「―――ったく。世話ばかり焼かせやがって……」 国崎往人(035)は倒れ伏す神岸あかり(026)を横たえて愚痴を零す。その傍らには静かに息を上下させる月島拓也(066)が転がっていた。 彼等は鷹野神社の境内に腰を据えていた。 正常に意識があるのは往人ただ一人であり、二人は例外なく痛みかショックによるもので気絶している。 内、あかりに関しては背面を爪のようなもので引っ掻かかれており、傷自体は浅くとも決して無視をできない状態にあった。 拓也に関しては放っておいても構わない。何時か目を覚ますだろう。 だが、あかりには治療を施さなくてはならない。 遭って間もない、それこそ会話一つ交わしていない彼女に義理も恩もありはしない。 それでも、眼前に苦しんで倒れている少女を見て見ぬ振りをすることも人の行いとして良心の呵責が押し留める。 結局は拓也の時同様、往人には彼女達を平然と捨て置くことはできないのだ。 「クソっ……。腹は減ったが仕方がない。とりあえず治療を……む」 面倒臭そうに頭を掻きながらあかりに手を伸ばそうとして、ふと思い立って動きを止める。 あかりの症状は特に背中の傷が大きい。他にも小さな擦り傷や切傷があるものの、そちらは既に自然治癒が成されていた。 つまり、問題なのは背中の傷であって、血に染まった制服をどうにかしなければ――― 「……ごほん。言っておくが、治療の為だ。勘違いするんじゃないぞ」 一体誰に言っているのか。 言い訳がましい往人の言葉が境内に空しく響く。当然反応はない。 日が沈んだ神社の中はとても暗く、懐中電灯の光を頼りにあかりへと手を掛けた。 青少年の反応としては、成熟の過程を進む同年代の女性の身体に心臓を高鳴らせるものだが、往人の表情は至って無表情。 むしろ顔を顰めて制服のリボンを指で摘みながら解いている姿は、逆に女性に失礼である。 往人にとってはあかりの身体などどうでもよく、今は早く彼女の服を脱がして治療を施したい。 仮に今の自分の姿を第三者に発見されてしまえば、いらない誤解を招くこと請負だ。 観月マナ(102)に一度それで疑われているのだ。こんな実行場面を目撃されでもしたら、身の危険を感じざるを得ない。 戦々怖怖と丁寧にあかりの制服を脱がしていった往人だったが、ようやく上半身を下着姿にすることに成功する。そのままうつ伏せの体勢にするために引っくり返した。 真っ白い健康的な柔肌が電灯の光を浴びて眩しく反射するが、それ以上に血に濡れた背中が痛々しく感じる。 往人はバックから水を取り出して躊躇なく背中に浴びせ掛ける。 外部からの感触にあかりが小さく呻くが、血液が流れて時間が立っていなかったこともあって付着した液体は難なく流れ落ちた。 そこで再び問題に行き当たる。 制服の上から鋭いナニかで切り裂かれたのだ。肉体に傷付いている以上、重ねられた衣類や下着類が切り裂かれているのは道理。 つまり、ブラジャーのベルトが切断されており、下着として要を足していないという事実。 往人は目を細めて数秒後、あかりの状態を少し起こして下着を剥ぎ取った。 「…………ふっ。まったく仕方のない奴だ」 完全に開き直り、綺麗にあかりのせいにしつつ正当化を図る。 握った下着を傍らに放り投げて、何事も無かったかのように近くで見つけた布を巻き付け始めた。 本人に意識があったら卒倒しそうな行いだが、幸い気絶していることもあって往人の図太い神経を糾弾する者は誰もいない。 あくまで自分は世話を焼いているという事実を念頭において、彼は簡単な治療を施し終わる。 生憎、消毒液などの有り難い代物などないのだから、どうしても簡素な応急措置だが、しないよりは遥かに増しだ。 ともかく、今度はあかりの格好の問題である。 