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 目が覚めたら目の前に知らない男が、それも凶悪な目つきをした男がいる。
 一般的に大人しくか弱い女子高生がそんな状況に遭遇したら、それはほぼ例外なく、
「いやああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
 悲鳴を上げるに決まっている。
 人から怖がられることにはいい加減慣れっこだった国崎往人は、やれやれまたか、と落ち着き払った様子で、
「わかったから静かにしてくれ。今の悲鳴で誰か危ない奴が近づいてくるかもしれんぞ」
 と諭すが、当の女子高生、神岸あかりに今の言葉がどう伝わったかと言えば、(静かにしねえと今に俺の仲間が貴様の匂いをかぎつけて集まってくるぜ、へっへっへ)とこうなるわけである。
 最早声もでない、腰を抜かしてへたりこむしかない。もっとも逃げようにもこの凶悪な男は部屋唯一の出入口の前に陣取っているので逃げられはしないのだけれど。
 本格的にこりゃまずいと往人は今更になって焦る。
「頼むから少し落ち着いてくれ! お前もその傷じゃ満足に動けないだろ!」
(動けない体でどこに行こうってんだい、嬢ちゃん。へっへっへ)
 卒倒しなかったのは、この島に来てからの現実離れした光景が、無意識にでも焼きついて離れなかったから。
 つまり、良くも悪くも『慣れた』からだろう。

 それからあかりを落ち着かせるまでに使った労力と時間は、往人にとってかつてなく濃密なものだった。泣き止まない子供を必死であやすように脳の使ったことのない場所をフル稼働させて様々な方法を試みた。
 もっとも最終的にラーメンセットの麺を鼻から飲み込んで悶絶してた頃にはあかりもすっかり正気を取り戻しており、この人は一体何をしてるんだ、という疑惑の視線をただただ向けるだけだったのだが。


「そうか。神岸もいろいろ大変だったな」
「はい……」
「ところで鼻が痛い」
「はぁ……」
 あかりに比べて自分がこの島で体験したことと言えば、せいぜい目つきのせいで女の子に怖がられたことと、逆さ吊りにされたことぐらいだ。
(か、かっこ悪ぃ!)
 だからあかりに尋ねられたときも
「おおぅ! こっちは幸運にも何もなかったぞ!」
 と、大袈裟に反応してしまう。あかりはその反応を疑う由もなかったが。
「この人は?」
「拾い物だ。長いこと目を覚ます気配がない」
「あ、危ない人だったらどうするんですか!」
 成る程。成り行きに任せて拾ってしまったが。
「そのときはそのときだ。何、武器も持ってないし多分大丈夫だ」
 そんなにアバウトなことでいいのかとあかりは思う。例えばもし何か格闘技の使い手だったらどうするんだろう。国崎さんはそれでも負けないくらい強かったりするのかな。
 それから二人はいろんなことを話した。自分のこと、周りのこと、知り合いのこと。
 往人は朝になるまでここを動くつもりはなかった。ついついこんなところまで来てしまったが、暗いうちに二人を連れてここを降りるのは危険だと判断したからだ。
「悪いが少しだけ休ませてくれ。何でもいい、何かおかしなことがあったらすぐに起こしてくれ」
「わ、わかりました」
 不安で仕方がないが、世話になっておきながら自分は何もしないとは図々しい話だ。
 自分に出来ることがあるなら、それをするべきだとあかりは思う。




 助けて、と。
 小さな、ほんの小さな声が往人の耳に聞こえた気がした。
(!?)
 慌てて目を覚ますと、意識を取り戻した月島拓也が今にもあかりに襲い掛かるところで、
(くそっ! 危険人物だったってことかよ!)
 飛び起きたそのまま、全力で体当たりを仕掛ける。
「がっ!」
 見た目に反することなく、随分と簡単に拓也は吹っ飛んだ。
「もう大丈夫だ神岸! すまなかった!」
「は、はい。なんとか大丈夫です……」
 体を震わせながら、気丈に答える。
 それだけ確認し、往人は拓也の元へ駆ける。
 起き上がろうとする拓也の目の前に思い切り足を振り下ろす。
 がん、という音が部屋中に響き、恐怖を湛えた瞳で拓也が見上げた。
 そこにあったのは魔獣の瞳。数々の女の子から恐れられてきた、絶対零度の視線だった。
「今すぐ失せろ」
「ひ、ひぃ!」
「聞こえなかったか今すぐ失せろと言ったんだ。さもないと」
「ひゃ、ひゃあ! 瑠璃子! 瑠璃子ぉ!」
 まさに脱兎の如く、拓也は逃げ出していって。
 その後ろ姿を見ながら軽く落ち込む。
(目つき悪いと特することもあるもんだな……ふぅ)
「あの、大丈夫ですか、国崎さん」
「ああ。そのときはそのときだと言ったろう。神岸には本当に済まないと思うが」
「いえ、国崎さんも私も無事ですし、なんとかなってよか」


