Heart by Heart




「その生白い首筋……困ったような表情……」

神岸あかりの低い声が、呪詛のように響き渡る。
血塗りの金属バットを提げたその姿は、まさに悪鬼。

(真剣怖ぇ……)

高槻は内心で震え上がるが、腕の中で身じろぎする七瀬彰の、悩ましげに寄せられた
綺麗な形の眉を舐め回すように見て勇気を奮い立たせる。

「やい小娘、言っておくがな、こいつに目をつけたのは俺が先だ!
 肉棒一本触れさせやうぉわっ!?」

無造作にフルスイングされたバットを慌ててかわす高槻。
しまったのけぞらないでうつ伏せになっていればドサクサで唇くらいは奪えたのに、
などという高槻の内心を無視して、あかりは訥々と言葉を紡ぐ。

「ついてないよそんなの。そういう下ネタ大っ嫌い。
 ……大体、なんでそうやって媚売るみたいに倒れてるの、その子」
「い、いや……どうやらこいつ、熱があるみたいで……」
「……ふぅん」

頷いたその表情には、温度というものが感じられなかった。

「やっぱりね……」
「な、何がでしょうか……?」

思わず敬語になる高槻。

「やっぱり……キャラ被ってるんだよっ! 雅史ちゃんとっ!」
「ってんなこと俺が知るかぁっ! うおっ、って、危ねえっ!?」

必殺の勢いをもって振り回されるバットを、彰を抱えたまま器用に避ける高槻。
その腕の中で肌を紅潮させた彰がか細いうめき声を上げる。

「その上、何!? 熱出して誘い受!? 私のキャラまでパクろうとしてるって……、
 そんなの生かして、おける、かぁっ!」
「ん……ぅん……はぁ……っ」
「そうやって! 苦しそうにしてたら! 王子様が迎えに来てくれるとでも!?」
「うわ、ひっ、おま、煽るなよ、こんな時にっ!?」
「でも残念だったね! せっかく来てくれた王子様は、勃たないんだよ!」
「なん、だ、そりゃ、っと、うぉ!?」
「そういう風に、世の中できてるんだああっ!!」

絶叫とともに振るわれたバットが、高槻の鼻先を掠めて近くの木に叩きつけられる。
荒い息をつきながら、めりこんだバットを引き抜くあかり。

「―――お困りのようですねっ」

素っ頓狂な声が響いたのは、そんな瞬間である。
視線だけで人を殺せそうな顔で、あかりが振り向く。
そこに立っていたのは、誰のセンスだか(中略)ピンク色のステッキだった。

「ち、ちょうど良かった、困ってるぞ、俺を助けろ!」

そんなものに助けを求める辺り、高槻も相当テンパっている。

「はいはい、勿論ですよっ。佐祐理はそのために来たんですから〜」
「……邪魔しないでっ!」

高槻と彰に対するような殺気は篭っていなかったが、しかし充分な重さの乗った速度で
バットを振るうあかり。しかし、その軌跡が佐祐理と名乗った少女を捉える事はない。
笑顔を浮かべながら、ひらりひらりと打撃をかわしていく。
横殴りの一撃をひょい、と潜り抜けて、佐祐理は高槻に話しかける。

「あなた、いつかどこかで変身したいって願いましたよねっ」
「何だそりゃ……? 俺様がいつそんなことを、」
「いいえ、佐祐理の耳は困っている人の願いを聞き逃したりはしませんっ」

要領を得ない佐祐理の言葉に、怪訝な表情を浮かべる高槻。

「変身だとぉ……? いくら俺様がカッコ良くてエレガントだからといってだな、」
「いつかどこかできっとそう願ったはずですからっ」

全然聞いてない。

「これもラッキーのおすそ分けです、えいっ☆」

気合一閃。
きらきらとステッキから溢れ出した光に、夜の森が照らされる。

「これからもセーラー服美青年ヒーローとして頑張ってくださいねっ」
「頑張るかぁぁっ!」

光が収まる。
高槻がツッコんだ時には、もう佐祐理と名乗る少女の姿はなかった。
代わりにそこにいたのは、フリルのあしらわれたピンク色のセーラー服をまとい、全身から
夜目にも鮮やかなオーラを立ち上らせた姿。
そのしなやかな手には、禍々しいトゲが幾つもついたバット。
もはや金棒と呼ぶ方が相応しい凶器を提げたその少女は、

「―――スーパーあかりん、だよ―――!」

と、口にした。

「……んなぁっ!? なんで俺様じゃなくてこいつが変身してんだよ!?」

開いた口が塞がらない高槻。
爛々と目を光らせた少女が、対象を殺傷する以外の用途では使われそうにないその凶器を、軽々と振り上げ、下ろした。
慌てて後ずさり、すんでのところでその一撃をかわすことには成功した高槻だったが、轟音とともに金棒が
叩きつけられた場所は、小さなクレーターと化していた。

「俺は参ったぁっ!!」

これから始まる虐殺タイムを想像することを拒絶し、頭のワカメを養殖する産業で一山当てる白昼夢に
浸ろうとしていた高槻の耳朶を打ったのは、しかし予想外の声だった。

「―――待ちなさい!」

ざ、と。
高槻と彰を庇うように立ちはだかっていたのは、小さな影。

「お、お前は……!?」
「……また会ったわね」
「昼間のクソガキか……!」

肩越しにちらりと高槻を見ると、観月マナは凛とした声を張り上げる。

「せっかくの陵辱シーンを邪魔するなんて―――!」
「はぁ!?」
「……許さない!」
「お前、何言って……」
「それ以外にそのシチュエーションがどう見えるってのよ!?」

この女、脳が腐ってんのか。
そんな高槻の素直な思考を遮るように、対峙するあかりがくつくつと笑い出す。

「なぁんだ、何かと思えば……その図鑑」
「……! これが何かわかるってことは、あなた……!」
「BLの使徒相手なら、手加減は要らないよねえ……」
「やっぱり茜って人の仲間……!」
「茜ちゃん……? 仲間、ねえ……まあ、そう言えなくもないかな」
「なあ、お前ら何の話してんの……?」

置いてきぼりの高槻を無視して、BLとGLの戦端が開かれようとしていた!




 【時間:2日目午前0時ごろ】
 【場所:E−5】
神岸あかり
 【所持品:血塗りの金棒、支給品一式】
 【状態:スーパーあかりん】
高槻
 【所持品:支給品一式】
 【状態:(´・ω・`)】
七瀬彰
 【所持品:アイスピック、自身と佳乃の支給品の入ったデイバック】
 【状況:艶めかしく悶え中】
観月マナ
 【所持品:BL図鑑・ワルサー P38・支給品一式】
 【状態:腐女子Lv2】
倉田佐祐理
 【持ち物:マジカルステッキ】
 【状況:不幸を呼ぶ魔法少女】
-


BACK