下半身はスカートで、上半身は素っ裸。血に濡れて切り裂かれた制服は使い物にならないだろう。 自身が着衣しているのも黒の長袖一着限り。ならば、誰から借り受けるなど言わずとも分かるというものだ。 「ここまで運んできてやったんだ。とりあえず寄越せ」 気絶した物言わぬ拓也に目を付けた往人は、追剥が如く彼の学ランを容赦なく剥ぎ取った。 あかりの小さく自己主張する乳房にはなるべく目を向けず、学ランを羽織らせて前面のボタンを締め、静かに身体を横たえさせる。 そこまでして、ようやく安堵の息を付いた。何事も無く、誰にも目撃さえれることもなく終えたのだから。 (後はコイツらが起きるのを待つだけだな……) 往人としても、早急に知り合いと合流したい。 放送を聞く限り、殺し合いは止まることなく加速している。 恐怖で錯乱したものや、疑心暗鬼に囚われた少女達とも会ったばかりであるし、現に傷付いた少女を保護した身。 知人は生きている筈だと、楽観的に考えることも出来ない。 二人が起きたら現状の説明をしてやって、それを終えたら彼は直に神社を発つつもりだ。 いずれかが同行したいと申し出るのならば、同行を許す。単独行動やここに残るといった者には引き止める真似はしない。 何時までも荷物を抱えて移動しては、足手まといでしかないのだ。手っ取り早く二人には行動を決めてもらう。 そこまで考えて、我慢に耐えかねた往人の腹が空腹を訴えた。 彼は表情をニヤリと歪ませて、二人の荷物を注視した。 「―――ふっふ……。これは正当な報酬だということを履き違えるんじゃないぞお前達……」 妖しい眼光で、往人はバックに手を伸ばす。 **** 境内を照らす小さな灯火。 僅かな懐中電灯の光が閉じられた瞼を刺激した。 「―――うっ……ん、ん。……ここは、つぅ……っ!」 目を覚ました拓也は混乱した様子で辺りを見渡すが、口内で痛みが走って顔を顰める。 頬の辺りを押さえると、若干腫れ上がっていた。 ―――思い出した。 妹の月島瑠璃子(067)を探している道中、遭遇した老齢な男性―――長瀬源蔵(072)に殴り飛ばされたことを。 確かに、あの時の自分は冷静ではなかったかもしれない。 瑠璃子のことを想うあまり、過剰な反応を示してしまった。出会い頭で拳銃をぶっ放すといった常軌を逸した行動なのだが、彼には罪悪感など微塵も無い。 それ以上に憤怒の感情が拓也の全身を駆け巡った。 「クソがっ。あのジジぃ……。不意打ちなんぞしやがって……」 「なかなか剣呑としているな」 「っ!? 誰だ―――!?」 自分のことを棚に上げて源蔵を激しくなじる拓也へと、横から急に声が掛かった。 誰も居ないと思っていたのか、心臓を鷲掴みされたかのように驚いて広がる闇を睨みつける。 往人は懐中電灯を無言で中央に置いた。僅かではあるが境内を光が灯し、二人の長い影が生まれた。 「よう。ようやくお目覚めか」 「……なんだお前は」 咄嗟に自分の所持していた拳銃を構えようとするも、それが既に没収されていることに気付いて小さく舌打ちする。 それに少し肌寒いと思えば、着ていた筈の上着までもが何故かなかった。 「あぁ、上着なら借りたからな」 往人は近くを顎でしゃくりながら拓也の疑問に答える。 しゃくった先に、あかりが気を失って倒れている様子が暗闇ながらも目視できた。 「……彼女は?」 「アンタと一緒だ。倒れていた所を保護したまでだ」 お人好しにも程があるのではないか。 そう感じずにはいられない拓也だが、その甲斐もあって助かったのならば訝しむ必要もないだろう。 あんな道端で気絶した状態で放置されていたのであっては、命が何時失われても可笑しくはない筈だ。 殺し合いのゲームが行われているということは把握しているが、知ったことではない。 