ハンター×ハンター in Bloody LOVE




「―――始めるよ、セリオ」

言葉と同時に、綾香が地を蹴る。
フォワードは綾香。バックアップがセリオ。
NBSによって可能となった、齟齬なき多重攻撃。

「……ふぅん」

対する初音は、綾香の突進にも笑みを崩さない。
大気を割り裂いて迫る綾香の拳を、右腕一本で受け止める。
か細かったその右腕は、いまやどす黒く変色し、人間のそれとは明らかに違った
組成の筋肉によって膨れ上がっていた。

一方、拳をガードされた綾香にも驚きはない。
間髪いれず、右後方に展開したセリオの火器が射撃を開始する。
初撃が止められることは元より織り込み済みとでもいう様子であった。
同時に綾香はバックステップ。セリオの射角を確保する。

迫る火線に初音が動く。
下がった綾香に対して長く伸びた右手の爪を裏拳気味に一閃。
勢いを利用して身を翻し、セリオの射線から退いた。
足元への着弾を気にも留めていない。

「……銃、ね。わたし、撃たれるのには慣れてるんだ」

飛び退きながら、どこか楽しげに口を開く初音。
その眼前には、既に綾香が距離を詰めている。
顔面に迫る、特殊合金で固められた足先を軽くスウェーしてかわす初音。
波打つ髪が、巻き起こされた突風になびく。

「毎日毎日、通学路で急に撃たれたりしてたからね。
 ……梓お姉ちゃんがみんな殺しちゃってたけど。
 わたしは許してあげて、って言ったんだよ?」

やりすごした右足の後ろから、更に加速を増した左足が飛び出してくる。
機械仕掛けによってサポートされた、神速の後ろ回し蹴り。
身を屈めて回避した初音が、そのまま綾香の胴を取りに行く。
伸ばされた腕は、しかし瞬時に引き戻された。
一瞬遅く、綾香と初音の間に存在する僅かな空間をセリオの銃弾が通過する。
引いた腕ごと飛び退く初音。
その頭上から落とされようとしていた綾香の踵が、空しく宙を切り裂いた。

「おかげですっかり勘が鋭くなっちゃった。
 ……誰だか知らないけど、感謝しなくちゃね?」

にこりと笑うや、初音の身体が横っ飛びに跳ねる。
左右に小刻みなステップを踏みながら狙うのは、正面の綾香ではなく、
左側面に展開しているセリオ。
不規則な初音の動きに、セリオは射線を絞りきれない。

「―――さっきから邪魔だよ、人形のお姉ちゃん」

弾幕を縫うように初音が迫る。
セリオはそのままで充分な凶器となりうる鋼鉄の四肢を構え、格闘戦に移行する。
肉薄しつつある初音に対し、自ら踏み込んで距離を詰めるセリオ。
大きく右の爪を振りかぶった初音の小さな身体、その背に上から叩き下ろすように
固めた拳を落とす。初音の爪は身を捩ったセリオの脇腹を軽く裂くのみ。
無防備な背に文字通りの鉄槌が下るかと見えたその瞬間、初音の黒く太い右腕が
セリオの胸をしたたかに打ちつけていた。
爪での一撃をはずしたと見るや、踏み込んだ左足を軸足として、初音が強引に
突進の軌道を変えたのである。

バックブロー気味に叩き込まれた鬼の腕の一撃に、セリオの動きが止まる。
しかし強引な挙動で体勢を崩した初音もまた、セリオに対するニ撃目が遅れた。
その一瞬で、綾香が距離を詰めている。
仰向け気味に流れた初音の視界半分を覆うように、綾香の左踵が打ち下ろされた。
直撃。

鼻面に踵を落とされた初音が、後頭部から地面に叩きつけられる。
間を置かずに落とされるストンピングを、真横に転がってかわす初音。
そのまま勢いを殺さずに腕の力だけで跳ね起きる。

「……痛いなあ、鼻血が出ちゃったよ……」

真紅の瞳を煌かせながら、初音が左手で血を拭う。
常人の頭蓋骨ならば粉砕する一撃も、鬼の体にとってはさしたる痛撃ではないとでも
言いたげに、初音の表情から微笑みは消えない。

「そうかい……じゃ、死ぬまで殴ってやるまでさ……!」

言いながら、綾香は既に飛んでいる。
セリオもまた、一時の機能障害から回復して火器を展開していた。

「懲りないなあ……来栖川は死ななきゃ治らない、って千鶴お姉ちゃんが言ってたよ」

受ける初音も足を止めることはない。
アウトレンジから繰り出される綾香の右脚をダッキングして回避するや、
軸足を狙って右手の爪を繰り出す。
しかし同時に、初音の狙いを果たさせまいと横合いからの火線が襲う。

