疑心暗鬼




雅史と椋は途中に何回か小休止を挟みながらも歩き続けた。
あの廃屋では役に立ちそうな道具は無いし、人通りも無く情報も集めれない。
いつまでもあそこで休んでいるわけにはいかなかった。
(お姉ちゃん、朋也くん……どうか無事でいてくださいね……。)
椋の体力は限界を越えていたが、それでも椋は雅史の制止を受け入れる気配を見せなかった。
今椋が考えている事は、早く杏と朋也に会いたいという事だけだった。

一心不乱に歩き続けた甲斐もあって、どうにか椋達は氷川村へと辿り着いた。
だがその時には椋はもう、動き回れるような状態ではなかった。
「椋さん、お姉さん達を探すのは明日にしよう?」
「でも……。」
「これだけ暗いのに動き回ってる人は少ないだろうし、危ないよ。しっかり休んで、明日の朝探そうよ。」
それでも椋は渋ったが、最後には折れた。

まず近くにあった民家に雅史が侵入し、安全を確認してから椋を招き入れる。
民家には生活に必要な物は一通り揃っており、台所から食料、水、包丁などを手に入れる事が出来た。

そして民家の奥にある一室の扉を開けると、机の上にある物がおいてあった。
「これは…ノートパソコンだね。」
「そうみたいですね。雅史さんはパソコン使えるんですか?」
「ちょっとだけならね。少し調べてみるよ。」
電源ボタンを押すと、パソコンが立ち上がった。
デスクトップに『参加者の方へ』と書かれたフォルダが置かれてある。
「これは何だろ?」
他にめぼしい物も無かったので雅史はそのフォルダを開き、中に入っていたchannel.exeをクリックした。

「!?」
いくつかあるスレッドの中で最も目を引かれたもの
―――――死亡者報告スレッド。
雅史は大慌てでそのスレッドを開いた。
雅史のすぐ後ろでは椋が食い入るように画面を見ている。



「酷いな……。」
それが雅史の感想だった。
杏や朋也、浩之やあかりの名前は無かったが、雅史と椋の気分は沈んでいた。
ゲーム開始から13時間、まだたったの半日程度しか経っていない。
だがそれだけの間に、もう30人以上の人間が命を落としていた。

改めてこのゲームの恐ろしさを実感させられる。殺し合いは決して人事ではないのだ。
詩子と椋の揉め事は雅史とセリオの介入のおかげで事無きを得たが、雅史とセリオがいなければどうなっていたか?
あまり考えたくない事だったが、殺し合いになっていた可能性も十分あるだろう。
椋も詩子もゲームに乗っていなかったにも関わらずだ。

何も敵はゲームに乗った者だけとは限らないのだ。
僅かなすれ違いで、やる気の無い者同士でも殺し合いに発展してしまう可能性がある。
雅史はいつの間にか冷や汗を掻いていた。

何とか気を取り直し、次のスレッドを開く。

「…お姉ちゃん!!」
―――――自分の安否を報告するスレッド
そこに最初に書き込まれていたのは、杏によるものだった。

杏らしい、全く希望を捨てていない気丈な文章。
書き込みの時間は随分と前だが、杏の名前は死亡者スレッドに無かったしまだ無事だと考えていいだろう。
「椋さん良かったね、お姉さん元気そうじゃないか。」
「はい!」
雅史と椋の顔に笑顔が戻った。
だがそれも長くは続かなかった。

次の書き込みを見た瞬間、二人とも凍り付いていた。
「そ、そんな………。」
天野美汐という人物の書き込みによると、橘敬介という男がマーダーであるようだった。

それも最初は友好的な態度をとっていたのに、突然裏切るという、極めて悪質なマーダー。
当然そのようなマーダーがこの男だけとは限らない。

出会い頭でお互い警戒している時は危険なのは分かっている。
だが仲間になった後も、裏切られるかもしれない。
その事実に二人は凍り付いていた。

何とか落ち着いた後も、椋と雅史は頭を悩ませていた。
杏や朋也が単独行動なら、何も問題無い。感動の再会だ、めでたしめでたし。
だが、もし杏や朋也が複数で行動していたら?橘敬介のようなマーダーに騙されていたら?
一緒に行動すれば、自分達も殺されてしまうだろう。

いや、それすらも楽観的な考えでしかない。
杏や朋也、浩之やあかりですらも、ゲームに乗っていない可能性が0とは言い切れないのだ。
そんな考えは主催者の思う壺だと分かってはいるが、完全に否定する事は出来ない。
何せ、既に30人以上もの人間が死んでいるのだから。何が起きても不思議ではない。
一旦疑いだすとキリが無かった。このゲームは本当によく出来た、タチの悪い死のゲームなのだ。

「雅史さん……。」
椋が不安そうに、雅史の腕を掴んでくる。
雅史は黙って、パソコンの電源を落としていた。

「椋さん……今日はもう寝よう。」
雅史はとにかく今は眠る事にした。
本当は、きっと大丈夫と言ってあげたかったけど。
雅史自身不安は拭いきれていなかった。




【時間:2日目00:30】
【場所:I-07】

佐藤雅史
【持ち物:金属バット、支給品一式(食料二日分、水二日分)】
【状態:睡眠中、疑心暗鬼】

藤林椋
【持ち物:包丁、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、支給品一式(食料二日分、水二日分)】
【状態:睡眠中、疑心暗鬼】
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