だが、どうでもいいことである反面、拓也自身の目的から見れば非常に有意義なイベントでもある。 此度のゲームを利用することによって、禁忌の想いを成し遂げることが出来るかもしれないのだ。 よって自分が野垂れ死ぬなど冗談ではない。瑠璃子に会うことが二度と叶わないと思ってしまうと我慢がならない。 そんな境地に陥れようとした源蔵も許さない。 (電波さえ使えればあんなジジィ……。言っても仕方がない、今はこの男だな) 内心で恨み言を連ねる拓也だが、既にその対象が死亡していることは知るよしもない。 能力さえ使用できればという無い物ねだりの思考を情けなく感じたため、それらを振り払って往人へと改めて向き直る。 「貴方が助けてくれたのですね。改めてお礼を言います」 「余計なものは被らなくていいぞ。そんな性格じゃないんだろ実のトコ」 「…………」 普段の私生活では外面重視の態度を心掛けていた拓也だが、地の自分を先程目撃されていたとあっては効果がない。 ニヒルな表情を引き攣らせながらも、決して笑みは絶やさない。 「そうですか。どちらにしろ貴方の方が年上でしょう? 敬意を払うのは至極当然のことですよ」 「ま、態度云々は俺が言うことじゃないがな。―――じゃあ、その眼つきをやめろ」 「……眼、ですか?」 「いかにもヤル気な態度が滲み出ているぞ。笑ってないんだよ、お前の瞳は」 「……ふん。アンタだって似たり寄ったりじゃないか」 通用しない外面を何時までも被っていても仕方がない。 普段覗くことのない表情で形取りながら、拓也は皮肉気に口許を吊り上げた。 そもそも、眼光云々を往人が指摘するのは間違っている。拓也から見ても、中々に凶悪だ。 自覚し、現に碌なことがなかった往人は苦虫を噛み潰したように唸る。 「それを言うな。ロクな目にあった試しがない」 「まぁ、そんなことは僕には関係ない。ともかく拳銃……あっただろ? 悪いけど返してくれないかな」 「拳銃……? そんなモンなかったぞ」 「はぁ? 拾ってくれたことに関しては礼を尽くすのもやぶさかではないけど、少なくとも隠すと身の為にはならないぞ?」 「……身の為、ね。そんなセリフを平気で吐く奴に仮に持っていたとしても渡すわけないだろ?」 往人の挑発的な笑みに腰を浮きかける拓也だが、武器がない以上、下手には動けない。 意外と体格も悪くないために、無手で飛び掛かったとしても一筋縄でいくような相手でもなさそうだ。 今は、本当に隠し持ってはいないと考えたほうが事を上手く運ぶことが出来るだろう。 「……じゃあ、僕の拳銃は何処にいったんだ?」 「俺が知るか。大方お前が気絶していたことと関係があるんじゃないのか」 「……あぁ、アイツか。―――ちっ、ふざけやがって……」 往人の言葉で思い立った拓也は、いらただし気に舌打ちをする。 源蔵に殴られて気絶した。自分が拳銃を手放したのは間違えなくあの時だ。 ということは、往人ではないというのなら源蔵が持っていったということになる。 つくづく気に喰わない。 「なにやら思い出したようだが、お前を拾ったときにはそれらしき物は落ちていなかったとだけ言っておく」 「すまなかったね、思い違いだったよ」 「で? 強制するつもりはないが、経緯を教えてくれ。ここまで数十分の道程を経て連れて来たのは何を隠そうこの俺だぞ」 「別に頼んじゃいないけど、感謝はするよ。経緯だっけ?」 少し考えたが、屈辱的な出来事しか思い浮かばない。 「完結に言えば、僕の思考の邪魔をして不意打ちを食らわせられた、といったところかな」 「十中八九、どうぜお前が何かしたんだろ? 思考の邪魔と不意打ちの間が抜けてるんじゃないのか」 「……黙れよ。僕の邪魔をしたアイツが悪いに決まっているだろう?」 