インスタント・メシア




「殺す……殺す殺すコロス弧ロス故lossゥゥゥゥ!!」

貧乳で年増で偽善者だった鬼が、恐るべき勢いで祐一へと迫る。
だが『究極の一』の名を冠する存在は動じない。
その美しさに星々さえも恥らって姿を隠すといわれた眉筋一つ動かすことなく、
鬼の突進を紫水晶の瞳に映している。
凄まじい速さで繰り出された鬼の爪が、その人類至高の美と謳われたかんばせを
引き裂くかと思われたその刹那。
祐一は、驚くべき行動に出た。

「シャァァァァッ―――……え……?」

コンクリートすら轢断する鬼の爪の一撃を、片手で事も無げに受け止めてみせたのである。
掴んだ手を優しく引き寄せる祐一。
何が起こったのか理解する前に、千鶴は祐一の胸に抱かれていた。

(……温かい……)

細身でありながら、しっかりと筋肉のついた胸の力強さに頬を染める千鶴。
そんな千鶴の耳朶に、甘やかな声が反響する。

「俺はお前と戦いたくはない―――」

そのどこか憂いを含んだ美しい声に、千鶴は思わず顔を上げる。
間近で見るその瞳は、夜明けの地平線を思わせる深い色合いの紫色をしていた。
街を歩くだけで幼女から老婆までを濡らすと噂されたその至宝に、思わず
吸い込まれそうな感覚を覚える千鶴。

(なんて……哀しい色……)

千鶴の唇が震える。
祐一の瞳に、永い旅路の中であらゆる人々の嘆きを受け止めてきたかのような
悲哀を見て取ったのである。
知らず、千鶴の目から一筋の涙が零れた。
その涙を、祐一の白くたおやかでありながら絶対の力強さを感じさせる指が掬い取る。

「自分を見失うな……お前のすべては、お前の生きてきた証でもある―――」

その声は、天上からの託宣にも似て千鶴の脳裏を軽やかに侵す。

「だから、……まずはお前自身が、お前を愛してやらなくちゃな」

愛。
あらゆる生と死、喜びと哀しみをその身に背負ってきた祐一の口から発せられた
その言葉は、荒れ狂っていた千鶴の心を見る間に融かしていく。

「お前―――、名前は」
「え、ち、ちっ……」

焦りすぎて舌を噛んでしまう千鶴。
恥ずかしさに紅潮し、眼にいっぱいの涙を溜める。
そんな千鶴の様子に微笑んで、祐一はその腕に少しだけ力を入れる。

「え……きゃっ」
「―――落ち着いたか?」

祐一の胸に顔を埋める格好になる千鶴。
心臓は早鐘のように高鳴っている。

「……か、かしわぎ……」
「うん」
「柏木……千鶴、です……」

頬を真っ赤に染めながら、ようやくそれだけを口にする千鶴。
気恥ずかしさに顔を上げられないでいる。
そんな千鶴の顎に軽く指を添えて、上向かせる祐一。

「あ……」
「千鶴、か―――。綺麗な、名前だな」

そう言った祐一の表情は、どこまでも優しい。

「俺は―――祐一、相沢祐一だ」
「祐一……さん」

その名を心に刻む千鶴。
運命という単語の意味を、たった今理解したと、そう思う。
だが、

「あ……」

千鶴を抱きしめていた祐一の身体が、離れていく。
祐一のぬくもりが、夜気に晒されて消えていく。

「―――俺には、やらなければならないことがある」
「そんな……」
「―――千鶴。お前にはお前の、すべきことがあるはずだ」
「……はい」
「きっとまた逢えるさ。……お互いの道の果てで、な」

その言葉を最後に、祐一は千鶴に背を向ける。
次第に離れていくその背中を、千鶴はいつまでも見つめているのであった。



……そんな二人の様子を、半ば頭を抱えながら見ていた者がいた。

「あちゃー……千鶴さん、そんなのに引っかかったらダメだってば……」

みずかである。
星明りもない夜の中にあって、ぼんやりと輝く少女はしかし、千鶴にも
祐一にも認識されることなく、そこに存在していたのであった。
ぼんやりと祐一の去った方を向いたまま立ち尽くしている千鶴の姿を見て、
みずかはひとつ溜息をつくと大儀そうに立ち上がる。
とことこと歩いて千鶴の前に回り込むと、靄のかかったような千鶴の瞳の前に
指を差し出し、ぱちんと弾いた。

「……はい、ここからはみずかちゃんの設定紹介コーナーだよ。
 今、千鶴さんをどうでもいいお説教一発で恋の奴隷に変えた優男が相沢祐一。
 U−1って呼ぶ人も多いわね。
 彼は偉大な魔法使い、……だったわ。かつてはね。
 その話をする前に、彼の特性をちょっと補足しときましょうか。
 祐一の『祐』は『誘』に繋がるの。誘惑の誘、ね。
 つまり相沢祐一の本質は『魅了』、チャームなんだよ。
 そのあまりにも強すぎる魅了の力に、世界すらも彼の虜になってしまった……それが、
彼の無敵の秘密だったのよ。世界に愛されている……それがあの人の強さだったの。
 ……『だった』、つまり過去形なんだけど。
 彼を愛していた世界なんか、もうとっくの昔に死んでしまっているのよ。
 まぁそこら辺は長くなるから省くけど、色々あって彼はもうかつての彼とは
実はまったくの別物なの。
 今のアレは、『魅了』という概念そのもの。
 誰かを、何かを好きになるっていう心、そのものに近い存在ね。
 そんなものに正面から向かっていったって、そもそも勝てやしないの。
 自分の中の、何かを好きになるっていう心と向き合って勝つなんてできないんだから。
 ……たぶん、誰であろうと、ね。
 だからとにかく、そんな人に引っかかっちゃダメだよー」

一気に喋り終えると、みずかはもう一度千鶴の目の前に指をかざし、打ち鳴らした。

「……え? わ、私は……一体……?」

きょろきょろと辺りを見回す千鶴。
靄がかかっていたような瞳は、すっかり晴れている。

「―――で、こっからがみずかちゃんの悪魔のお誘いコーナー」
「……!?」

声は背後から。
慌てて振り向く千鶴。そこには、一人の少女が立っていた。
千鶴はそのぼんやりと輝く不可思議な少女の気配を、今の今まで感じとれなかったことに驚愕する。

「あなた、一体どこから……!」
「そんなことはどうでもいいの。……単刀直入に訊くね」

言葉を切って、上目遣いに千鶴の表情を窺う少女。
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、少女はこう続けた。

「―――ねえ、力が欲しくはない?」




【時間:2日目午前1時ごろ】【場所:H−08】
相沢祐一
 【持ち物:世界そのもの。また彼自身も一つの世界である。宝具・滅神正典(ゴッドイズデッド)、護符・破露揚握琴】
 【状態:真唯一者モード(髪の色は銀。目の色は紫。物凄い美少年。背中に六枚の銀色の羽。何か良く解らないけど凄い鎧装着)】
みずか
 【状態:目的不明】
柏木千鶴
 【所持品:支給品一式】 【状態:異常なし】
備考:公子に瑞佳、詩子と梓の荷物は辺りに放置。
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