「……っ!」

先刻と同様のパターンに、初音が思わず舌打ちする。
バックステップして難を逃れようとする初音。

しかし、

「―――!?」

飛び退いた先に、セリオの脚が待っていた。
鞭のようにしなるその蹴りを、初音は人の形を保ったままの左手で受ける。
一瞬だけ動きの止まった初音の身体に、衝撃が走った。
即座に距離を詰めていた綾香の右正拳が、初音の腹部にめり込んでいた。
軽量ゆえに吹き飛ぼうとする初音の身体を、セリオの蹴り足が許さない。
右の拳が引かれるや、左の正拳が叩き込まれる。
ラッシュ。
瞬時に五、六発もの打撃が入り、ようやく初音の身体が慣性に従うことを許される。
吹き飛んだ先に撃ち込まれた追撃の銃弾は、しかし初音の身体を捉えることはない。

「……く……痛ぅ……」

大きく跳んだその先で、腹を庇うように立つ初音。
肩で息をするその表情には、しかしまだ笑みが残っていた。
その真紅の瞳を見据えて、綾香が口を開く。

「身体能力だけで勝てると思った……?
 あんま人間様をナメんじゃないよ、鬼っ子」

その嘲るような声に、初音が答える。

「ふふ……綾香お姉ちゃんこそ、全力でこの程度……?
 やっぱり可哀想だね、人間は」
「言うわりにはキツそうだけど……? 脳味噌の詰まってない石頭と、
 薄ッ気味悪い化け物の腕以外は案外脆そうじゃない、牝鬼」

絡み合う視線は、互いに向けられた殺意そのものだった。

「参ったなあ……」

困ったように呟く初音。

「綾香お姉ちゃんを殺すくらいなら、『これ』で充分だと思ったんだけど」
「……『これ』で?」

怪訝そうに聞き返す綾香の目の前で、初音の表情から微笑が消えた。
柔和な弧を描いていた真紅の瞳が、温度を失っていく。

「……綾香お姉ちゃんが悪いんだよ。わたし、ちゃんと苦しまないように
 殺してあげようと思ってたんだから」
「何を、言ってる……?」
「もう、楽には死ねないってことだよ。……さよなら、お姉ちゃん」

その言葉が、終わるか終わらないかの一瞬。
綾香の背に、言い知れぬ悪寒が走った。

「……避けろ、セリオ……ッ!」

叫んで、跳ぶ綾香。
初音の姿は、既にセリオの眼前にあった。

「―――遅いよ」

右手、一閃。
身を捻ったセリオの、右肩に載ったマルチの頭部が、真っ二つに割り裂かれていた。
エラー信号の嵐に膝を突くセリオ。
その首筋に、旋風の如く迫る、もう一対の爪。
高音が響き渡った。

「……へえ」

驚いたような声は初音。

「その鎧……結構、硬いんだね」
「……く……ッ!」

文字通りの間一髪で初音の追撃を受け止めていたのは、十字に組まれた綾香の腕。
セリオの首を落とさんとする斬撃を止めた特殊合金製のKPS−U1改にはしかし、
大きな亀裂が走っていた。

「……鬼が……その、左手……!」

綾香の鼻先にある初音の左腕は、夜の闇に溶け込むように黒ずんでいる。
指先からは、瞳と同じ真紅の爪が長く伸びていた。
白くたおやかだったその面影は、最早どこにも残っていない。

「あはは、やだなあ……鬼の力が片手でしか使えないなんて、誰が言ったの?」

初音の瞳が、真紅を通り越して赤黒く染まり始める。
吐息が荒い。

「ただ……両手を使うと、ちょっと自分が……押さえられなくなっちゃうから、
 普段は使わない、だけ、だよ……!」

言いながら、力を込める初音。
綾香の腕に装着されたKPS−U1改の亀裂が、大きくなる。

「くっ……だいぶ、化け物らしくなってきたじゃない……!」
「言わないでよ……恥ずかしい、なあ……!」

せめぎ合う、銀と黒の腕。
荒い呼吸の中、初音が白く小さな牙をむく。

「ねえ、その鎧……硬いけど、……これなら、どうかな……!?」
「……ッ!」

初音の右腕が綾香に向かって突き込まれるのと、綾香の背後で
機能を回復したセリオの右足が初音を襲ったのは、ほぼ同時。

「……くぁ……っ!」

硬質な音が、響く。
二本一対の斬撃に耐えかねたKPS−U1改の右腕パーツが、砕け散っていた。
セリオの蹴りがあと一瞬でも遅ければ、その腕ごと切り落とされていたかもしれない。
初音の爪は、綾香の皮一枚を浅く切り裂くに留まっていた。

飛び退いた初音が、地を蹴って再び迫る。
その速度は、

(さっきまでとは、桁が違う……!)