自分勝手な物言いに、往人は拓也が何かしらの制裁を受けたのだということは理解した。気分が悪そうにこちらを睨みつける様子からも窺える。 厄介な奴を拾ったものだ、そう言わんばかりに往人は肩を竦めた。 「まあいい。過剰防衛ってことにしといてやる。ともかく答えてもらうぞ……お前はゲームには乗ったのか?」 往人にとっては拓也を見極める機会。乗っていても乗っていなくとも武器のない拓也を退ける自信はあるが、対応自体は異ならない。 乗っていないに越したことはないが、逆にしても止める術はないし、それこそ義理もない。自分に危害を加えないのなら放置するに限る。 本音を言わせてもらえれば、手荷物を早急に手放して身軽になりたいのだ。この場合、拓也とあかりのことである。 往人の探るような問いかけに、拓也は鼻で笑って見せた。 「ゲーム? そんな児戯、僕には関係ないさ。瑠璃子以外に目的はない」 「……その瑠璃子って奴は恋人か何かか?」 恋人―――その一言に拓也の淀んだ瞳が笑った。 「よしてくれ、照れるじゃないか。確かに僕は瑠璃子を愛して止まないが……生憎とそんな真柄には“まだ”なっていはいないね」 「ほう。なら早いトコ探さなきゃならんだろ。殺し合いの真っ只中では安心も出来やしないからな」 「……そうだ、そうだよ。僕らの愛に無粋な横槍を入れるクズ共がいるんだった……。あぁ、瑠璃子……無事で居てくれよ瑠璃子ぉ」 「…………」 陶酔したように独り言を続ける拓也を、往人は生暖かい視線で見守った。若干引いたが。 台詞だけ聞けば嫉妬深い美しい情愛だと感じられないこともないが、拓也の表情が全てを台無しにしていた。 ともかく、留まることを知らない妄想を何時までも放っておくわけにもいかない。 「そうかそうか、素晴らしい愛だ応援するぞ。さっさと瑠璃子さんとやらを探しに行ったらどうだ?」 「言われずとも。しかし、僕達の愛を応援してくれたのは君が初めてだよ。気に喰わないが、期待に答えられるよう努力はするさ」 「……あ〜、適当にがんばれ」 早いところ厄介払いをしたいがために、往人の態度がぞんざいになるのも無理はない。 それ以前に、拓也が愛を向ける相手が実の妹だという事実も知らないのだから、往人にとってはまさしく詰まらない他人事なのだ。 そんな拓也は満足気に立ち上がり、あかりへと無遠慮に歩み寄る。 「この子には悪いけど、僕の上着は返してもらうよ」 「お、おい……ちょっとま―――」 自身の学ランを取り返そうと手を伸ばす。 その下に衣類を一切着用していないという事実を知る往人は、少女の為にも静止の声を掛けるが時既に遅し。 あかりの状態などまったく考慮せずに上着を剥ぎ取るが、現れた姿に硬直した。 「…………」 「…………」 「…………」 「……第三者から観ればお前も変態の仲間入りだな」 「ふ、ふざけるなっ! 何でコイツは裸なんだよっ」 女性の裸を直視して羞恥心が湧く様な可愛い性格をしていない拓也とて、唐突に女体が飛び出してくれば流石に慄く。 脱がせたのはお前だろうが変態野郎と、顔を歪ませて往人へと迫るが、当の本人は素知らぬ振り。 「ゲスい勘繰りはやめろ。治療のための不可抗力だ。それで? 何時まで上着を強奪しているんだお前は」 「―――クソっ」 拓也はあかりへと乱暴に上着を被せる。 これでは上着を持っていくことが出来ない。 別に学ランに愛着や執着があるわけではないが、人の服を黙って使用したことが癇に障る。 「―――人が気絶してりゃ好き勝手しやがって……」 「気絶したお前の自業自得だバカ。感謝こそすれ、恨まれる筋合いはないな」 憎々しく往人を睨みつけるが、小さく舌打ちをして目を離す。 確かに往人の言う通り、彼がいなければ拓也の命は危機に晒されていた。 