対峙する少年と往人。両者の距離は、10メートル程だった。

(―――――どうする。どうすれば良い。考えろ、考えるんだ国崎往人!)
往人が置かれている状況は、絶体絶命という言葉が相応しかった。
少年の右手には機関銃、左手には大きな盾が握られている。
対する往人の手には一つの拳銃のみ。
両者の間には如何ともし難い装備差があった。
正面から戦っては、圧倒的な火力差の前に蹂躙されるだけだろう。
かといって逃げる事もまた許されない。そんな事をすれば、少年の矛先はあかりへと向かうに違いなかった。

僅かな時間の間に考えを巡らせた末、思い浮かんだ勝算は唯一つ。
そしてその方法が思い浮かぶとほぼ同時に、往人は横に走りながらグロッグ19を撃っていた。

少年は盾を構えており、弾は盾に阻まれる。
往人は構わず、走りながらがむしゃらに引き金を引き続ける。
「……何のつもりだい?予備弾丸はサービスしないって言ったはずだけど?」
走りながらの連射は大半は外れたが、数発は少年の盾に命中していた。

往人が撃つのを止めると盾の裏から少年がすっと右手を出した。その手には機関銃が握られている。

「―――――!!」
少年の機関銃が弾を吐き出す寸前に、往人はすぐ近くの林の中に向かって飛び込んでいた。
1秒前まで往人がいた空間を銃弾の群れが切り裂いていく。
往人はそのまま走り続けて、林の奥へと姿を消していた。

「お兄さん、逃げるつもりかい?」
往人が消えた林の方へと向かって呼びかけるが、返事は無い。
林の中はとても暗く、少年の位置からでは往人の姿は確認出来なかった。

それなら、と少年が寺の本堂へ向かおうとしたその時、銃声が鳴り響き少年の頬が軽く切り裂さかれた。
「―――ッ!」


往人の作戦は、遮蔽物が多く視界も極めて悪い林の中で戦う事だった。
林の中でなら、意表を突く事も出来る。相手の機関銃の脅威も生い茂る木が遮蔽物となって半減する。
少年さえ追ってくれば、勝機は十分だった。

「―――そっか、僕をそこへ誘ってるんだね」
少年は盾を構えながら、慎重に林の中へと足を進めていた。
林の中は月の明かりが殆ど届いておらず、とても暗い。
辺りから聞こえてくるのは、虫の鳴き声だけだった(それも不自然なくらい少なかったが)。

少年は暗闇の中を歩き続けた。
的を少しでも小さくしようと姿勢を低くしたまま、出来るだけ足音をたてないように忍び足で獲物を探し続けていた。
まるで隠れんぼのようだった。だがこの隠れんぼにおける敗北の代償は命である。
このゲームにおいて初めて、少年は自分が緊張しているのを感じていた。

そんな時少年の上空で微かに、何かが風を切る音がした。
その音を聞いた少年は迷わず、その音がした方向に振り向きながら機関銃を連射していた。
カチっと音がし、連射が止まる。弾切れだった。

しかし、
「――――え?」
上空から降ってきていた物は、鞄だった。
鞄の中のペットボトルが銃弾で破壊され、中の水が少年の顔にぶちまけられた。
「うわっ!!」
目に水が入り、思わず顔を覆う少年。
そこに飛び掛る黒い影――――この影こそが国崎往人であった。
彼は木の上によじ登ったまま息を潜めていたのだった。

少年は往人の飛び蹴りをどうにか盾で受け止めたが、その衝撃は殺しきれず後方へと弾き飛ばされた。
「―――くぅっ!」
少年は素早く態勢を建て直し、盾を構えながら後ろへと跳んでいた。
直後往人のグロック19が火を噴き、少年の盾を持つ手に衝撃が走る。


「くそっ、厄介な物を持ってるな…」
毒づきながらも、少年の後を追おうとする往人。
木の上から飛び降りた衝撃で往人の足はまだ痺れていたが、二人の攻守は逆転していた。

少年はMG3を素早くデイパックに仕舞い、素早く林の中を走り抜けていった。
後を追う往人は出足こそ遅れたものの、すぐに少年に追いついた。
少しの間少年を見失いはしたが、林を抜けた所で彼は立ち止まっていたので。
よく見ると、少年の唇は笑いの形に歪んでいる。

「……随分と余裕そうだな。お前にはもう武器は無いんだぞ?」
「この盾一つあれば十分さ。それじゃ続きを始めようよ」
「逃げ出した癖によく言うな」
そう言って銃を構える。
だが、この距離から銃を撃ってもさっきの二の舞だろう。それに弾数にももう余裕は無かった。
この少年を確実に仕留めるにはもっと近付かなければならない。
少年に向かって駆け出そうとする。


だが駆け出し始めた瞬間、足が滑って往人はバランスを崩していた。
(――――何!?)
往人の足元には、少年が支給品の水を使って作った水溜りがあった。
本来なら罠になどならない、ただの水溜り。
しかし視界の悪い夜、疲労、目の前の敵……様々な悪条件が揃っていた往人の足を取るには、ただの水溜りで十分だった。
「ガハっ!!」
そのまま勢いよく地面に倒れこむ往人。
揺れる視界に耐えながらも顔を上げると、往人が取り落としたグロッグ19を構えた少年の姿があった。

