雪隠詰め




「七海、なかなか目を覚まさないわね……」

苦しげなうめき声に、郁乃が眉を曇らせる。

「郁乃さん、立田さんの様子は私たちが見ていますから、あなたは少し休まないと……」
「……七海がこんな風なのに、あたしだけ眠れるわけないじゃない!」

心配げなささらの言葉に、郁乃が噛み付く。
周囲を威嚇するようなその声音に、一同は顔を見合わせる。
先程から何度も繰り返された問答であった。

「……? レミィ、どうしたの?」

その様子に、最初に気づいたのは真琴だった。
不思議そうな声に、一同の耳目がレミィへと集中する。

「ン……NO、なんでも……ないヨ」

言葉とは裏腹に、レミィはもじもじとその身をくねらせている。
うっすらと汗もかいているようだった。
そんなレミィの様子を見て、高槻が言い放つ。

「ん、便所なら早く行ってきたらどうだ」
「……!」
「おトイレ? わ、レミィおトイレおトイレー!」

何が楽しいのか、真琴が両手を挙げてトイレトイレと連呼する。
苦々しげに高槻を睨むささらと郁乃。
デリカシーの欠片もない男、とその眼が語っていた。
そんな視線を意にも介さず、高槻の放言は続く。

「なんだ、暗いのが怖いならついていってやろうか?
 もっともこの寺の感じじゃ便所もさぞかし古かろうし、音は丸聞こえだがな……うおっ!?」

高槻の後頭部を思い切りはたいたのは郁乃だった。

「最ッ低!
 あんたなんかにちょっとでも勘違いしそうになったあたしがバカだったわ!」
「……? ちょっとでも、何を勘違いしたってんだ?」
「うるっさいわね! それ以上言ったら本気で殺すわよ!」

少し紅潮した頬を誤魔化すように早口で怒鳴る郁乃。

「それより、宮内さん……本当に大丈夫ですか?
 何なら私がついていきますけど……」
「No、ダイジョーブヨ」

立ち上がりかけたささらを制するように、レミィが片手を挙げる。

「お手洗いなら、縁側の端にあるっきりだと思うから……」
「サンクス、それじゃちょっとお花を摘んでくるネ」
「お花……?」
「変わった言い回しをご存知なんですね……」

一同が面食らっている間に、レミィは部屋を出て行ってしまう。
閉められた障子の向こうから、歌声が聞こえてきた。

「……やっぱり怖いんだ」

大声でがなりたてられる歌が、遠ざかっていく。
一同は心配そうに歌声の方を見やるのだった。



「Oh, say, can you see, by the dawn's early light!」

半ば無理やりにひねり出した大声で、宮内レミィは歌っている。

「What so proudly we hailed at the twilight's last gleaming?
 Whose broad stripes and bright stars, through the perilous fight!」

曲がりくねった廊下には、明かり一つない。
一寸先も見えない闇の中で、慎重に歩みを進めるレミィ。

「ニッポンの建物なのに、ドーシテこういうときだけ広いデスカ……」

真っ暗な廊下の左右には、幾枚もの障子に隔てられた無人の部屋。
歌をやめると、急に静けさが襲ってきた。
それが怖くて、レミィはまた大きな声を張り上げる。

「O'er the ramparts we watched, were so gallantly streaming!」

おそるおそる歩いていくと、やがて石庭に面した縁側に出た。
月こそ雲に隠されていたが、それでも廊下より明るいというだけで、闇に慣れた
レミィの眼には充分に映った。少しだけ安心して歩みを速めるレミィ。

「OH、あれだよネ……」

縁側の端に、小さな木製の扉が据えつけてある。
それがこの寺で唯一の厠らしかった。
扉を押し開けると、きい、と木の軋む音がした。
中にはやはり、電灯一つついていない。
嫌な臭いの満ちる、狭い空間に足を踏み入れるレミィ。

