ようやく倉庫に着いたものの、智代は未だにソファーに寝転がってウダウダしている。たれぱんだもいいところだ。 それよりも、先程の死亡者発表…まだ茜の知り合いは一人も死んではいないが15人もの人間が殺されている。 茜は心底ゾッとした。元は殺し合いとは何の縁も無い人間がたった半日足らずでここまで乗ってしまうものなのか。そして、自分もそこへ足を踏みいれようとしていたことにも戦慄を覚える。 智代がいてくれて本当に良かったと思う。あの時は何も考えずに人を殺して帰る、と言ってしまったがそれはこのゲームに乗るような人間はそうそういないだろう、とたかをくくっていたからでもあった。 しかし実際はこんなにも多くの人間が殺し合いをしている。とすれば素人で武器も良くなかった茜が生き残れるわけもなかった。 もし智代と会わなければあの放送の中に自分が含まれていたかもしれない。 「…しかし、当の本人があれではどうしようもありませんね」 「違う…考え事をしていたんだ」 寝転がった体勢のまま智代が答える。起きていたのか。 「こんなに多くの人間が半日足らずで殺されている…たった半日でだ。なあ茜、私達のように主催者に抗おうとしている人間がどれくらいいると思う」 「…分かりません」 「私は甘かった。始まった時は乗るような人間はそうそういないだろう、って思っていた。しかし現実はどうだ、行動してすぐのあの爆発。この死者の多さ。恐らく、私達のように行動している人間はかなり少ない」 「…何が言いたいのです、智代」 できるだけ感情を抑えて茜は答える。もしかしたら智代は自分とは正反対の考えに到っているかもしれない。ゲームに乗るべきだった、と。 (…その時は、智代を殺します) 愚かな考えに至った人間を野放しにするつもりはない。「あの時」の、智代の気持ちは確かに本物だった。自分はそれに乗った。だから最後までそれを貫く。 智代が二の句を継ぐ。 「だから、私を殺せ。茜」 「は…?」 予想と大幅に違う返答。智代は起きあがって茜を見据える。 「とりあえず、私に協力して脱出する手段を一緒に探せ。失敗したらその時はこれで私の頭を割ってゲームにのればいい――そう言ったな」 手斧を手にとって言葉を続ける。 「この分では119…いや今は104人を殺して帰る方が現実的だ。最初に茜が言った通りだ。こっちの方が非現実的だったというわけか…」 智代が手斧を茜に渡す。 「約束は守る。さぁ、やれ。覚悟は出来たぞ」 くいっ、と喉元を曝け出す。茜は内心でため息をついて言い放った。 「嫌です」 茜は手渡された手斧を床へ投げ捨てた。智代がきょとんとした表情で「…どうして」と言う。 「確かにそう約束はしましたが…私があなたを殺すのは『失敗した時』ですから、私が瀕死の重傷を負ったときに殺します。ですから、まだ失敗はしていない今はまだ智代を殺しません」 「しかし…」 まだ何か言おうとする智代を、茜が鋭い目つきで睨む。その眼光に智代は言葉を続けられない。 「あなたはどうなんです? もう諦めたのですか。約束だとか何だとか、そんなの関係ありません。智代の気持ちを聞いてます。――どうなんです、智代」 智代はためらいながらも答える。 「…勿論、まだチャンスがある限りは最後まで主催者と戦いたい」 「だったら、それでいいじゃないですか。私が死ぬその時まで、智代につき合います」 今更殺し合いに戻ったところで生き残れるわけが無い、と思ってしまった茜はそう返答した。 「…いいのか? 後悔するかもしれないぞ。私が辿る道は遥かに険しい道のりなんだ。惨めに死ぬかもしれない」 「構いません。後悔なら…既にたくさんしてきましたから」 空き地で待ち続けた日。戻ってこないあの人。後悔するのには慣れている。 ふと、茜はどうしてあの空き地へ戻りたいと思ったのだろう、と思った。 あの人を待つため? 戻ってこないと分かっているのに? 分からない。ひょっとしたら、自分はただ単に生きていくための目的が欲しかっただけなのかもしれない。執着があるから生きることができる。 しかし今は智代と生還を果たすことに行動の意味を感じている。だから是が非でも智代には生きていてもらわねばならない。自分が死ぬ、その時まで。 だから喝を入れるために茜は『らしくない』行動を取った。 「ですから、これで気合を入れ直して行きましょう」 そう言うと、茜は思いきり智代の頬をはたいた。乾いた音が倉庫に木霊する。 「ぐっ…痛いな、思いきり張り手されたのは初めてだ」 頬をさすりながら茜を見る智代。 「当然です。弱気になった人間に気合を入れなおすにはこれくらい当たり前です」 あっけらかんと言い放つ。これで再始動だ。そう思って斧を取りに行こうとしたとき。 パァン! どこからか張り手が飛んできた。物凄く痛かった。茜は智代を睨む。 「…何をするんです」 「訂正を求める。私は別に弱気になってなどいないぞ。最初の約束を守ろうとしただけだ。だからし返しの一発」 不敵な顔で智代が笑っていた。よほど張り手が気に食わなかったらしい。 「…上等です」 ゴスッ、と智代の腹に蹴りを入れる。感謝されこそすれ、お返しを貰ういわれはない。 「ぐうっ…やったな、茜!」 ガスッ! 智代の拳が腹にめり込む。ぐふっ、と息が漏れるが構わず智代の顔面に鉄拳制裁。 「やられっ放しは嫌いですから」 「…奇遇だな、私もだ。だからな…もう一発!」 必殺の回し蹴りが胴を捉える。茜はよろよろとふらつくが、構わずに智代の脛にローキック。 それからしばらくの間ケンカとも言える二人の取っ組み合いが続いたのだった。 坂上智代 【時間:午後11時前】 【場所:F−2、倉庫】 【持ち物:手斧、支給品一式】 【状態:ガチファイト中】 里村茜 【時間:午後11時前】 【場所:F−2、倉庫】 【持ち物:フォーク、支給品一式】 【状態:ガチファイト中】 - BACK