量れない天秤




祐一と芽衣の後に少し遅れて追いついた環は、呆然としながら立ち尽くしていた。
泣きながら英二にすがりつき「ごめんなさい」と繰り返す芽衣。
困ったように芽衣を抱きかかえる英二。
そして血を流しながら倒れている女性の姿。
銃声と目の前の光景とで、何が起きたのかは簡単に想像がついた。
だが気付けばコルトガバメントを英二に向かって構えていた。
「――やめろよ」
制したのは、苦虫を潰したように顔をしかめながらも気絶している弥生をかつごうとしている祐一だった。
思わず環は祐一を振り返るも、祐一はそれ以上何も言わず弥生を抱え消防署の中へと入って行った。
その間も英二はただただ芽衣の頭をなで続けながら「ごめん」と謝り続ける。
環の視線に気付き、英二は愁いを帯びた表情で「説明は後でするよ」と、芽衣を連れて祐一に続いていった。

消防署のとある一室に弥生を運び込み傷の手当てを終えると、再び環は英二に向かい合っていた。
「説明してもらえますよね?」
その口調は先ほどまでとはうって変わってどこかトゲトゲしい。
「英二さんの知り合いが殺し合いに参加しちまった。だから撃った。それだけさ」
環の問いにすぐさま答えたのは祐一だった。
「それだけって!」
だがその答えがあまりにもありていすぎて、納得の仕様も無く環の声は荒くなっていた。
「知り合いだからこそ、撃つ以外に方法はあったんではなくて?」
「それが出来なかったから撃ったんだろ」
どこか投げやりな言葉、一方で語る瞳は真剣な祐一に環は思わずたじろいでしまう。
「そういやあんたにゃまだ言ってなかったな、俺人を殺してるんだ」
「!?」
「自分や観鈴を守るためだった。言い訳にしかならないけどな。
 だから英二さんの気持ちはわかるんだよ」
環は言葉を捜しながらも、返す言葉が見つからずに口ごもっていた。
「もう一つ言えば、向こうに寝てた女の子。あいつも人を殺してる。
 詳しい事情まではよくわからないが知り合いのようだった。
 ずっとそれ以来泣いてて、そして疲れて今は眠ってるよ」

環は何も言えずにいた。
よほど今までと違う日常。それを経験してきた祐一たちに自分が簡単にかけれる言葉が浮かばなかった。
「仮に…だ、想像なんかしたく無いけれどあんたの知り合いが乗っていたらどうする?
 説得しても聞いてくれない。……俺も最悪の場合は撃つと思う」
「私……」
目の周りを真っ赤に腫らし俯きながら英二に寄り添っていた芽衣が、戸惑うように顔を上げ小さく口を開いた。
「頭が真っ白になって、英二さんが殺し合いに乗っちゃったんじゃないかって思って
 何も考えられなくて涙が止まらなかったんです。
 でも相沢さんが言ってくれました、『君を守る為に撃ったんだろう』って」
そこまで言って芽衣がこらえきれずにまた大粒の涙を流していた。
なだめるように英二が芽衣を抱きしると、今までずっと黙っていた観鈴が真剣な顔でその後に続いた。
「……さっきも言いましたけど、環さんを襲った人って私のお母さんかもしれないんです」
忘れられていた事実に、場の空気が一瞬で固まった。
だが観鈴は気にも止めずに言った。
「本当にお母さんかわからないけれど……そうだったとして、何か理由があるのかもしれないけれど……
 もしも本当にそうなら私が止めなくちゃいけない事なんです。だから……」
考えていることをうまく言葉に表現出来ないのか、観鈴の言葉はそこで止まってしまう。
察したかのように祐一が口を開く。
「元々の友達とここで出来た仲間。天秤になんてかけれねーよ。
 だからこそ間違ってるほうを止めるしかないじゃねーか」
「……そうね」
考えたくも無い話だった。
自分の大事な人間が殺し合いに参加しているなんて想像なんか出来ない。
でも目の前にいる彼らはそんなありえない事を経験してしまった。
その想いは自分の知るところでは無いだろう。
自分だったらどうするか。
例えが殺し合いでなくてもいい、何か間違ったことをしていたら。
考えるまでも無い、引っぱたいてでも止めるだろう。
「……なんだか美味しい所みんな少年に持っていかれた気がするな」
環の難しい顔を見て英二が茶化しながら言った。

それが空元気なのは手に取るようにわかった。
自身の知り合いを、自分達を守る為に手にかけた。
やり場の無い感情で一杯だろうに、それを隠そうとしながら場を和ませようと明るく振舞っている。
英二の言葉に、先ほどの振る舞いを懺悔するかのように環は笑った。
それに釣られるように皆の中に笑顔がこぼれた。