「――チェックメイトだよ。なかなか楽しかったよ、お兄さん」
少年は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら往人を見下ろしている。
「…………俺の負けだ、とっとと殺せ」
「言われなくてもそうさせてもらうよ。じゃあね」


(くそ、結局俺は観鈴とも会えず、こんな所で死ぬのか……。
神岸だけでも無事に逃げ切ってくれたら良いんだけどな…)
少年の構える銃の銃口がひどく小さく感じられた。
だがその小さい穴から吐き出される銃弾は、確実に自分の命を奪うのだ。
往人はすっと目を閉じた。
しかし、往人が諦めかけたその瞬間。何かが風を切りながら飛んできていた。

「なっ!?」
盾では受けきれないと判断した少年は往人にとどめを刺す事を諦め、素早く飛び退く。
飛んできた物体――ハンマーだ――は近くの木に当たり、めきっと音を立てて落ちた。

その物体―――大きなハンマーが飛んできた方向には、二人の鬼―――柏木耕一と柏木梓が立っていた。
「―――そこまでだ。殺し合いなんて馬鹿な真似は止すんだ」
耕一がそう言いながら歩いてくる。
まだ距離はあったが、それでもその迫力は十分伝わってくる。

「"鬼"が二人か………これはちょっと分が悪いかな」
少年は体を起こして、ぱんぱんと服を叩いて埃を落としていた。
「お兄さん、邪魔がはいちゃったから僕は行くよ。最後に、君の名前を教えてくれないかな?」
「……国崎往人だ。お前は?」
「僕には名前なんて無いよ。"少年"とでも呼んでくれれば良いよ。
それじゃ国崎さん、今度会った時こそ殺してあげるよ。それまで死なないでね」
「それはこっちの台詞だ。まあとっとと死んでくれても構わないがな」
往人の言葉を聞き終えると、少年はすぐに林の中へと消えて行った。

それを見送った後、往人は立ち上がって、耕一達の方へと振り返った。
「お前達は……?」
「俺は柏木耕一だ」
「私は柏木梓よ」
「そうか……俺は国崎往人だ。正直お前達が来てなきゃやられてた、礼を言う」
「良いって。それより赤い髪の女の子を見なかったか?」
「ああ、神岸か?今は寺の中で隠れてると思うぞ。あいつに何か用か?」

「実は……」
耕一達は千鶴がこの寺で巻き起こした事件について、手短に話した。
往人もまた、寺に来てからの事を話した。

「つまり、お前達は神岸の無事の確認と、あんた達の家族……柏木千鶴に破壊されたロボットの埋葬、
それに柏木千鶴が何処に行ったか手掛かりを求めてここに来たんだな」
「ええ、そうよ。千鶴姉を何処かで見なかった?」
「残念だが見てないな。俺がこの寺に来てから見たのは神岸とさっきの糞ガキだけだ」
「そう……。でもあの逃げていった奴って何者なの?身のこなしが半端じゃなかったわよ」
「俺もさっき出会ったばっかりで皆目検討が付かないな……。少年って呼べと言っていたが」
言われて耕一は支給品の名簿を取り出した。
名簿にも少年という名前があった。多分、そいつで間違いないだろう。
「私達の秘密も知ってたみたいだし……。得体が知れないわね」
「ま、考えても仕方ない。とにかく、千鶴さんが壊してしまったロボットの埋葬を済ませて出発しよう」
「待て。お前達には世話になったし、俺が代わりにやっておくぞ。急ぐんだろ?」
「そうか…助かるよ。生きてたらまた会おうぜ」
「ああ。気をつけてな」
そうして往人は耕一達と別れた後、あかりに無事を伝えてからイルファの遺体の所に来ていた。

「これは……本当に人間がやったのか?」
イルファの遺体はあらゆる所にヒビが入っている。その肘は千切れており、頭部の損傷も酷かった。
その様はまるで熊にでも襲われたかのようだった。だが、さっきの男の家族がやった事だとすれば合点がいく。
耕一はあの大きなハンマーをまるで野球の球を投げるかのような勢いで投げつけていた。
ゲーム開始時に主催者が言っていた「人間とは思えないような連中」とは彼らのような者の事だろう。
とにかく往人は手早くイルファの埋葬を済ませ、彼女の荷物の整理をしていた。

すると鞄の中から巨大な弾薬が見つかった。
「銃を奪ったのなら回収していくはずだな。もしかして、まだ……?」
往人は周りを探し始めた。程なくして近くの茂みから巨大な拳銃―――Pfeifer Zeliskaを見つけ出した。
「ロボット、悪いがこいつは借りてくぞ……今は少しでも力が必要なんだ」
往人は銃に弾を装填しながら、そう呟いた。




【場所:f-06】
【時間:二日目午前三時】

少年
【所持品1:注射器(H173)×19、グロック19(6/15)、強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)、MG3】
【所持品2:支給品一式(水を半分消費)、レーション3つ、グロック予備弾丸12発、MG3の予備マガジン】
【状況:疲労、頬にかすり傷】

国崎往人
【所持品:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 5/5 +予備弾薬10発】
【状況:疲労】

神岸あかり
【所持品:支給品一式】
【状況:応急処置あり】

柏木耕一
【所持品:大きなハンマー・支給品一式】
【状態:疲労、初音の保護、千鶴を止める】

柏木梓
【持ち物:特殊警棒、支給品一式】
【状態:疲労、初音の保護、千鶴を止める】

【備考:往人の鞄の中に入っていた物は大破】
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