もうあの日には戻れない




「ねえデコっぱち」
「なんですか尿」
「尿て」

黒い厚紙に太陽光反射させ殺すぞと思いながら無感動に尋ねる天沢郁未。
ちょっとはてめえの後でELPOD使う人間の迷惑も考えろと考えながら無表情に聞き返す鹿沼葉子。

「ふと思ったんだけど、私ら出番なくない?」
「ありませんね。かれこれ300話ばかり」
「どうする、思い出したようにマーダーやってみる?」
「賢明な判断とはいえませんね。今更殺人程度でキャラが立つほどこの世界甘くないです」
「そうよねえ……」
「昨今はキャラの立たないマーダーから始末されている傾向もありますし」
「私ら格好の餌食よねえ……」
「とはいえ、このままではワープの生贄は免れ得ません」
「何それ」
「そういうこともあるって話です。過去ログくらい読んでください」
「面倒」
「そういうこと言ってるから出番ないんですよ。流れを掴まなくては」
「はいはい、んじゃ流れを掴んでるミス凸面鏡にお任せするわ」
「そういえば気づいてます?」
「うわスルーかよ」
「私たちの不可視の力、いつの間にか復活してますよ」
「へえ、んじゃ優勝できる?」
「無理です」
「お前ちょっと自爆してこいよ」
「無理なものは無理です」
「いいじゃない自爆くらい。キャラ立つよ?」
「立っても死にます」
「死んだら私が奇跡とかで生き返らせてあげるからさ」
「そんなことできるなら他ルートでやってください今すぐ」

「できるわけねえだろ人間反射望遠鏡。あ、そうだあんたビームとか出せるんじゃないの」
「出ません」
「いや額から。ビーって」
「出ません」
「やればできるって。ここはそういうところなんだって」
「……ピー」
「うわホントにやろうとしたよコイツ! しかも口でSEつけてるし」
「……私はこれでキャラ立ちましたから、先に死ぬのは郁未さんですね」
「何それ、そんなんでいいの!? そもそも出せてないじゃんビーム!」
「いえ、今ハイメガ粒子砲みたいなのが出ました。うわ自分にこんな力があったなんてびっくり」
「あ、てめえ描写されてないからって好き勝手に!」
「言ったもの勝ちです」
「よし、じゃ私はアレだ、その、なんだ、えーと、凄いのよほら」
「無学って哀しいですね。郁未さん確か中卒でしたっけ」
「休学中よ、休・学・中! まだクビにはなってないから!」
「早くコイツ死なないかなあ」

何だそれならまだ学生さんですね、と考えながら無表情に答える葉子。

「逆だよ怪奇姿見女! 上等だオモテ出ろ!」
「はぁ……そんなに早死にしたいなら仕方ありませんね」

立ち上がる二人。

「ご飯は楽しく食べましょうねー」
「「はーい、うまうま」」

平和な食卓であった。



「たのもう」

時代錯誤な台詞とともに診療所の扉が蹴り開けられ、どさりと何かが投げ込まれたのは、
そんな食事時である。

「カチコミかー!」
「上等です」

すわ出番か、と各々の得物を手にとっていきり立つ郁未と葉子。

「シチューが冷めちゃいますよ」
「「うまうま」」

早苗の一言でいそいそと座り込んで湯気の立つホワイトシチューをすするその背中には、
最早マーダーとして生きていこうと決意した頃の面影は微塵も見られない。
そんな二人を尻目に、早苗は投げ込まれたそれに歩み寄ると、しげしげと眺める。

「死んでますね」
「ぶー!」
「郁未さんたち、汚いです……」

投げ込まれたのは、少女の遺体だった。
慌てふためいたりシチューをすすったりあごに手を当ててちょっと首をかしげたりする一行。

「……で、どちら様でしたっけ?」

首をかしげたまま、扉の外に声をかける早苗。
人影が、室内に一歩踏み込んだ。診療所内に走る緊張。

「……チエを、治して」

お食事時にぷちテロを敢行したその人の名を、川澄舞という。



「―――お話はわかりました」

舞の話を聞いて、ひとつ頷く早苗。
ずずー、と出されたお茶をすすりながら舞も頷く。

「よろしく」
「いや、無理だから。死んでるから」

思わずツッコむ郁未。
葉子はといえば、チエの遺体を仔細に検分していた。

「おそらく出血多量による多臓器不全でしょうね」
「……変なスキル持ってるのね」
「似合うでしょう」
「そういう問題か?」
「それがすべてです」

深遠な問答には視線も払わず、早苗は舞の眼をじっと見つめている。

「この方は、お友達ですか」
「……わからない」
「死んでいますよ」
「そこを何とか」
「……よく判りました、何とかしましょう」
「お、お母さん!?」

さすがに渚が心配そうな声を上げる。

「いや早苗さん、いくらなんでも……」
「はい、この方は完全に死亡しています」
「そうですよ、お母さん……いい加減なことを言ったらダメです……」

口々に言う少女たちを見渡して、早苗が軽く眼を伏せる。
何か重大なことを言い出すのかと身構える一行。

「昔のことです……」

ごくり。生唾を飲み込む音が響く。

「私のパンを食べた秋生さんが、こう言ってくれたことがあるんです―――。
 『このパン……死人も墓から飛び出してきちまいそうな、そんな味だぜ……』って」
「お、お父さん……」

父の労苦を偲んでそっと涙を拭う渚。

「だから大丈夫、きっと何とかしてみせましょう」
「よろしく」
「いやちょっと待って!?」

どこからツッコもうかと戸惑う郁未。
だがそんな郁未の裾を葉子が引っ張って言う。

「無駄です郁未さん、最早なるようにしかなりません」
「達観してる場合じゃないでしょ! ああ、私の常識が……」
「不可視の力とかFARGOとか背負ってる人に常識云々言われても」
「お前もだろ!」

