水を持って戻ってきた三人を迎えたのは、刀を片手に凛と立ち、こちらをじっと見つめる川澄舞の姿だった。 お前たちか、と呟き力を抜くその姿に、一早く異変を察知したのは耕一だった。 「おい、川澄。俺達が留守の間に何かあったな」 「ああ。ゲームに乗った奴からの攻撃を受けた。チエは今は倒れているが、これといった怪我もないし大丈夫だと思う」 答える声からは疲労の色が隠せない。襲撃から今の今までずっと神経を張り詰めさせていたことがよくわかる。 「ごめん、川澄さん、大事なときに外してて」 タイミングの悪さを嘆く住井に、問題ないと舞は答える。 「水を汲んでくるのも大事な仕事。そっちが襲われる可能性もあった。結局運の問題。気にしなくていい」 「そう言ってもらえると助かるけど、なあ」 「でも流石に少し疲れた」 すとんと椅子に腰を落とす。 「正直甘く見ていた。相手は完全にこっちを殺すつもりで襲ってきた。見通しの悪い夜に例えば銃を持った奴から襲撃されるリスクを考えると、朝になるまではここにいた方が安全」 「だが川澄、こうしてじっとしている間にも俺達の探している人が襲われていたら」 「だけど」 焦る耕一をあくまで諭すように舞は続ける。 「皆がどこにいるかわからない以上、無闇に歩き回っても仕方がないと思う」 迷路に閉じ込められた二人の話を住井は思い出していた。 二人とも歩き回るのと、一人はそこでじっとしているのどちらが出会える確率は高いのかという命題だ。確か二人の初期位置と迷路の大きさによって答えが決まったのではなかったかと思うが、だからといって今回はどうすればいいのかはわからない。 誰もが次の行動に移れないまま、時間だけが過ぎていった。 そして、新たに扉の前に現れた気配に最初に気付いたのは耕一だった。 「誰かいるな……」 刀を構えて立ち上がる舞を、お前は休んでいろ、と制し、気配を殺しドアの近くへ移動する。 扉の向こうの気配は動かない。こちらの存在が気取られているのだろうかと、緊張の汗が一筋走る。 もしもこの訪問者がゲームに乗った人間だったら、自分は皆を守るために戦うだろう。 それまではいい。だがその先に、この相手を殺す覚悟が自分にあるのかと問われたら自信はない。 その躊躇い一つで、もしかすると守れたはずの命が失われるのではないかと。 そんなザマで、本当に守りたい家族を守りきれるのかと。 覚悟を決める時間が欲しかった。だから何も言わずに気配が去ってくれればいいと耕一は願う。 結局のところその願いは果たされず、しかし当面の危機は去ったことがわかる。 「誰か、いるのか」 ドア越しに聞こえたその声は、まさに耕一が待ち望んだ家族の声だった。 「梓か!」 警戒の一つもせず、扉を開け放つ。 一呼吸だけの間を置いて、泣き顔の梓が耕一の胸に飛び込んできた。 梓が落ち着いてから耕一に語ったのは二つのこと。 楓が死んだこと。そして、千鶴の凶行だ。 「……川澄。お前たちを襲った奴の特徴、聞いてなかったな」 嫌な話だが、ゲームに乗った人間は他にもいるだろう。別人であればいい。 だが、現実は時に、嫌になるような偶然を見せつける。 「黒髪で長身の綺麗な女だった。あと、馬鹿力」 「そう、か」 「耕一の、探してる人?」 志保の恐る恐るの問いかけに、耕一は力なく頷く。 「多分、そうだ。千鶴さんは本当はそんな人なんじゃない。ただ、家族を守りたいがために、他のことが目に入らなくなってるだけなんだ。そういうとこ昔から視野が狭いんだ。一人でなんでも抱え込んで」 「それで殺されそうになったこっちはいい迷惑」 舞の台詞に梓は言い返そうとしたが、一理あるだけに何を言い返せばいいのかもわからない。 「だけど、私も佐祐理が目の前で殺されそうになったら、何をするかわからないから。同じ」 ともあれこれで、今どうするべきか、耕一にははっきりとわかった。 だからここで、お別れだった。 自分の荷物を持ち、立ち上がる。皆に告げる。 「悪いが、俺と梓はもう行くよ。千鶴さんがそんなことになってるなら、俺は千鶴さんを止めなくちゃいけない」 はっ、と梓が耕一を見上げる。そんな梓を呆れたように見返し、言った。 「おいおい、当たり前だろ。千鶴さんを助けてあげられるのは、家族である俺達しかいないじゃないか」 「そうか……うん、そうだね。千鶴姉も初音も、まだきっと間に合うよね」 「ちょっと、じゃああたしも」 立ち上がろうとする志保を耕一は止める。 「悪いが、これは俺達家族の、鬼の一族の血の問題なんだ。皆が関わるような話じゃないんだよ」 「そんな……」 「ありがとうな。その気持ちだけで充分だから」 「耕一」 舞が静かに口を開く。 「もう止めない。だけど一つだけ約束して」 「何だ?」 「死ぬな」 「……ああ、皆も。生きてまた」 藤田浩之と倉田佐祐理は生きている。 藤田浩之は随分前の話だが、倉田佐祐理は最近見かけた。柳川という強い奴と一緒だったから、多分安心だ。 それだけ告げて、耕一と梓は夜闇へと飛び出した。 「梓、柳川と一緒だったら安全だってのはどういうことだ?」 「あいつ、人を助けて、人に信頼されて、主催者を倒すとか言ってたらしいんだよ。はは、信じられるかい?」 はぁ? と耕一はつい叫ぶ。それは一体誰のことだ。 「信じられないだろ。全く。どうしちまったんだか。あいつには敵わないな。だけどさ、あいつは楓を救えなかったらしいんだよ。救えなかった自分を責めてた。耕一、もしあいつに会ったら、どうするんだい?」 「そうだな……」 走りながら考える。 だが本当は考えるまでもなく決まっていた。 あいつがもし本当にそんな一面を持っていて、誰かのために立ち上がることができたなら。 楓を救えなかったことは、許せないかもしれないけれど。 「一発ぶん殴って、おしまいにしてやるよ」 あいつだって、少し何かが違っただけで、俺達の家族の一員だったはずなんだからと、 声に出さずに耕一は呟いた。 二日目が始まる。 柏木耕一 【場所:G3を出たところ】 【所持品:大きなハンマー・支給品一式】 【状態:初音の保護、千鶴を止める】 柏木梓 【場所:G3を出たところ】 【持ち物:特殊警棒、支給品一式】 【状態:初音の保護、千鶴を止める】 川澄舞 【場所:G3】 【所持品:日本刀・支給品一式】 【状態:今のところ朝が来るまで待機】 吉岡チエ 【場所:G3】 【所持品:支給品一式】 【状態:気絶】 住井護 【場所:G3】 【所持品:投げナイフ(残:2本)・支給品一式】 【状態:今のところ朝が来るまで待機】 長岡志保 【場所:G3】 【所持品:投げナイフ(残:2本)・新聞紙・支給品一式)】 【状態:今のところ朝が来るまで待機】 【時間:二日目午前零時】 - BACK