そうした出来事ののち、祐一と観鈴は隣の部屋の杏の様子が気になると部屋を出て行った。
残されたのは英二と芽衣と環と、あくまでの応急手当を終えてベットに横になる弥生の姿。
「この方どうなさるおつもりです?」
環はチラリと弥生を伺い見ると英二に尋ねていた。
怪我人にすることでは無いとも思ったが、全員の安全のため弥生の両手両足はロープでしっかりとベットに縛り付けられている。
「どうしたもんかね……あぁ、僕に敬語は要らないよ。なんか擽ったくってね」
ただ英二は小さく笑って返したのにたいし、環も少しはにかんで言った。
「それじゃ質問を変えて……これからどうするつもりです?」
「いくつか考えはあるけれども、どれが正しいのかなんて答えが出せないからね。
 今すぐに出るにしても、少し休んで出るにしても、明るくなるのを待つにしても危険は何も変わらない。
 逆に聞けば君はどうするつもりだい?」
「同じ考えですが、どうせ変わらない危険なら今すぐにでもここを発とうと思っています。
 やっぱりみんなの安否が気になりますので」
「ふむ……」
英二は腕を組むとなにやら考え込むように目を瞑る。
椅子に座ったままコクリと居眠りをする芽衣を見て、環が告げた。
「芽衣ちゃんですか?」
「そうだね……」
英二は目を開くと芽衣の頭をそっとなでながら言った。
「少しでも早くお兄さんに会わせてやりたいって気持ちは変わらない。でも危険な目にもあわせたくないって言うのが本音だ。
 仮初でも安全を取るならば、朝までここにいたほうがいいのかもしれない。
 だが、それで朝の放送で名前を呼ばれるなんてことになったらそれを選択した自分が許せないと思う。
 結局決めかねてそれでここにずっといる始末だよ、情け無い話だ」
「英二さん……」

芽衣がその言葉に反応するように起きると、瞼を擦りながらも英二に告げた。
「私のことは気にしないで、英二さんのしたいようにしてくれていいです」
「芽衣ちゃん?」
「考えてしまうんです。もし英二さんと出会っていなかったら……私は殺されていたのかもしれないけれど
 由綺さんや理奈さんは死ななくてもすんだんじゃないかって」
「……そんな事言うもんじゃないよ」
二人のことを思い出しているのか、言う英二のその顔は物悲しげで……。
だが芽衣を映すその瞳には後悔の念など思わせない強さが感じられた。
「でも!」
「結果がどうあれ、僕は君と出会ったことを後悔なんかしていない。
 二人には……天国に行った時にでも謝っとくさ」
「だったら!」
芽衣は震えながら叫んでいた。
その剣幕に自分自身が動揺し、ゆっくりと呼吸を整える。
「……だったら私のことは気にしないで、英二さんが一番良いって思えることをして欲しいです。
 危険だからとか子供だからとか、そんな事でみんなの足枷になんかなりたくない!」
その必死な訴えに英二も環も息を呑み、そして二人は顔を向け合うとゆっくりと頷いた。
「……環くん、出発するのは少し待ってもらえるかな? 僕らももう少し休憩を取ったらここを発とうと思う。
 君さえ良ければ一緒に行動しないか?」
「ええ、私もそう言おうと思っていました」

貴明のことも、雄二のことも、このみのことも心配だった。
だがこの場にいる芽衣は勿論、英二や祐一、観鈴の事だって最早知らない他人だとまで言えなかった。
――元々の友達とここで出来た仲間。天秤になんてかけれねーよ。
環の頭の中に先ほどの祐一の言葉が思い出される。
その通りだなと祐一の顔を反芻しながら笑みをこぼし、環はしばしの休息を取るのだった。




向坂環
【所持品:コルトガバメント(残弾数:残り20)・支給品一式】
【状態:健康、しばしの休息の後移動予定】
緒方英二
【持ち物:ベレッタM92(予備の弾丸や支給品一式は消防署内)】
【状態:健康、しばしの休息の後移動予定】
春原芽衣
【持ち物:なし(持ち物は全て消防署内に)】
【状態:健康、しばしの休息の後移動予定】
相沢祐一
【持ち物:なし】
【状態:386話に続く】
神尾観鈴
【持ち物:フラッシュメモリ、支給品一式】
【状態:386話に続く】
篠塚弥生
【持ち物:なし】
【状態:手当て済だが怪我の度合いは後続任せ、両手足は拘束されてます】

共通
【時間:1日目20:30】
【場所:C-05鎌石村消防署】
【備考1:以下の弥生の持ち物はバックの中に入れられて消防署内に置かれてます、誰に何が渡ったとかは後続任せ】
【備考2:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(15/15)・ワルサーP5(8/8)】
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