その点に関しては非礼を詫びるのもやぶさかではないが、同時に疑問にも思う。 (コイツ……恩でも着せるつもりか。長瀬裕介並みのお人好しかと思ったが、そんな人柄でもなさそうだな……) 往人の第一印象は、後輩の長瀬裕介(073)のように緩い顔をして人助けをしている心底甘ったるい人種だと思っていた。 だが、一言二言会話をした時点で印象は覆った。勿論悪い意味でだ。 裕介のような人間ならば電波などなくとも言葉巧みに陥れることも不可能ではないが、こういった隙の見せない人間は扱いに困る。 むしろ拓也側の人種と言えた。他人へ干渉せず、そして他人は何処までも命の質量が軽い。 自身の命、もしくは大切な人の命と他人の命を天秤にかけるならば、傾く方向はまったく躊躇ない。 少なくとも、拓也にとって自分と瑠璃子以外は全て死に絶えてもいいと本気で考えているのだ。 拓也は極端に顕著だが、往人にもそれが見え隠れしていた。 「そんなに嫌ならこの少女を素っ裸で放り出せばいいだろうが」 現にこんな本気ともつかない台詞を吐ける時点で相当の曲者だ。 始めに脱ぎ払ったときの拓也の躊躇いを目敏く突いてくるのだから。 拓也は苦々しい顔から一転、侮蔑するような眼つきを往人へと向ける。 「確かにこんな女知ったことじゃないが、流石に裸身を晒したままでは忍びないだろう? 僕はこれでも紳士だからね」 「はっ、どの口がほざく」 紳士とは言うが、実際は少女達をゴミのように扱ったこともあり、往人の指摘はあながち間違いではない。 それでも自信の笑みを浮かべて往人を見下す。 「……少なくともアンタよりは人当たりが良い顔立ちだと自負できるけどね」 「下手な仮面を被ったときの話だろそれは。存外に白々しく見えるぞ?」 「ふん、アンタ幸運だよ。僕の電波が健在ならとっくに廃人にしてやったものを……」 「……電波?」 電波という言葉に首を傾げる往人だが、思い当たったように頷いた。 「なるほど、それが巷で蹂躙跋扈する電波系という奴か……。確か頭の触覚から受信するんだったよな?」 「その電波じゃないっ!! いや、妄想する点では一緒だが……ともかくだ! そんな低俗なオタク共と一緒にするんじゃない!!」 身の程を弁えない馬鹿がと、小さく悪態をつきながら正しい電波の解説を頼んでもいないのに語りだす。 別に電波についの知識を教授してやっても拓也にとっては弊害にはならないし、往人も意外と興味深そうに話を聞き入った。 だが、拓也が悪徳非道の行いを包み隠さず何の臆面もなく語りだしたときには、正直何度目かのドン引きをしてしまったが。 「なるほどな……。人間とは思えぬ力……その電波とやらも該当するみたいだな……」 「ムカつくが、主催者達は英断だったってことさ。力さえ制限されてなかったらゲーム自体を崩壊させることは訳ないんだよ」 確かに電波のように外部から干渉する能力を防ぐ手立てはない。 そして、主催者の言葉を真に受け取るならば、能力の種類は決して一つではないのだ。 それこそ好戦的な能力が存在しているかもしれない以上、そんな彼らが有利に事を運べるのは自然の理。 拓也も自身の能力に余程自信と信頼を置いていたのだろうが、それが使えないと知るや今では非情に苛ただし気に顔を顰めている現状だ。 しかし、これは往人には知る良しもないことだが、逆に電波がない状態の方が拓也は人間らしかった。 危険な思想と、度が過ぎた誇大妄想を発現する手段のない拓也は、本性を知るものからすれば借りてきた猫の様に大人しく、理性的なのだ。 ゲーム開始時点では常軌を逸した精神を抱えていたが、それは電波が使えないという現実を受け入れがたいが故に冷静に狂っていたためである。 源蔵に殴られて、一度頭を冷やす機会があったのは往人にとっても拓也にとっても僥倖と言えた。