失われていく暖かさ




「こんな所に本当にパソコンが置いてあるのかしら……」
環が呟く。
彼女達は鎌石中学校の昇降口を昇っている最中だった。
校舎は木造で、パソコン等の電子機器とはまるで無縁に思えた。

「正直怪しい所だけど、とにかく探してみるしかないんじゃないかな」
「……そうですね」
英二に言われ、環は頷いた。
あれこれ悩んだ所でパソコンが目の前に現れはしない。
今はこの学校を探す他、無かった。
階段を昇ると、すぐ右の突き当たりに職員室らしき札が掛けてある部屋の扉が見えた。
左側には廊下が伸びており、教室の扉らしきものが複数ある。

「まずは職員室を調べてみよう。パソコンがありそうな場所だしね」
英二が職員室の扉を開き、安全を確認する。続いて部屋の中に入っていく英二一行。
彼らを待っていたのは
「……すー、…すー」
職員室の床で安らかに寝息をたてている名倉由依だった。

「この子は?」
「首輪をつけているし、参加者の一人だろう。ゲームに乗っているようには見えないが……」
「念のため、荷物を調べてみますね」
そう言い、祐一は由依の荷物を調べ始めた。
女の子の鞄を漁る事に罪悪感を覚えたが、今はそれどころではない。
一歩間違えれば即、死に繋がる状況ではどれだけ警戒しても警戒し過ぎという事は無いだろう。

「……武器は持っていないみたいだ。鞄の中にあるのは制服と携帯電話、食べ物と水だけだった」
「そうか、ひとまず安心だな。しかしこの職員室にパソコンは……」
「見回したけど、どうやら無いみたいですね」
「仕方ない。別の場所もまわってみるか」
「でも……この女の子はどうするの?」
「放ってはおけないな。二手に分かれよう。僕と相沢君、それに観鈴君はパソコンを探しに行こう。芽衣ちゃんと環君はここで待っててくれるかな」

「私も……待機組ですか?」
「ああ。大丈夫だとは思うけど、そこの寝てる女の子がゲームに乗ってないと決まったわけじゃない。
それにこれだけ大きな建物だ……誰かが来る可能性も十分あるからね。もしもの時はみんなを守ってやってくれ」
「分かりました」
「それじゃ、行ってくるよ」
そう言い残して英二達は外へと出て行った。




「ふぅ……」
英二達が去ってから暫くして、環が軽く溜息をついた。
全くやる事が無くて、暇だった。
「…あれ?あなた達は誰ですか?」
そんな時、寝ている少女が目を醒ました。
少女に敵意は感じられない。まだ完全には信用出来ないが、今すぐ襲ってくるというような事は無さそうだった。
「あら、起きたのね。私は向坂環よ」
「春原芽衣です」
芽衣も環に続けて自己紹介し、ぺこりとお辞儀をした。
環が続けて色々話を聞こうとしたが、階段の方から足音が聞こえてきた。
(足音は一つ……英二さん達じゃない!)
環の表情が一気に険しくなる。
「…情報交換してる場合じゃなさそうね」
警戒し、銃を構える環。
「いえ、多分私が呼んだ人だと思います」
「え……?」
環が呆気に取られた瞬間、何者かによって職員室の扉が開け放たれた。
その先に立っていたのは細身で長身の男だった。

「電話で話した七瀬彰ですが……これは一体?名倉由依さんはどちらの方でしょうか?」
男――岸田洋一(もっともこの場では七瀬彰を騙っていたが)は当惑したような顔をしていた。
「あ、すいません七瀬さん!私が名倉由依です…」

「ねぇ、どういう事か説明してくれない?」
環は銃を下ろして、しかしまだ手には銃を握り締めたまま、尋ねた。
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「そうだったんですか……でも、島内なら電話で連絡が取れるって初耳です」
「この電話だけの特別な機能みたいです」
「上手く使えば、もっと効率良く情報を集めれるかもしれませんね」
「そうですね。それに七瀬さんがここに来られたように、ゲームに乗ってない人を集められるかも知れません」
由井と芽衣は既に警戒を解いており、岸田と共に雑談モードに入っていた。