ぎむー、と葉子の頬を引っ張る郁未。
案外伸びるな、と郁未は感心する。ちょっと楽しくなってきた。ぎむー。
そんな二人を無視して、早苗の話は続いていた。

「―――ですが、そのパンを作るために必要な材料が足りません」
「材料……」
「はい」
「私が取ってくる」
「そうですか……ですが、この島に存在するかどうかもわからないのですよ」
「取ってくる」
「……決意は固いようですね」
「それで、何」
「はい、その材料とは……鬼の爪、ヘタレの尻子玉、白虎の毛皮、魔犬の尻尾……」
「ちょっと待てぇぇ!!」

ぎむー、と葉子の頬を引っ張ったまま叫ぶ郁未。

「うるさい」
「そうですよ郁未さん、いま大事なお話を……」
「黙って聞いてれば無茶苦茶言うわねあんた! どれ一つ取ったってあり得ないでしょ!
 っていうかそれどんなパンの材料にするの! 魔女か! あんたは魔女なのかー!」
「おひふいてくらはいいふみはん」
「何よ!?」

郁未が手を離すと、ぱっちんと音を立てて葉子の頬が元に戻る。
赤く腫れた頬をひと撫ですると、何事もなかったかのように葉子が口を開いた。

「……落ち着いてください郁未さん」
「これが落ち着いていられるかぁっ!」
「……他はともかく、白虎は実在します」
「そこっ!? 言いたいことはそれだけなの!?」

ぎむむー。

「……あんまりうるさいと、斬る」
「まあまあ、あの人たちも悪気があるわけじゃないんです」

チキ、と鯉口を切る舞を宥めるように、早苗が両手を上げる。

「ただちょっといつまでも子供な部分が抜けない……そういう子たちなんですよ」
「……そう」
「うっがあああ! そんな可哀想なものを見るような目でこっちを見るなあああ!」
「おひふいてくらはい」

怪気炎を上げる郁未を無視して、早苗が舞に向き直る。

「……で、どこまでお話しましたっけ」
「魔犬の尻尾」
「そうそう、尻尾でしたね。……えーっと、爪、玉、皮、尻尾……あら?」

可愛らしく小首をかしげる早苗。

「あと一つ、何だったかしら……」
「ああほら、郁未さんが大声出したりするから……」
「私!? 私のせいなの!?」

三対の咎めるような視線を受けてたじろぐ郁未。

「って何であんたまでそんな目で私を見てるのっ!」

ぎむー。

「……うん、まあ作ってるうちに思い出すかもしれないですね。
 とりあえず、いま言った四つを先に持ってきていただけますか?」
「……わかった」

頷くや、取るものもとりあえず飛び出していく舞。
そんな舞の後ろ姿を見送ると、早苗がじゃれ合う郁未と葉子の方を向いてにっこりと笑う。

「……あなた達もですよ?」
「はあ!?」
「いえ、ですから郁未さんたちも材料を取ってきていただけるんですよね?」
「あのねえ、何で私たちが……!」
「―――郁未さん、ちょっと」

猛然と早苗に詰め寄ろうとする郁未の襟首を掴んで、葉子が部屋の隅へと引きずっていく。

「何よ!?」
「これはチャンスです」
「チャンス? ……何のチャンスよ」
「勿論、キャラを立てるまたとないチャンスに決まってるじゃないですか」
「あんた、まだそんなこと言ってんの……」
「……よく考えてください。
 このまま放置されてうまうまとシチューをすするだけのキャラに成り下がるのか、
 大冒険活劇の末にとんでもないフラグを掴んで一躍主役の座に躍り出るのか。
 ここがターニングポイントなんです、郁未さん」
「このルートで主役になってもねえ……」

口ではそう言うものの、郁未は考え込んでいる。
必死で説得にかかる葉子。

「……お母さん、あの人たちは何を話しているんでしょう?」
「若いうちは色々と悩みが多いものなんですよ、渚」
「そういうものですか……」

やがて話がまとまったらしく、郁未と葉子が立ち上がる。
その眼には、決意の炎が燃え上がっていた。

「……わかったわ。やってやろうじゃないの」
「そう言ってくださると信じていました。道中、気をつけてくださいね」

どすどすと足音も荒く診療所を後にしようとする郁未たち。
が、扉を一歩出たところで郁未が振り向く。

「……そういえば」
「はい?」
「前に作った時は材料、どうしたのよ」
「……ああ。あの時は秋生さんが、ちょっと珍しいものが手に入ったからって……」
「あんたの旦那、何!? 勇者様かなんか!?」
「いえ……」

少し間を置くと、可愛く微笑んで答える早苗。

「ヒーローです♪」




【時間:20時頃】
【場所:沖木島診療所(I−07)】

古河早苗
【所持品:ハリセン、支給品一式】
【状態:パン作りなら任せてください】

古河渚
【所持品:支給品不明】
【状態:お母さんはやっぱりすごいです】 

天沢郁未
【所持品:薙刀・支給品一式】
【状態:聞くんじゃなかった】

鹿沼葉子
【所持品:鉈・支給品一式】
【状態:一緒にサクセスしましょう】

川澄舞
【所持品:日本刀・支給品一式】
【状態:爪、玉、皮、尻尾……】

※舞の所持品の内、支給品×2、牛丼一週間分(割箸付き)、チエの遺体は診療所に。
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