「さて、どこがいいかしらね・・・・」 昼間から戦い続けた事もあり、千鶴の体力は限界が近付いていた。 治療は済ましたが、肩の怪我も気になる。今は休養が必要だった。 しかし千鶴は単独行動をしている為、寝ているところを誰かに見つかったら非常に危険である。 出来る限り見付かる可能性が低い場所を選ばなければならない。 「ウォプタルさん、明日まで大人しくここで待ってて頂戴ね」 ウォプタルはクワーッと鳴いて返事をした。千鶴をウォプタルを木に繋いで歩き出した。 千鶴が選んだ場所は高原池近くの森の中だった。 民家に泊まるという選択肢もあったが、このゲームでは民家の需要が高い。 たくさんの参加者が寝場所や使える物を求めて民家に侵入してくる。 必然的に誰かと出会ってしまう危険性も高くなる筈であった。 またウォプタルは目立つ為、寝床はウォプタルと少し離れた場所にしなければならないだろう。 もしかしたらウォプタルが誰かに盗まれてしまうかもしれないが、寝込みを襲われるよりはマシである。 ウォプタルを離れた場所に置いた上で森の中なら、誰かと遭遇する確率は相当低いと千鶴は考えていた。 しかし、その相当に低い確率を千鶴は引き当てていた。 (あら・・・これはちょっと予想外ね) 人がいないだろうと思ってこの場所を選らんだのだが、近くで人の気配がした。 だが、問題無い。先客がいるのなら殺すまでだ。 気付かれないように慎重に、獲物との距離を詰める。 もう少しで飛び掛ろうかという所で、千鶴はある事に気付いた。 (この子、・・・・泣いてる?) 千鶴のほんの6メートル程先を歩いている少女は泣きながら歩いていた。 ポキッ・・・ 予想外の出来事に一瞬注意力が逸れたのか、足元にあった小枝を踏んでしまう。 「あ・・・・」 少女はその音でこちらに気付き、振り向いていた。 (相手は武器を持っていない・・・・倒すのは容易そうね) そう考え、千鶴が刀を構えようとした。 構えようとしたが、千鶴は呆気に取られてしまった。 ガシッ!! 「うぅぅっ……ひぐっ……」 「・・・・?」 目の前の少女が無防備に千鶴の胸に飛び込んできていた。 少女は千鶴の胸で泣きじゃくっている。 その姿は余りにも無防備過ぎて、頼りなさ過ぎて。 千鶴は手が出せなくなっていた。 それからしばらくして、どうにか少女は泣き止んでいた。 見知らぬ女性にいきなり抱き付いたのが恥ずかしくなったのか、少女は俯いたまま黙り込んでいた。 「・・・・・落ち着いたようだし、名前くらい教えて貰えないかしら?私は柏木千鶴よ」 「あ!す、すいません・・・。私、小牧愛佳です」 「愛佳ちゃんね。早速だけど何があったか聞かせて貰えないかしら」 愛佳が語った事の顛末はこうだった。 愛佳は襲撃者に刺された芹香を助けようとしたが、愛佳は医者ではない。 満足な治療など出来る筈も無かった。 結局彼女に出来たのは芹香の死を看取る事だけだった。 何も出来なかった自分。すっかり体温が失われ、冷たくなった芹香の遺体。 物音一つしない小屋。いつまで経っても戻ってこない仲間。 愛佳の精神は追い詰められていた。 そして、もしかしたらさっきの襲撃者がまた戻ってくるかもしれない。 そう考えてしまった彼女は――――全てを捨てて、逃げ出したのだ。 千鶴の妹達の事も聞いたが、愛佳は見ていないようだった。 冷静になった愛佳は、逃げ出してしまった事を酷く悔いていた。 「私・・・、最低ですよね・・・・。来栖川さんの遺体の埋葬もせずに、相良さんも待たずに逃げ出して・・・・」 そこまで言って、愛佳はまた泣きそうになった。 その時彼女の頭に何かが触れた。 愛佳が見上げると、千鶴が彼女の頭を撫でていた。 「お腹空いたでしょ?食料ならまだ余裕があるし、分けてあげるわよ」 千鶴は空いてる方の手でパンを差し出した。 「え、でも・・・・」 「構わないわよ。遠慮せずに食べなさい」 そう言って千鶴は微笑んだ。 その笑顔は、このゲームで彼女が初めて見せた笑顔。 とても穏やかな笑顔だった。 愛佳はパンを受け取り、食べ始めた。 愛佳が思っていた以上に愛佳の体は腹を空かせていたらしく、あっという間にパンを食べ終えてしまった。 「あの、あ、ありがとうございました」 そう言って、愛佳は頭を下げる。 「どういたしまして。それじゃ、今日はもう休みましょうか」 「え?」 「休める時に休んどかないと、体がもたないわよ?ほら、そこで休みましょう」 そう言って千鶴は近くの茂みの奥に歩いていき、刀で邪魔な雑草を刈り取った。 そこは比較的背の高い茂みの中で、誰かが近くを通ってもそう簡単には見付からなさそうだった。 二人揃って腰を落とし、座り込む。そうしたまま暫くじっとしていた。 「・・・ねえ愛佳ちゃん、まだ起きてる?」 「あ、はい、起きてます。・・・・なかなか寝付けなくて」 「そう。ちょっといいかしら」 「え?何ですか?」 「私もね、あなたがした事は良くないと思うわ。仲間だったのなら、最後まで責任を持つべきよ」 「そうですよね・・・・・。」 「でもね、愛佳ちゃん・・・・終わった事をいつまでも悔やんでも仕方無いわ。 自分が何をするべきなのか考えて、あなたのやるべき事をやりなさい。今度こそ後悔しないようにね」 「・・・・・・。」 「私の話はそれだけよ。それじゃ、おやすみなさい」 千鶴の言葉はそのまま千鶴自身にも当てはまる事だった。 千鶴は決心を固めていた。 もう二度と後悔したくないから。大切な人を失いたくないから。 けれど愛佳には・・・・、手を出さないでおこう。 この無防備で内気な少女が妹達や耕一に危害を加えるとは到底思えなかった。 千鶴の目的はあくまで家族の安全の確保であって、人を殺す事自体を目的としている訳ではないのだ。 出来ればこの子は、少しでも長く生きていて欲しい。 今日は疲れた・・・、とにかく休もう。 そして朝目覚めたら、また人を殺し続けよう。 そこで考えるのを止めると、すぐに千鶴の意識は闇に落ちていった。 【時間:2日目午前1時頃】 【場所:d−4】 小牧愛佳 【持ち物:なし】 【状態:睡眠】 柏木千鶴 【持ち物:日本刀・支給品一式(食料を半分消費)】 【状態:左肩に浅い切り傷(応急手当済み)、睡眠中。マーダーだが、愛佳に手を出すつもりはない】 ウォプタル 【状態:睡眠中、千鶴達が寝ている場所から少し離れた所にある木に繋がれている】 - BACK