当たり前だが、拓也は源蔵に憎しみしか抱いていない。 「―――とまあ、未熟ながら長瀬君も電波を使えるわけだけどね」 「ほう。なら一つ聞くが、お前の電波は今じゃからっきし駄目なのか?」 「ああ。アンタの顔を見た時に即座に放ったけど効果はなかったよ」 「……おい、ふざけんなコラ。助けてやった恩も忘れて……」 往人が本気で睨みを利かせてきたために、拓也は冗談だと肩を竦める。勿論冗談ではなかったが。 だが、実際電波の効果は望めなかった。 本来ならば容易に人間を操ることが出来るのだ。そして、精神不安定の者ならば更に容易い。 主催者は能力を“制限”したと言った。僅かならば電波を放て、且つ正常な意識をしていない人間ならば操れるのではないか。 未だ実行は出来てはいないが、機会があればやってみるつもりだ。当然、往人に口を滑らす必要もない。 二人は、そんな当たり障りのない会話を数十分続ける。 以外に話が弾んだ能力について二人で討論していたとき、ならば自分の能力はどうだろうかと往人は考えた。 人形を取り出そうとするが、それさえも没収されていることに今更ながらに自覚して肩を落とすが、変わりになるものがないか辺りを見渡す。 「―――何かないか……。ん? ……あれで、別に構わないか……」 「……? 何をやって……って、な……っ。そんなモノでナニをするつもりだい?」 「いや待て! 勘違いするな、俺の能力を見せてやるためには仕方がないことだと理解しろよ!」 冷ややかな拓也の視線にたじろぐが、見つけた代用品を改めて戻すのも白々しく思えたために、ソレを二人の眼前に神妙に置く。 「…………」 「…………」 「……ま、待て。そんなモノ掴もうとしてナニをするつもりだ……」 「掴まんし何もせんわ! 手を翳すだけだ……っ」 「だ、だけど……それはそこに転がっている女のした―――」 「―――言うな! ただのコットン素材だが何か?」 「こ、コイツ……」 本気なのか―――拓也の瞳の奥が語っていた。 微かな光に灯されて、二人の視線を釘付けにする真っ白い衣類―――即ち脱がせたあかりの下着。 それを中央で囲みながら注視する姿は怖いほどにシュールだ。 拓也からしてみれば、その下着を違った用途で使用しないかが心配だ。そんな光景、おぞまし過ぎて我慢ならない。 往人も違った意味で冷や汗を垂らしながら、代理品へと力を込めた。 すると、ビクリと脈動するあかりの下着。 この世のものとは思えぬ光景に、拓也は肩を震わせた。 「なっ……。ど、どうなっているんだ」 「―――動かし難いが……意外といけるな……」 「か、カップが回って、いや、回るのがカップか……。あ、歩いた……歩いただと……っ!?」 真剣にブラを睨みつける往人と慄きながらブラを指差す拓也。 傍から見れば、完全に馬鹿二人である。 珍妙な光景に我慢の限界が来た拓也は、定番事である吊るすべく糸を捜そうと躍起になって手を彷徨わせるが何かに触れる感触はない。 ますます理解の光景を逸脱した行動をする下着だが、拓也は原因追求のために種明かしを往人へと迫る。 往人が仕方ないとばかりに頷いたことが作用したように、まさしく糸が切れたかのように下着の動きが止まった。 「一応俺の使用できる能力―――法力だ。こういった簡単な小物程度ならば手を使わずとも動かすことが出来る」 「法力……。なかなか便利な能力だね。ということは、制限されている以上、本来ならばもっと常識外れなことも可能という訳か……」 「ま、まあな。制限されているからな、制限。今はこれぐらいしか出来ないという訳だ」 まるっきり嘘だ。 拓也が本来の往人の能力上限を知らないことをいいことに、制限という言葉をダシにして虚勢を張る。 