遅効性の毒




「っ……ふぅ……。やっと抜けたな」
芽衣を連れた林間の行軍は英二を中々に疲弊させていた。
「すみません……私のせいで……」
「いやいや」
英字は笑って受ける。
芽衣はあの後一人で突き進んで木の根に足を取られて転んでしまっていた。
膝を擦り剥いたのを英二が見ると、「さ、どうぞ。お姫様」とかいいながら背負ってくれた。
大丈夫だ、と芽衣が主張しても英二はへらへら笑って取り合わなかった。
一度だけ「まぁこんな島だし。小さい怪我でも命取りになりかねないよ?」といって、後は益体も無い事を延々と喋っていた。
そんな英二の心遣いに礼も言ったが、やはりへらへら笑って受け流された。
実は英二は『参加者』が出てきたら即座に芽衣を振り落として拳銃を取るつもりだったのだが、互いにとって幸いにその機会は訪れなかった。
因みに、ボタンは自力歩行で付いて来ていた。
「んじゃ、芽衣姫様。地図出してくんないかな」
「あ、はい」
芽衣は地図を取り出す。
「あ、あともう大丈夫ですからおろしてください……村の中までこれはちょっと……」
もう膝の血は止まっていた。
英二はそれを軽く一瞥する。
「ん? そ? ほい」
英二はゆっくりと芽衣を下ろした。
「ありがとうございました」
「いやいや」
やはり笑って受け流す。
「んー……今……多分この辺の道だね。どっち行く?」
「え……と……英二さんが決めてください」
「じゃあっちで」
そう言って東の道を指した。
「行こうか」
「はい」
「ぷひっ」
二人と一匹はその道に従って歩き出した。




(どうしよう……どうする……)
杏はあの死亡者報告スレッドが流れてからずっと頭を悩ませていた。
しかし実際に人が死んでいるらしいという実感の無い事実、その中に岡崎の名が在ったこと。
自分についている爆発すると言う首輪、そして名簿に書いてあった妹の名前。
色々な事が色々な風に重なってとても落ち着いて考えるなど出来なかった。
そして、その事にも自分で気付けない程にも焦っていた。
(どうする……如何する……)
浮かばない名案に苛立ち、それでも尚考える。
思考の泥沼に嵌まり、それでも考える事を止められない。
引き当てた道具が武器ではなく、失敗すれば待ち受けるのが死である事もその循環に拍車を掛けていた。
(探す……どうやって……でも……)
さっきからそんな事は何度も考えた。
このパソコンに書けば椋や朋也が見るかも知れない。
しかしそれは本当に『かも知れない』で、見ない可能性の方が高いだろう。
調べた限りではさっきの家にもここにもパソコンは無かった。
支給品になるくらいのものだ。
そうそう見つかるものじゃないだろう。
そして、それ以上に問題なのがこの島にはその他大勢がいることだった。
その中にはこの短時間で人を殺した者が既にいる。
そんな者がこれを見たら、最悪椋や朋也と一緒に殺されてしまう。
賭けるには余りに分の悪い賭けだった。
しかしまた同時に完全に望みがないわけではないのでそれを断ち切ることも出来ずにいた。
そうして考えている間にも状況は進む。
杏にもそのきっかけは訪れた。
子連れで。




ガチャ
「!! だっ誰!?」
「怪しくないものだけど」
「怪しいわよっ!!」
「英二さん、怪しいです」
「そ? まぁいいや。君は?」
「あっ……あたしは……じゃなくて! あんたは誰なの!?」
「緒方英二と春原芽衣。分かると思うけど俺が英二ね」
「っ……なんでここにくんのよ!」
「適当に歩いてたらついて」
「何しに来たのよ!」
「何しに来たのかねぇ」
「英二さん、あの、ちょっと……」
見かねた芽衣が止めに入る。
「ん? なんだいお姫様」
「あの、もう少し真面目に……」
「持てる誠意の一割くらいは使って話してるつもりなんだけどねぇ」
「っ……! 真面目に話しなさいよっ!!」
杏は激昂する。
相変わらず英二はへらへら笑って取り合わないが。


