことなく、二人の様子をじっと見ていた。 晴子が泣き止むのを待って、白い機体が、跪いたままそっと手を差し伸べる。 『……乗って、お母さん』 「乗る……乗るて、このロボ……ちゃう、自分にか、観鈴?」 『にはは……観鈴ちん、いま巨大ロボ……。操縦できるよ』 言って、差し伸べた手に晴子を乗せる機体。 その巨大な手が、胸元へと引き寄せられる。 「うわ、ごっつ高っ……!」 『そこのレバー、回してみて』 「これか……? おわ、開くんか!?」 胸元のハッチが開放される。 中はパネルに囲まれた狭い空間。シートも見えた。 「これに入れ……ちゅうんか」 『お母さん、いらっしゃい』 「何や、けったいな気分やな……」 シートに収まる晴子。 ハッチが閉まると同時に、各種パネルが点灯する。 「何や……? 観鈴、自分がやっとるんか?」 『うん、今はわたしの体みたいなものだから……』 「そか……便利っちゅうてええんかな、この場合は……」 周囲のモニターに、外の様子が映る。 視点が高くなった分、島の様子が遠くまで見渡せた。 と、暗い夜空に大きく映る金色の光。 「……満足したか?」 神奈だった。 彫像の顔の辺りまで飛び上がって話しかけているらしい。 「何や、親子水入らずの一時、邪魔せんといてや。 ……って観鈴、この声、外に伝わっとるんか?」 『大丈夫、ちゃんと聞こえてるはず。観鈴ちん、えらい』 「はいはい、ええ子やなー。 ……で、羽つきの姉ちゃんな。自分、さっき何ちゅうた」 晴子の声に、神奈が答える。 「先程、とは何のことだ」 「……幸せな記憶、がどうちゃらこうちゃら、や」 「何だ、そのことか。……そなたと観鈴が幸せな記憶を作れば、それでそなたの役割は終わりだ。 余は愚か者どもに神罰を下すべく往く」 「観鈴は」 「土に還ると言っておろう」 「ほぉ……」 思案げに言葉を切る晴子。 「……観鈴」 『なに、お母さん』 「飛べるか」 晴子の言葉が終わるか終わらないかの内に、モニターの風景が流れていく。 島の南西部が一望できるほどの高度を維持したまま、観鈴の声がコクピットに響く。 『これでいい?』 「上出来や」 一方、突然の上昇について行き損ねた神奈が地上で叫んでいる。 「……こ、こら、約束が違うではないか!」 いかに叫ぼうと、声は届かない。 追いすがるべく上昇を始める神奈。 「……アホが。幸せな記憶なんぞ作ったら、観鈴とはおさらばやないか……!」 『……お母さん?』 「はいさいなら、ってそんなんでいいわけあるか、ボケ!」 『が、がお……無視』 「観鈴。うちにはまだ、このクソッたれた首輪がある。 島から離れたらどうなるかわからへん。それで、や」 『うん』 「皆殺しや」 『……え?』 「どいつもこいつもブチ殺して、うちが優勝する」 『お、お母さん……』 「それで首輪外して、あの家戻って、いつまでも二人で暮らす。 めでたしめでたし、ちゅうわけや」 『そ、そんなのダメだよ、お母さん……』 「―――やかましい!」 『が、がお……』 「うちかて分かっとる……無茶苦茶言うとるわ。けどな、これしか思いつかへんねん。 もう、自分と離れたないんや……観鈴」 『お、お母さん……』 と、モニターを一瞥して晴子が舌打ちする。 「ち、追いかけて来よったか……バケモンが」 『……』 「とりあえず逃げるで、観鈴。さっきの黒いのは得体が知れんからな」 『……』 観鈴の心に、地面に叩きつけられて死んだ男の記憶が甦っていた。 ひとつ首を振るようにして、徐々に加速を始める白い機体。 見る間に神奈との距離が開いていく。 (汝、神尾観鈴……それを望みますか?) そんな観鈴に、繰り返し語りかける声があった。 観鈴にだけ聞こえるそれは、ウルトリィと名乗った彫像本来の、透き通るような声だった。 ずっと黙り込んでいた観鈴が、機体を加速させながら一つの言葉を形作る。 『……お母さんが、そうしたいっていうなら』 「ん? ……何や、観鈴。何か言うたか?」 それには答えず、ただ機体を更に加速させる観鈴。 (―――契約は紡がれました) 次第に小さくなるウルトリィの声。 (それでは、私は束の間の眠りに入りましょう―――) やがて、声は聞こえなくなった。 母を乗せ、観鈴はただ天空を往く。 【時間:2日目午前2時】 【場所:H−4上空】 神尾晴子 【持ち物:M16】 【状況:優勝へ】 アヴ・ウルトリィ=ミスズ 【状況:契約者に操縦系統委任、一部兵装凍結/それでも、お母さんと一緒】 神奈 【持ち物:ライフル銃】 【状況:おのれ賤民】 - BACK