この広い宇宙はたまらなく不思議ね




川澄舞は頑張っている。

晴子とかいうオバサンはションベンやー、とか言ったまま帰ってこない。
というか荷物がむっちゃ重い。
晴子が持っていた荷物は彼女の銃以外全部預かったまま、さらにチエを背負って舞は歩いている。
すなわち三人分の支給品一式、日本刀に牛丼一週間分(割箸付き)と人間一人が文字通り彼女の双肩に
かかっていた。
一部だけ下ろすとか捨てるとか、そういうのはあんまり考えに浮かばないらしい。
ふんふんと鼻で息をしながら、推定重量ン十キロを担いでいる。
色々と融通の利かない子である。



そんな舞を見つけたのが、ちょっと自棄っぱち入ってる状態の太田香奈子であった。
彼女には彼女で色々と思うところがあったのだが、その辺りは他ルートを参照されたい。
ともかく香奈子は舞との出会い頭にサブマシンガンをぶっ放したのである。

「何でわたしは幸せになれないのようっ……!」

実にもっともな嘆きであったが、トリガーを引けば弾は出る。
そうやって雰囲気に流されて勢いだけで生きてるからいつまでたっても幸せになれないのだが、
これはこれで本人としては楽しそうに陶酔してるからいいのかもしれない。
そういう人間は世の中に山ほどいる。
ともあれ、ばら撒かれた弾は必殺の速度をもって辺りを薙ぎ払った。




「ダメだ太田さん……! 僕はやっぱり君を一人にしておけない……!」

なんて愚にもつかないことを言いながら走ってきたのは氷上シュンである。
こいつはこいつで自分に酔うタイプだ。
そろそろ修羅場も片付いたかなー、くらいのタイミングを狙って出てくるあたり、
事態の解決に寄与する気が全然無い。

「……って、もしもし太田さん?」

太田香奈子は下着姿だった。まいっちんぐ。

「……えと、状況見えないんだけど……。何? 太田さん痴女とかそっち系?」

薄緑のショーツにがっちりロックオンした己の目を無理やり引き剥がすようにして見れば、
香奈子の目の前には黒髪の少女が立っており、その手は真っ赤なワンピースの制服の腰に提げた
不釣合いな業物……日本刀の鞘と思しきものを掴んでいた。
チン、と鍔鳴りの音が響くと同時。
今度は夕暮れ色の空から、どさどさと何やら落下してくる。
そのすべてを目にも留まらぬ素早さでキャッチし、最後にひときわ巨大な何かを背中で受け止めると、
少女はようやく口を開いた。

「……邪魔」
「ってかこちらが探してた友達さん……じゃ……ないよね、はは……」

シュンがタイミングばっちりで出たはずの場は、なんだかとてもカオスだった。

「く、」
「……く?」
「く、くく……くわぁーっ!」
「わ、太田さんが壊れた!」

輪切りにされたマシンガンの残骸を掲げて、あられもない姿の香奈子が少女に向かって突進する。
あ、なんかドラクエに出てきたくびかりぞくに似てる、とはシュンの素直な感想である。

「……これ以上邪魔するなら、斬る」
「って斬っちゃダメー! せっかく助けに来たんだから斬っちゃダメなのー!」

少女の眼光に宿る剣呑な殺気を敏感に察知して、必死で香奈子の腰に抱きつくシュン。
後ろからの的確なタックルに、香奈子はべしゃんと顔から転ぶ。

「……どいて」
「はいはいはいはい、どきます! 今どきますから、さあどうぞ!」

やたら腰が低い。
普段クール気取ってるのは素の自分を隠すためなのかもしれない。
くわあー、と暴れ続ける香奈子を必死で押さえるフリをしながら、ちょっと普段は
訴訟が恐ろしくて手を出せないようなところを触りまくっているのもそれを裏付けている。
はははこれはこれで悪くないなあ、プログラム万歳。などと考えるシュンには目もくれず、
やたら大荷物を背負った少女は、ふんはふんはと歩き去っていく。



「くわあー!」
「はいはい、もうあの子は行っちゃったからね。あんまりいつまでもやってると、
 スーパーテンツクと合体させてゾンビマスターにしちゃうよ?」
「……はっ、氷上くん……!? わ、わたしは一体……」
「狙ってやってるなら色々間違ってるとだけ言っておくよ、太田さん」

横たわる香奈子をしっかと抱きしめながら言うシュン。
対する香奈子もシュンの肩に腕を回すことを忘れない。
生来惚れっぽい質なのか、それともつり橋効果のなせる業なのかは定かではないが、
月島(変態極めてる方)のことは都合よく忘れているようだ。

「来て、くれたのね……氷上くん」
「君を放ってなんておけないさ、太田さん……。
 それと僕のことはシュン、って呼んでくれないかな……」
「じゃあ、私のことも香奈子って呼んで……シュンくん」
「香奈子さん……」
「シュンくん……」

キラキラと背景に花が舞い始める。
夕暮れの空は綺麗さっぱり片付けられて、いまや周囲は極彩色の花畑だ。
花畑は世界を飲み込む勢いで広がっていく。
地平線と水平線が花畑で繋がれ、空と大地が覆われていく。
世界はいまや、二人を包む花畑一色に染まっていた。
否。二人を包む花畑が、一個の世界と化していたのである。

「くぉら、悩み苦しんでる俺を放置してラブコメしてんのはテメエらかー!
 GRRRRRRRRRRRRRR!! ……あれ?」

12時から全然出番の無かった柏木耕一がどこからともなく襲来したが、時既に遅し。

「誰もいないか……俺の鼻も鈍ったかね……」

いつからそんな嗅覚が鋭くなったのかはさておき、鬼と化した耕一は首をふりふり歩いていった。
次の出番はいつになるのであろうか。


その頃、氷上シュンと太田香奈子は別次元に存在していた。別の世界と言い換えても構わない。
ラブ宇宙とも呼ぶべきそこでは、二人以外は何一つ存在を許されないのだった。

「シュンくん……」「香奈子さん……」
    「もう離さないで……」「離しやしないさ……」

度を過ぎてラブラブした二人の、それが恐るべき異能であった。



一方、沖木島。
氷川村の村道に、力強い足音が響いていた。
繰り返すが、川澄舞は色々と融通の利かない子である。
背負った吉岡チエが、つい今しがた出血多量で絶命したことにも気づかないまま、
ふんふんと鼻で息をしながら診療所を目指して歩いている。




【時間:1日目18時過ぎ】

川澄舞
【場所:I-6】
【所持品:支給品一式×3、日本刀、牛丼一週間分(割箸付き)、チエの遺体】
【状態:氷川村診療所を目指す】

吉岡チエ
【状態:死亡】

太田香奈子
氷上シュン
 【場所:ラブ宇宙】
 【状態:合体異能・バカップル】

柏木耕一
 【場所:I-6】
 【持ち物:不明】
 【状態:やさぐれ鬼】
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