善人ほど早死にする時代




月も星も見えぬ、その夜の沖木島。
空一面を覆う雲を、それでも見上げる漢がいた。

「―――逝ったか、由真よ……」

吹き抜ける風の音に、何を聞いたか。
呟くと、漢は目を細める。

「戦火に斃るるは長瀬が運命―――。
 いつか来る日と分かってはおったが、やはり……慣れぬものよの」

大きく溜息をつき、目を伏せる漢。
黙祷であろうか、握った拳を胸に当ててその場に佇む。
夜の森に静けさが落ちる。
だがそんな静寂を打ち破る声が、唐突に響き渡った。
甲高い、少女の声だった。

「Hey、そこでタソガレてるお爺さん、大人しくほ〜るどあっぷネ!」
「……」

漢は目を閉じたまま答えない。
声が、少し苛立ったように大きくなる。

「お爺さんの背中はアタシがロックオンしてるヨ!?」
「……」

漢はゆっくりと息を吐くと、やはり緩やかな動きでその両腕を上げる。
声が、落ち着きを取り戻した。

「OK! それではお爺さん、ジャストワン、聞きたいことがあるネ!」
「……何じゃの、お嬢さん」
「わっと!? どうしてアタシがスクールガールだとわかりましたか!」
「……その声を聞けば、誰でも判ると思うがの」
「No! それはセクシャルハラスメント、あるいは人種的差別発言デース!
 訴えますヨ! こちらにぐれいとな弁護士ついてマース!」
「……で、お嬢さんは何が聞きたいのかの」

華麗にスルー。

「オウ、そうでした! お爺さん、ほわっちゅあねーむ?」
「……お館様からいただいた名は、ダニエルと申す」
「ダニエル! Coolネ!」
「……」
「……」

短い沈黙が降りた。

「Why? なぜダニエル死にませんカ?」
「……いかなわしとて、そこまで老いぼれてはいないつもりだがの」
「No……No,No,Noデース……」

ひどく落胆したような声。

「やっぱりジャパニーズジョークは中途半端ネ……こんなの紙くずデース……」
「……何ぞ知らぬが、期待に応えられなかった様で済まぬの」
「No、お爺さんのせいではないヨ……こんなの、鼻かんでやるデス……ちーん」
「……用が済んだのなら、もうお暇させてもらってもいいかの、お嬢さん。
 こう見えても、それほど暇な身ではないでな」
「Yes、そうデシタ……OK、それではグッバイ、デス……」

声と共に飛んできたのは、一本の矢であった。
必殺の勢いをもって放たれたそれは、狙いたがわず漢の首筋を目掛けて飛び、
そして、二本の逞しい指に挟まれて止まっていた。

「わ、わぁっと!?」
「―――長瀬奥義・二指真空把」

戸惑ったような声。
漢の呟きが、果たして理解できたかどうか。

「……長瀬の拳は有情に非ず」

言いながら、漢の指がジュラルミン製の矢を、まるで飴細工か何かのように
捏ね回していく。

「OH……ジーザス……!」
「この戦乱の世にあって、由真は……優しすぎたのやも知れぬ」
「ニンジャ……!? ミフネ……!? No……!」

叫びと共に、幾本もの矢が放たれる。
だが、その矢が背に突き立つ前に、漢の姿は掻き消えていた。

「ど、どこデスカ……ヒィッ!?」

声の主である少女は、身を隠していた大樹の陰で凍りつく。
その背にそっと触れるものがあった。漢の拳である。
少女の背後に立つ漢は、どこか悲しげにも聞こえる声音で囁く。

「これは、残悔積歩の拳……若人よ、己が罪を悔い、輪廻せい」

漢の声を、少女は既に聞いていない。
少女の意識は、自らの身体に起こった異変に対する恐怖で満たされていた。

「ぉ……ごぉ……が……」

奇怪なことに、少女の足はその意思に反して後ずさりを始めていた。
全身の筋肉、全身の神経が膨れ上がっていくような違和感。

「……最後の十歩、有意義に過ごすことじゃ」

少女に背を向け、歩き出す漢。
その頬に、落ちるものがあった。
見上げれば、天から落ちる幾粒もの滴。

「涙雨……、かの」

呟いた漢の背後で、少女の断末魔が響いていた。




【時間:2日目、午前2:00頃】
【場所:D−4】

【長瀬源蔵】
【所持品:防弾チョッキ・トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・支給品一式】
【状態:鎮魂】

【宮内レミィ】
【状態:死亡 「ぺぎぃ!!」】

※レミィの所持品:和弓、矢×5、死神のノート、他支給品一式は放置。
※※この時間から雨が降り出しました。
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