(電話で情報を集める?人を集める?馬鹿かこいつら、そんな事をしても寿命を縮めるだけだ。)
由依と芽衣の言葉にうんうんと頷いている岸田だったが、内心では彼女達を馬鹿にしていた。
そのまま電話の話で盛り上がろうとしていた3人だったが、環の一言がそれを遮った。

「それはどうかと思うわよ。情報を集めるだけなら良いけど嘘の情報が混じってるかもしれないし鵜呑みには出来ないわ。
人を集めるのは論外ね。私がマーダーなら、電話されてもゲームに乗っていないっていうわよ。仲間になってから裏切った方が楽だもの」
芽衣も由依も、そして岸田すらも感心した様子で彼女の言葉を聞いていた。
環の手には銃がまだ握られている。彼女はまだ由依も岸田も完全には信用していなかった。

(この島は馬鹿ばかりだと思っていたが……。この女は面白い…面白いぞ!
肉付きも申し分無い、頭も良いし気も強い。一番犯したくなるタイプだ…!)
岸田はこの気の強い凛々しい女が犯されながら泣け叫んで助けて求めている様を想像した。
股間部に血液が集まるのは律しようが無かったが、下卑た笑みを浮かべたい衝動だけはどうにか押さえ込んだ。

どうやって環の裏を突くか、岸田は考え込んだ。他の少女二人はどうにでもなるが、環はそう簡単には隙を見せてくれないだろう。
すぐにその様子に気付いて、芽衣が心配そうに声をかける。
「七瀬さん、どうしたんですか?」
「あ、すみません。どうやってこの島から脱出するか考えていたんです」
(うるせーんだよ、ガキが!今大事な大事な考え事をしてるんだよ!)

思考の妨害をされて内心腹がたっていたが、何とか抑えて苦笑いしながら答える岸田。

「この首輪を何とかしないとどうにもならないわね……」
環が空いてる方の手で首をさすりながら溜息をつく。
(首輪……そうか!)
その言葉を聞いて、岸田はある事を閃いた。

「それなら心配ないですよ。僕は首輪の解除が出来ますから」
爽やかな笑顔を作りながらそう宣言する。
「「「え!!?」」」

一同が一斉に驚きの声をあげる。それも無理は無かった。
なにせゲーム脱出の最大の障害を突破出来ると、目の前の男はあっさり言ってのけたのだから。

「それ、本当なの!?」
環が興奮した様子で岸田に尋ねる。
「本当ですよ。ほら、僕の首には首輪がかかってないでしょ?」
岸田は顎を上げ、自分の首を指差した。
環はそれを覗き込んだが、確かに岸田の首には首輪はかかっていなかった。

「本当みたいね………」
「善は急げと言います、早速あなた達の首輪も外しましょう。まずは向坂さん、あなたからどうですか?」
「!!………じゃあ、お願いするわ」

環はあっさりと岸田の申し出を受け入れていた。
しかし、環はここでもっと疑うべきだった。
何故わざわざ環を最初に指名したのか。何故今すぐに外す必要があるのか。
他の者の首輪を外すならともかく、この男はどうやって自分自身の首輪を解除したのか。

だが、首輪の解除はあまりにも魅力的な提案だった。
それが環の眼を曇らせ、警戒心を薄れさせてしまっていた。



「では………」
岸田は環の後ろに回り、首輪を観察する動作をした。
そしてポケットに手を入れ―――トンカチを取り出していた。
芽衣と由依が驚きの声を上げるよりも早く、環の後頭部に衝撃が走り彼女は崩れ落ちた。

「なっ!?何を―――――」
由依の叫びはザクッという音と共に中断した。
由井の耳にもその音は聞こえており、由依は音の原因を確かめようとした。
喉の辺りがスースーしてとても冷たい。彼女の目に映るのは、自分自身の喉から溢れ出ている血。
(え、え?ナンデナンデナンデ―――)
由依が自分の状態を把握するのを待たず、岸田のカッターナイフを握る手が押し込まれ、由依の意識は消失した。
「あ……え……?」
驚きと恐怖のあまり、芽衣は震える事しか出来ない。

続いて岸田は釘打ち機を取り出し、それを芽衣に向けた。
「おいチビ、下手な真似はするなよ。大人しくしてればお前にも快楽を味合わせてやるからな」
もっとも最初は痛いだろうがな、と歪んだ笑いを浮かべながら付け加える。
その表情は先程までの岸田とは全く違う、おぞましい殺戮者としての表情だ。

