「ふわぁぁぁ……」 良家の子女らしからぬ、大きな欠伸。 「さすがに疲れたわぁ……」 言って、来栖川綾香は肩を回すような仕草をする。 その間にも足を止めることはなかったが、顔には疲労が色濃く浮き出ていた。 「何しろ昼間っから動きづめだったからなぁ……」 思い起こせば、あまりに密度の濃い一日だった。 坂上智代との試験戦闘から始まって、巨大な白虎への敗北、イルファの回収から 本部との情報途絶、源蔵との遭遇、異能の覚醒に鬼との戦闘。 「姉さんも疲れたでしょ……? って姉さん、ばっちり夜型だったわね……」 ツヤツヤテカテカ。 来栖川芹香は長時間にわたる補修作業への疲労も見せず、セリオに抱えられたまま 楽しそうに蟻の手足をもいでいる。 「―――ご迷惑をおかけいたしました。システムは完全に回復しています」 「うう、マルチさん……」 鬼の攻撃によって被ったセリオのダメージは深刻なものであった。 演算ユニットに組み込んでいたHMX-12マルチは全損。 駆動部にも若干の歪みがみられたため、移動もままならず補修作業をする羽目になっていた。 システムを組み直し、再起動が完了したのはつい先刻のことである。 ちなみにKPS−U1改の右腕に関しては修復不能、が芹香(についた珊瑚の霊)の結論である。 技術的にはともかく、根本的に資材と設備が不足していた。 「っかし、思ったより時間食ったなあ……休むにしても、ダニエルから身を隠せる場所じゃないと 危なくて眠れやしないってのに……」 源蔵の追跡は、鬼の力を得た綾香にとっても依然として脅威であった。 本部を通じて綾香たちの位置情報が源蔵に筒抜けなのだとすれば、どこに身を隠したとしても 話にならないが、それにしてはゲーム開始から最初に遭遇するまでに時間がかかりすぎていた。 少なくとも本部経由でこちらの位置を掴んでいるわけではない、と綾香は踏んでいる。 高速で移動しながら、綾香たちは休息できる場所を探していた。 「……ん?」 綾香がその行く手に見たのは、小さな洞穴だった。 岩壁にひっそりと開いたその洞穴は、昼間でもよほど気をつけなくては見つからないだろう。 「ちょうど良さそうね……ラッキー!」 暗視機能のついたパワードスーツに感謝しながら、綾香一行はその洞穴へと踏み込むのであった。 「―――芽衣、結婚しよう」 「おにいちゃん……。嬉しい……わたしも、ずっとおにいちゃんのこと……」 むっちゅ〜れろれろ。 「おにいちゃんのこと……好きだったんだぜ、陽平……」 「ぎゃああ、お、お前は……!?」 「水臭いな、俺たちあんなに愛し合ったじゃないか……」 ひしっ。 「さあ……俺たちのカーニバルは、まだまだ終わっちゃいないぜ……」 「ひぃぃっ!(;゚皿゚)」 がばり、と起き上がる。 慌てて自らの姿を確認する。着衣に乱れなし。イカ臭さなし。 落とした水筒を追いかけて、この洞穴に転がり込んだときのままである。 「……なんだ、夢か……って、え?」 視線を上げると、そこには三人の少女が立っていた。 黒づくめのマントを羽織った髪の長い少女と、お腹のところにもう一つ顔がついている少女。 最後の一人は銀色の鎧のようなSFチックな服装をした少女で、彼女は今にも振り下ろそうと 拳を固めて、目の前に立っている。 「……なんだ、夢の続きか……って、ぎゃああっ!?(;゚皿゚)」 雷撃の如き拳が、顔面にめり込む。 春原陽平の悪夢は、目を覚ましてもなお続いていた。 渾身の右。 瞬きする間もなく一撃を喰らった少年が、盛大に吹っ飛んでいく。 かつてないほど気持ちよく決まった一撃に、綾香は満面の笑みを浮かべて振り向いた。 「うっし、掃除完了!」 鬼をも苦悶させたその拳に耐えられる人間など、存在していよう筈もなかった。 「いやー、先客がいたときにはどうしようかと思ったけど、話のわかる奴で助かったわー」 「あんたマジひどいっすね!(;゚皿゚)」 背後からの声に、綾香の笑顔が引き攣る。 「……!? んな、バカな……」 恐る恐る振り返ると、そこにはたった今吹っ飛ばした筈の少年が立っていた。 