見栄を張った往人の冷や汗も、興奮冷めやらぬ感じで下着を確かめる拓也に気付かれなかったことは幸いだ。 「とまあ、電波を聞かせてくれたお礼だと思ってくれて結構だ。金はいらん」 「当たり前だ。確かに凄い出し物ではあるけれど、金など出してやるほどでもないだろ」 「聞き捨てならんなオイ。俺はこれ一本で全国を渡ってきたんだぞ」 「……一本?」 「い、いや。気にするな。本来ならば人形劇なんだが、見ての通り都合の悪い代用品でしかなかったからな」 「確かにね。正直に言わせて貰うとアレでは気味が悪かったよ」 二人してあかりの下着を哀れむように見詰める。 本当に失礼であった。あかりの意識が健在ならば顔を羞恥で歪ませて咽び泣いたとしても可笑しくはない。 拓也は下着から視線を外して、硬直した背骨を伸ばしながら気怠そうに立ち上がった。 「さて、僕はモタモタとしている場合じゃないから行かせて貰うよ」 「そうか。気をつけてな」 「……アンタに心配されるほどヤワじゃないんでね。余計なお世話だ」 「じゃあ、せいぜい野垂れ死ねよ。……そういや名前なんつったっけ?」 「ふん、月島拓也だ。アンタは?」 「国崎往人。別に覚えてもらわなくて結構だぞ」 「片隅に留めて置くさ。アンタも早いトコくたばれよ」 お互い不敵な笑みを浮かべながら視線を交わす。 言葉を連ねる度に憎まれ口を叩いていたが、拓也にとっては素の自分を曝け出しても抵抗なく会話が弾んだものだ。 認めたくはないが、こういった交流も悪くはない。 内心で苦笑しながら、自分のバックを拾って境内から出ようとした時、往人から声が掛かった。 「おい。忘れモンだ」 「―――おっと。急に投げるなよ」 往人から投げつけられた二つの黒い物体を持ち前の反射神経で手に納める。 覗くと、源蔵に没収された拳銃―――トカレフの弾倉が少量の懐中電灯の光に灯されて光っていた。 拓也は目元を細めて往人を眺める。 「なんだよ。あるんじゃないか」 「マガジンだけな。拳銃は知らん。ともかく、お前のものだろう」 「―――まあ、ねっ」 拓也は二つのうち一つを、再び往人へと投げ返す。 驚きながら手に取った往人は怪訝そうに拓也を窺うが、彼は肩を竦めて背を向けた。 「一つはアンタが持っていればいい。取り分だ、お守りにでもすればいいだろ」 「はっ。ご利益なさそうだな」 「さっさと死ねってことさ」 「……ったく。最後まで口の減らないガキだな……」 苦笑する往人の言葉を背に受けて、拓也は軽く手を振りながら境内を後にする。 外は漆黒の闇に閉ざされており、虫の鳴き声も街の喧騒も皆無。 静かに空へ浮ぶ一条の光を仰ぎながら、彼は最愛の人を思い浮かべる。 (―――さあ、待っていておくれよ瑠璃子。他者には干渉させず、歯向かう奴には制裁を。 禁忌の思いを遂げて、邪魔立てのない二人だけの世界へと共に行こう瑠璃子……) 表情を陶酔に歪ませながら、狂人が歩みを進めた。 『国崎往人(035)』 【時間:1日目午後11時頃】 【場所:鷹野神社(F−6)】 【所持品1:トカレフ TT30の弾倉1セット(八発)・ラーメンセット(レトルト)】 【所持品2:化粧品ポーチ 支給品一式(食料のみ二人分)】 【状態:満腹。あかりの起床後行動開始】 『神岸あかり(026)』 【時間:1日目午後11時頃】 【場所:鷹野神社(F−6)】 【所持品:支給品一式(食料及び水は空)】 【状態:気絶中。打撲、他は治療済み(動くと痛みは伴う)。拓也の学ラン着用】 『月島拓也(066)』 【時間:1日目午後11時頃】 【場所:F−6】 【所持品:トカレフ TT30の弾倉1セット(八発)・支給品一式(食料及び水は空)】 【状態:普通。瑠璃子を探し、邪魔立てするものは排除する】 - BACK