「さて……、じゃあパーティーに使うロープを探すとしようか」
岸田は芽衣の怯えきった様子を見て満足そうに笑うと、環を拘束する道具を探し始めた。
環が大人しく犯されるとは思えない、ロープのような物が必要だった。
程無くして体育か何かに使うつもりだったであろうロープが見つかり、環達の方へ振り返る。

すると、芽衣が環の銃を構えて立っていた。
「……動くなと言ったはずだが?死にたいのか?」
岸田は銃を向けられても怯んだ様子を全く見せず、それどころか笑みを浮かべながら芽衣の方へ歩み寄る。
「こ、来ないでっ!これ以上近付いたら撃ちますっ!!」
芽衣はこれから岸田がやろうとしている事は理解出来ていた。
環を守る為に、芽衣は震えながらも必死に虚勢を張っていた。
しかしそれを見破れない岸田ではなかった。


「お前に人が殺せるのか?その覚悟があるのか?」
その一言を聞いて、芽衣に動揺が走る。
「私は…、私は……」
まだ幼い彼女にとって、人の命を奪うことはあまりにも重過ぎる。
手に握った銃の引き金を引く意味はあまりにも重すぎる。
芽衣の震えが勢いを増していた。

「ぬるいぬるいぬるい!所詮お前の覚悟はその程度だ!」
岸田は笑いながらも歩く速度を速めていた。
もう両者の距離は5メートルも無い。

(このままじゃ、環さんが―――!!)
芽衣の脳裏に浮かんだのは、弥生を撃った英二の姿。
そして相沢祐一の言葉――――『君を守る為に撃ったんだろう』


(守られてばかりじゃいけない――!私だって、私だってやらないと!!)
引き金が、引かれた。
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五分ほど遡る。
3階の奥にある一室で木造の校舎には不似合いなIT教室―――デスクトップ型のパソコンが大量に置かれている部屋があった。
「くそ、これも駄目か……」
「が、がお……」
そこで、英二達は頭を抱えている。
英二達はフラッシュメモリーの中にあったファイルの中身を確認しようとしたが、それにはパスワードが必要なようだった。

思いつく限りの単語を入れてはみたが、表示されるメッセージは『パスワードが違います!!』の一点張りであった。

「ちきしょー、何かヒントくらいくれよな…」
祐一が愚痴をこぼす。フラッシュメモリーには説明書などは付いていなかった。
つまり、手掛かりは一切無い。今の彼らには勘以外に頼る物が無い。
何度失敗しても問題無さそうな事だけが唯一の救いだった。

「あ、これでどうかなっ」
「お、何か思いついたのか?」
観鈴が何かを閃いたらしく、キーボードを叩く。
祐一と英二は期待に満ちた目でその様子を眺めている。
「do…ro…ri……no…u…ko…u……?」
『パスワードが違います!!』
即、エラーのメッセージが出る。

「おい観鈴、今のは何だ……?」
「どろり濃厚ジュース。美味しいよ」
ジュースを飲む仕草をしながらにはは、と笑う観鈴。

ぽかっ!
祐一が迷わずツッコミを入れる。
「が、がお……どうしてそんな事するかなあ……」
「真面目に考えろっ」
作業は一向に進展を見せず、彼らが頭を抱えながらうんうん唸っているその時、一つの銃声が校舎に響き渡った。

「何だっ!?」
「これは銃声だ……まさか敵が来たのかっ!!」
祐一達は銃を手に取り大慌てで教室を飛び出していた。
(芽衣ちゃん……無事でいてくれ………。君だけは、君だけは絶対に僕が守るんだ!!!)
英二の銃を握る手に力が篭る。
古っぽい構造に似合わず大きい校舎が、長い長い廊下が、今の彼にはたまらなく邪魔だった。
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一方職員室では……
「ぐおっ!!」
銃撃された衝撃で岸田の左腕が彼の意思とは無関係に跳ね上がる。
だが、芽衣が震えたまま放った銃弾は岸田の左腕を掠めただけだった。

「あうっ……」
腕に痺れが走り、銃が地面に落ちる。
芽衣の腕力では、環が使っていた銃……コルトガバメントの反動には耐え切れなかった。

「ふざけやがってぇぇぇ!!!」
岸田は芽衣の事を全く警戒していなかった。
せいぜい環を犯し終わった後についでに犯す、余興程度にしか考えていなかった。
そんなちっぽけな存在に噛み付かれた。
岸田の怒りは一気に頂点に達していた。

釘打ち機を芽衣の胸に向け、迷わず引き金を引く。

ドスッドスッドスッ!!