「んじゃ、君はなんなんだい?」
「っ……あたしは……」
「殺人ゲームの行われているこの島で、君はここに一人でいて何をしているんだい?」
「! あたしは! ……あたしは……考えて……どうすればいいか……」
「で、如何するんだい?」
「その前に! あんたはこのゲーム乗ってるの!?」
「それを聴いてどうするの? 乗ってないって言ったら信じる?」
「あ……う……」
「あっ! あのあのっ! 私達は乗ってません!」
それまで杏に対しては口を閉ざしていた芽衣が声を上げた。
「英二さんは殺されそうになってた私を助けてくれました! 足を怪我した私をおぶってくれました。
お兄ちゃんを一緒に探そうって言ってくれました! 英二さんは……英二さんは……!」
「ぷひっ」
「へっ?」
何某かの雑音が入った。
雑音の元は飛び出して杏の懐へと潜り込んだ。
「あっ」
「ぷひーーーーーーっ!」
「あっ! ボタン! えっ? なんでここに!?」
「えっ? ボタン知ってるんですか?」
「知ってるも何もボタンはあたしのペットよ!」
「えっ!? すごいです!」
「ぷひーーーーーーーっ!」
ボタンはぐりぐり頭を押し付ける。
「ボタン〜」
杏は始めてこの島で知り合いと会えたからか、弛緩してボタンを抱きしめる。


「くっ……ははっ……ははははははっあはははははははははははははは!!」
「英二さん? どうしたんですか?」
「……? 何よ」
「はははっ……はは……やっぱり俺には出来ないね。相手の警戒解くってのは」
「あっ……」
完全に無防備なところを見られた。
杏は赤くなる。
「で? 少しは信用してもらえたかい? 名前聞かせて貰える位には」
「……藤林……杏」
この目の前の飄々とした男の思惑通りに物事が進むのは気に食わなかったが。
少なくとも。
「ボタンを連れて来てくれたそっちの子は……信じられそうだから……」
「そりゃよかった」
そういってへらへら笑う。
……やはり気に食わない。




ある程度情報交換をして、英二はポケットの中で構え続けていた銃を見せ、杏は自分の支給品たるパソコンを見せた。
「ふーん……これちょっと見せてもらっていい?」
「別にいいけど……気持ちいいもんじゃないわよ」
「結構」
しかし杏は失念していた。
この飄々とした男の名前が『緒方英二』であることと、死亡者報告スレッドに『緒方理奈』の名前があったことを。
「ふーん……死亡者報告……確かに悪趣味だ」
英二は何気なくEnterを押す。
そして、固まった。
「……理奈」
我知らず呟く。
その呟きに杏は。
「え……? あっ!」
失敗した。
そう思ったときにはもう遅かった。
「英二さん? 英二さん? どうしたんですか? 英二さん?」
英二は食い入るように画面を見つめ、そのまま凍りついたように動かない。
「英二さん! 英二さん!」
「芽衣ちゃん……実は……」
今更、とは思ったが芽衣にも耳打ちする。
今の英二に会話は酷だろう。
芽衣の顔も見る見るうちに蒼くなってくる。
「え……いじさん……」
言葉も無く、動きもなく、三者三様の乱れた心のまま時が流れていった。




春原芽衣
【持ち物:デイパック、水と食料が残り半分】
【状況:自失】
緒方英二
【持ち物:拳銃(種別未定)デイパック、水と食料が残り半分】
【状況:絶望】
藤林杏
【持ち物:ノートパソコン(充電済み)、デイパック、包丁、辞書×3(英和、和英、国語)】
【状態:不安】
共通
【時間:一日目午後四時半頃】
【場所:C-05鎌石消防分署】
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