「OH、ニッポン式……ニッポンの文化大好きだけど、これだけは苦手ダヨ……」

異臭の中心で真っ暗な穴が口を開けている。
顔をしかめるレミィ。

「ジーザス……オールドスタイルなんて、初めて見たヨ……」

なるべくその穴を視界に入れないようにしながら、そっとスカートの下に手を入れる。
そろそろ汗や汚れが気になってきたショーツを膝下まで下ろして、木製の便器に跨った。

「ウゥ……やっぱり臭い、キツいヨ……」

形のいい鼻の頭に皺を寄せながら、レミィが息をついた、その時。

「―――そう言ってくれるな、これでも色々と使い道があるのだぞ?」

声は、真下から聞こえた。

「―――」

自分の膝が見える。腿が見える。その向こうの向こう。暗がりの、その下で。
目が、合った。

「…………エ?」

驚愕と、恐怖と、困惑。
それらが喉元で複雑に絡まりあって、声が出ない。

「ちょっと反応遅いんじゃないかと思うぞ〜?
 お姉さんは異人さんの将来が心配だっ」

言葉と、同時。
放たれた矢はレミィの、むき出しの局部へと突き刺さった。

「……ァ……」

痛み、という感覚は無かった。
ただ、違和感だけがあった。自身の身体から発せられる、あり得ない情報。
その膨大なノイズを、脳が激痛と認識する寸前、絶叫を上げるその直前、
便所の穴から伸びた手が、レミィの足首を掴んだ。
なす術も無くバランスを崩すレミィ。
がつりがつりと便器に引っかかるが、そのまま強引に汚物槽へと引きずり込まれる。
レミィの認識は、いまだに状況についていけていない。

「―――案外広いだろ? これだけ大きなお寺だからさぁ、きっと毎日すごい量の
 アレとかアレとかがココに溜まってたんじゃないかと想像しちゃうと楽しくはないかね。
 臭いと見た目と衛生面とその他全部を気にしなければ快適空間かもしれないぞ?
 っていうかあたしが入居した時には新築同様だったんだけどなぁ、待てど暮らせど
 誰も来ないから、ちょっぴり臭いのは全部あちきのです、ごめんなさい敷金は返してくれろ」

一筋の光すら射さない真の暗闇の中で、レミィの口を手で塞ぎながら、楽しげに嗤う少女。
広いとは言うものの、少女二人が入ってしまえば身じろぎする隙間にも事欠く。
肌と肌を密着させたまま、半ば意識を失いかけているレミィの耳元に囁きかける少女。

「さよなら雪隠、また来て異人、ってなもんだ。
 ってわけで、そろそろ交代の時間じゃないかと思うんだな、これが。どうよ?」

けーしょーしきぃー、と口ずさみながら少女が魔法のように取り出したナイフの刃が、
レミィの喉笛を掻き切った。
びくり、と震えたその身体が、最後の生命活動を全うしようとする。

「……あちゃあ、お漏らしが許されるのは中学生までだぞぅ?
 ま、健康でよろしい!」

密着した状態では如何ともし難い。
その放尿を最後まで己の下腹で感じとると、

「ぬふぅ、まーりゃん爆誕の瞬間、しかと見よっ」

言いながら便器の淵に手をかけて、少女は鮮血と尿に塗れた身体を引き上げる。

「さーりゃんのためにも、もう少し減らしておきたいところなんだが……ふむ」

ところどころに薄黄色の染みをつけた己の着物の襟に鼻面を突っ込んで、ふんふんと
臭いを嗅ぐ少女。

「さすがにこれじゃあ近づいただけでもバレてしまうぞ……。
 ……よし、こういうときはお風呂に入って再出撃するに限るっ。
 せいぜい不安に慄くがいいぞぅ、諸君!」

厠から出ると、そのまま縁側に降りる少女。
軒下に潜り込むと己のザックを取り出し、石庭を横切って垣根を乗り越えていく。
その姿に、一切の迷いはなかった。




【時間:2日目午前0時頃】
【場所:F-8 無学寺】

朝霧麻亜子
 【所持品:SIG(P232)残弾数(4/7)・ボウガン・バタフライナイフ・投げナイフ・仕込み鉄扇・制服・支給品一式】
 【状態:普通。着物を着衣(防弾性能あり)。貴明とささら以外の参加者の排除】

宮内レミィ
 【状態:死亡】
所持品:忍者セット(木遁の術用隠れ布以外)、ほか支給品一式は郁乃たちのいる部屋に放置。

高槻自称ry
 【所持品:食料以外の支給品一式】
 【状況:称号ロリコンストーカー】
小牧郁乃
 【持ち物:500S&Wマグナム(残弾13発、うち予備弾の10発は床に放置)、写真集二冊、車椅子、膝にポテト、他基本セット一式】
 【状況:不安】
立田七海
 【持ち物:フラッシュメモリ、他基本セット一式】
 【状況:意識不明】
久寿川ささら
 【所持品:スイッチ(未だ詳細不明)、ほか支給品一式】
 【状態:健康】
沢渡真琴
 【所持品:日本刀、スコップ、食料など家から持ってきたさまざまな品々、ほか支給品一式】
 【状態:健康】
ほしのゆめみ
 【所持品:支給品一式】
 【状態:異常なし】
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