大事な人




「そうか……。その浩平ってのは、随分と変わったヤツなんだな」
「ええ、もう毎朝毎朝大変ですよ。この前なんてクローゼットの中で寝てましたし……」
そう言って長森が溜息をつく。
芳野と長森は安全に夜を過ごせる場所を探し、人が多そうな街道や村は避け、山の中に身を隠していた。
最初は二人とも口数が少なかったが、長森の幼馴染――――折原浩平の話題になった途端、長森は積極的に話していた。

「起きた後も酷いんですよ。トイレに行ったと思ったら窓から抜け出して私を置いて登校したりするし……。
登校中も知り合いの女の子に肘打ちしたりするし、もうムチャクチャなんですっ」
長森は何度も溜息をつきながら話し続けている。だが、その声は明るかった。
「何でお前はそんな奴を毎朝起こしに行ってやるんだ?」
芳野が疑問をぶつける。それは当然の疑問だった。長森の話だけ聞いていれば、浩平がただの子供にしか見えない。

「浩平は私がいないと駄目ですから…子供っぽくて、我侭で……。心配で、放っておけませんよっ」
そう言って長森がまた溜息をつく。
その様子を見ていた芳野は堪えきれなくなり、笑い出していた。
「な、何で笑うんですかっ」
「いや……すまない。おかしくてつい、な」
「え?」
「そいつの事、好きなんだろ?お前の言葉一つ一つから愛を感じるぞ」
それは、普通の人間なら恥ずかしくてとても言えないような言い回しだった。
その言葉を聞いて、長森が顔はどんどん真っ赤になっていく。
そして、長森は躊躇いながらも頷いていた。

芳野はその様子をみて微笑んで、それから言った。
「なあ長森、お前はそいつに会いたいか?」
その言葉に長森はすぐに頷いた。強く、頷いていた。
「はい。また浩平に会いたい……私、浩平と一緒にいたい」
それは、確かな決意の言葉。少女に出来る、精一杯の決意を籠めた言葉。
だから芳野も、次の言葉を告げる事に迷いは無かった。
「分かった。なら、明日はそいつを探そう」
「良いんですか?」
「ああ。もっとも、そいつが何処にいるかは分からないけどな」

その言葉に長森が俯く。
この広い島の中で、この殺し合いの中で、無事に再会する。それはとても難しい事だった。
長森の表情も芳野の表情も暗くなる。
しばらくの間、沈黙が続いた。


「………会えるさ」
ぼそり、と芳野が呟く。
「きっと、会える。ただの勘に過ぎないが、俺はそんな気がしてならない」
長森は目を丸くしていた。芳野が勘で物事を話すタイプには見えなかった。
多分これは彼なりの気遣いで、自分を勇気付けようとしてくれるのだろう。

「……そうですよね。きっと、会えますよね。ありがとうございますっ」
だから長森は、表情を緩め、笑顔でそう答えていた。
その言葉に、芳野も表情を緩め、微笑んでいた。


ふと、芳野は夜空を見上げた。夜空には星がたくさん出ており、とても綺麗だった。
こんなにゆっくりしてられるのは多分今晩だけだろう。
明日になればいつ戦闘になるか、いつ命を落とすか分からない。
だから芳野は、今この時にだけ許される事をする事にした。
(公子―――――俺は上手くやれているか?公子に教えてもらった事、しっかり守れているか?)
芳野は星空を見ながら、もうこの世にはいない愛する人に問いかけた。だが、答えは返ってくるはずもない。
もう二度と見る事が出来ない愛する人の姿を思い浮かべ―――――芳野は心の中で泣いた。




芳野祐介
【時間:23時半頃】
【場所:F-07】
【持ち物:Desart Eagle 50AE(銃弾数4/7)・サバイバルナイフ・支給品一式】
【状態:疲労、朝まで休んでから折原浩平を探す】

長森瑞佳
【時間:23時半頃】
【場所:F-07】
【持ち物:防弾チョッキ(某ファミレス仕様)×3・支給品一式】
【状態:疲労、朝まで休んでから折原浩平を探す、】
-


BACK