 本当になんともならない事態はすぐそこまで迫っていたことに、二人は当然、今の今まで気付かない。
 一つの銃声が森の中に響く。
 慌てて外を向く二人が見たものは、暗くて確かなことはわからないが、
 遠く遠くで月島拓也が倒れる姿だった。
「まだだれかそこにいるんでしょ? ああ、いいよでてこなくても。今から僕がそっちに行くから」
 大きくもない。けれど静かに通る少年の声。それはその名の通り『少年』の声だということを二人はまだ知らない。
(これは、まずい!)
「いいかよく聞け神岸!」
 往人はあかりの肩を掴む。少しだけ痛かったが、その位には事態が切迫していることはあかりにもわかる。
「俺達は今、あいつ以外に外に聞こえるような大声を出していない。俺だけが出て行けば、もしかしたら相手はお前がいることに気付かないかもしれない」
「国崎さん、まさか」
「いいか、状況を見て逃げられるようならどこでもいい、急いで逃げろ。無理そうならここに隠れていろ、いいな!」
「そんな、自分が囮になるなんて、駄目です!」
 上がりそうな声を必死に抑えて、小声で叫ぶ。
「大丈夫」
 俺がなんとかしてやる、と。
 武器一つ持たない往人は、ぎりぎりの笑顔でそう言った。


 往人は一人、訪問者を出迎えた。
 できるだけあかりから距離を開けるように。限界まで周囲に気を張り詰める。
 それでも、向こうが遠距離射撃をしてきたらおしまいだが。
 そんな心配を払拭するかのように、一人の少年が現れる。
 まるで鏡を見ているようだと往人は思う。自分をそのまま小さくしたかのような『少年』だった。
 少年が少しだけ驚いたような声を出す。
「へぇ、わざわざ出てきてくれたんだ。ありがとう。それとも、出てこざるを得ない状況でもあったのかな」
 気付かれてるのかと往人は内心毒付く。それでも持てる限りの平常心で、なんとか外面だけは冷静を装うことができた。
「能書きはどうでもいい。どうしてお前が殺し合いに乗ってるのかもどうでもいい。俺はしたくて人殺しをするわけじゃないが、生き残るためにはここを切り抜けるしかないだろうからな」
 目を細める。
「はじめるぞ」
「まあまあ、そうは言ってもお兄さん丸腰でしょ」
 嫌になるくらい無邪気な笑みを浮かべた少年は、何かを往人に向かって放り投げた。
 それは少年の持ち物。ずしりと重いそれは、グロック19。
「何の真似だ」
「予備弾丸まではサービスしてあげないけどね。堂々と姿を現したことに対する敬意だと思っていいよ。大丈夫、暴発するような罠とかないから。どっちにしろ僕は負けるつもりないしね」
「なめやがって。後悔するぞ、糞ガキ」
「させてみてよ、お兄さん」




少年
【所持品1:強化プラスチックの大盾(機動隊仕様)、注射器(H173)×19、MG3(残り16発)】
【所持品2:支給品一式、レーション3つ、グロック予備弾丸12発。】
【状況:往人との1vs1に限り逃げるつもりがない】

国崎往人
【所持品1:トカレフTT30の弾倉(×2)ラーメンセット(レトルト)、グロック19(15/15)】
【所持品2:化粧品ポーチ 支給品一式(食料のみ二人分)】
【状況:少年との1vs1に限り逃げるつもりがない】

神岸あかり
【所持品:支給品一式】
【状況:応急処置あり】

月島拓也
【死亡】


【場所:f-06】
【時間:二日目午前二時】
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