金髪の少年は、目を剥いて抗議の意をあらわにしている。 「僕がいつあんたと話をしたんですかねえ! まったく、人が心の友と別れてからようやく得た安息の地だってのに……」 「セリオ、ファイア」 「おかげでせっかくの正夢が悪夢に……って、ぎゃあああ!(;゚皿゚)」 無数の弾丸を全身に浴び、ボロ雑巾のように吹き飛ぶ少年。 「……よし、片付いたわね」 「あんだけ撃たれたら普通死にますからねえ!(;゚皿゚)」 「げ、嘘……」 瓦礫の向こうから、少年が平然と立ち上がってくる。 「……いや、人間?」 「あんたすごいこと言いますねえ!」 「つーか、なんで生きてんの」 「殺す気だったのかよ!」 憤りを全身で表現する少年。 腕を組むと、額にしわを寄せて何やら語りだす。 「幸い僕は、普段からぶっ飛ばされ慣れてるから良かったようなものの! ……って、言ってて悲しくなってきた……。 とにかく! ここを見つけたのは僕が先なんだから、その辺りをだね……」 対する綾香は、少年の話など一切聞いていない。 「こいつの能力、案外使えるかも……よし、じゃ実験だ。 ラーニングできるまでぶん殴ってみよう」 「マジっすか!?(;゚皿゚)」 長い時間が経った。 「うし、こんなもんだろ。……殴るのもいい加減疲れたし」 「鬼ですね……」 イルファはドン引きしている。 「いや、確かに鬼の爪とか使ってみたけどさ」 「ってかそんなんで切り裂かれたらいい加減死にますからねえ!(;゚皿゚) なんてツッコんでる場合じゃない……ダーッシュ!」 ボロ雑巾を通り越して生ゴミのような風体で、少年が駆け出していく。 その後ろ姿に見向きもせず、綾香は拳の調子を見るように、握っては開いてを繰り返している。 「よろしいのですか?」 「あー、別にいいよ。もう用ないし。どうせ何やったって死なないだろうし。 どうかすると核とか落ちても爆心地で生きてんじゃないのアレ」 セリオの問いかけに、興味無さげに答える綾香。 芹香はというと、洞穴に棲んでいた蝙蝠の羽を無心に毟っている。 「それより、早速試してみよ。ちょっと殴ってみて」 「了解しました。パワーはどの程度制限しますか」 「ま、とりあえずちょい強くらいで」 「―――イエス、マスター」 言うや、セリオの拳が綾香の顎を捉えた。 あえて回避せず受けてみせた綾香は、 「っつあ……!?」 盛大に吹っ飛んだ。 「痛ぅ……何これ、話が違わない!? ちょっとさっきのヤツふん捕まえて殺してこよ!」 口の端から血を垂らしながら、憤然と綾香が起き上がる。 ダメージが軽減された様子は微塵も無い。 そんな綾香の様子を見ていたセリオが、冷静な声で呼びかける。 「綾香様」 「ぁによ!?」 「今の綾香様への攻撃を、先刻のデータと比較いたしました」 「……で?」 「彼と綾香様の反応には、決定的な相違点があります」 「……」 「おそらく、それが異能の発動条件かと思われます」 「……言ってみなさいよ」 内心から沸き起こる嫌な予感を抑えつつ、綾香が低い声で言う。 答えるセリオの声は、どこまでも平坦。 「―――やはり、被攻撃時に『あの反応』が必須なのではないかと」 「……」 「さあ、どうぞ」 「冗談じゃないわよ!(;゚皿゚)」 「……お見事です、綾香様」 【時間:2日目午前3時前】 【場所:H−6】 来栖川綾香 【持ち物:パワードスーツKPS−U1改、各種重火器、こんなこともあろうかとバッグ】 【状態:右腕パワードスーツ全損、ラーニング(エルクゥ、(;゚皿゚))】 セリオ 【持ち物:なし】 【状態:グリーン】 イルファ 【状態:ド根性】 春原陽平 【持ち物:なし】 【状態:異能覚醒・(;゚皿゚)】 春原の所持品:スタンガン、支給品一式(水残り少し)は洞穴に放置。 【38 来栖川芹香】 【持ち物:水晶玉、都合のいい支給品、うぐぅ、狐(首だけ)、蝙蝠の羽】 【状態:盲目】 【持ち霊:うぐぅ、あうー、珊瑚&瑠璃、みゅー、智代、幸村、弥生、祐介】 - BACK