放たれた3本の釘は寸分違う事無く芽衣の胸に吸い込まれ、芽衣は仰向けに崩れ落ちた。
倒れた芽衣の体を中心に、血の海が拡がってゆく。

「ったく生意気なガキだったぜ……。気分直しにメインデッシュを頂くとするか」
そう言って岸田が環の制服に手をかけた時、階段の方から足音が聞こえてきた。

「――何!?仲間がいたのか!」
足音は複数聞こえる。銃声を聞きつけて駆けつけて来たのなら、間違いなく臨戦態勢をとっているだろう。
それに何より、この職員室の光景こそ隠しようのない惨劇の証明だった。
相手は複数、騙まし討ちも通じまい。



不利を感じ取った岸田は環を殺していくかどうか思案し―――殺さずに逃げ出す事にした。
必要な物だけを素早く回収し、ベランダ側の窓を開け放ち、校舎の壁際を確認する。
そこには彼の予想通り、水道管がついていた。
「あの女……本当に美味しそうだ。いつか絶対に犯してやる!」
最後に一度振り返ってそう呟くと、彼は水道管を握って衝撃を殺しながら飛び降りた。

ほぼ同時に職員室のドアが開け放たれる。
すぐさま一気に飛び込む祐一達。
「こ、これは……?」
職員室の中には血の臭いが充満していた。
「………っ!!」
まず彼らの目に飛び込んだのは無残に喉を切り裂かれた由依の死体だった。
入り口からでは机が遮蔽物となって死角が多い。
「芽衣ちゃんは!?芽衣ちゃんはどこだっ!!」
まだ潜んでいるかもしれない襲撃者を警戒するのも忘れ、英二は駆け出していた。
「くそっ!!環っ!芽衣っ!」
祐一も観鈴も後に続く。
由依の死体の傍まで辿り着いた所で、英二がある方向を見ながら固まった。
祐一も観鈴もすぐに追いつき、同じように固まった。

彼らが見ている方向には――――胸から釘を生やしていた。
彼女の体の周りには血の池が出来ており、彼女がどういった状態であるかは遠目にも明らかだった。

「あ…あ……」
英二はふらふらと芽衣に歩み寄り、彼女の体を抱き上げた。
体はまだ暖かい。肌の艶もまだ失われてはいない。
「め……い………ちゃん……?」
だけど、その体からは。重力以外の何の力も感じられ無くて。
英二が語りかけても彼女の目が、口が、開く事は二度と無くて。
暖かった体温すらも、少しずつ失われていって。
生命を失った芽衣の体を抱き締めがら、英二は泣いた。




共通
 【時間:2日目01:30頃】
 【場所:D-06】
岸田洋一
【持ち物@:鋸、トンカチ、カッターナイフ×2、電動釘打ち機9/12、五寸釘(17本)、支給品一式】
【持ち物A:コルトガバメント(装弾数:6/7)予備弾弾13】
【状態:左腕軽傷、マーダー(やる気満々)、逃亡】

名倉由依
【持ち物:鎌石中学校制服(リトルバスターズの西園美魚風)カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)
   荷物一式、破けた由依の制服】
【状態:死亡】
春原芽衣
【持ち物:支給品一式】
【状態:死亡】

向坂環
【所持品:支給品一式】
【状態:気絶、後頭部に強い打撃】
緒方英二
【持ち物:ベレッタM92・予備の弾丸・支給品一式】
【状態:号泣】
相沢祐一
【持ち物:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(15/15)支給品一式】
【状態:体のあちこちに痛みはあるものの行動に大きな支障なし、呆然】
神尾観鈴
【持ち物:ワルサーP5(8/8)フラッシュメモリ、支給品一式】
【状態:呆然】
※岸田が発見したロープは職員室内に放置
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