一瞬で綾香に肉薄した初音の右の爪が、大きく横に薙がれる。
その切っ先をかろうじて避けた綾香の逆袈裟を狙うように、左の爪が疾る。
全力でスウェー。前髪が数本、鬼の爪に切り裂かれて風に舞う。

「あっはははは! これが本当の鬼の力だよ、綾香お姉ちゃん!」

防戦に回る綾香に、初音が執拗に爪を突き込んでいく。
流れるように襲い来る初音の爪を間一髪で受け流しながら、綾香は状況を分析する。
攻勢に回れない。KPS−U1改の防護を失った素の右腕を下手に使えず、速度を増した
斬撃への対処に手を焼いているということもあるが、何よりもサポートに回るはずの
セリオの動きが悪い。

アッパー気味にせり上がってくる初音の左手を身を捩って回避しながら、綾香は歯噛みする。
今の瞬間に一斉射を叩き込めていれば距離を取れたものが、彼我の体勢の変更に対処しつつ
最適な狙撃ポイントを算出するまでに時間がかかりすぎている。
結果、流れた初音の左側面に一撃を加えることも叶わず、綾香は途切れることなく襲い来る
右の爪への回避を優先せざるを得ない。
マルチの演算機能の損傷によるダメージは、予想外に深刻らしかった。
鋭さを増す斬撃の主は、システムの回復にかけられるだけの時間を与えてくれそうにはない。
退がり続ける綾香。
数瞬ずれたタイミングで銃弾が発射されるが、初音は既に余裕を持って着弾点から跳躍している。

「……バカ、そっちじゃない……!」

綾香が叫んだ時には遅い。
乱れた射線を悠々と潜り抜け、一瞬にしてセリオの眼前に初音が迫っていた。
一撃。

「―――!?」

回避は不可能と判断。最後の一瞬、セリオは自ら半歩を踏み込む。
打撃点を逸らすことで、爪による一閃をかろうじて避けるセリオ。
しかし胴を薙ぐように振り回された鬼の腕の一撃は、その身を吹き飛ばしていた。
綾香はブラックアウトするNBSのシンクロを切断。
バックステップで初音との距離を取る。

「……どうしたの綾香お姉ちゃん、もしかして機械の助けがあれば勝てると思った?
 あんまりエルクゥを甘く見ないでほしいな、人間のくせに」
「はん……行儀の悪い爪が増えたくらいで、鬼畜生が偉そうに……!」

先刻までとは、まるで状況が逆転していた。
腕から一筋の血を流しながら、大きく肩で息をする綾香。
対する初音は、呼吸こそ荒いものの無傷である。鼻からの出血は既に止まっていた。

「……そういえば綾香お姉ちゃん、何か見せてくれるんじゃなかったの?
 なんだか知らないけど、なるべく早くしてくれないかな。
 せっかく楽しみにしてたのに、このままじゃすぐ殺しちゃうよ」

黒い右手を目の前に掲げながら、微笑みもなく言い放つ初音。

「……参った、ねえ」

呟いたのは、綾香だった。
どこか自嘲的な呟きに、初音は眉を寄せる。

「お前如き殺すのに、あの力は必要ないかと思ったけど……やっぱりダメか。
 腐っても鬼ってのが、よくわかったよ」
「……へぇ」

荒い呼吸の中、綾香の表情が変わった。
口の端を上げて、哂ってみせたのである。

「お望み通り、見せてやる……。
 余裕かましたことを後悔して死んどけ、鬼っ子―――」

言って、いまやKPS−U1改に包まれていない、その素肌を晒す右腕を
だらりと下げる綾香。
綾香の白い腕、その傷口から手先を伝って一筋の血が零れ落ちる。
それが合図だった。
両の手には真紅の爪。絶対の死を提げて、初音が疾る。

「すぐ殺しちゃうって……言ったよね!」

交差は一瞬。

死が駆け抜け、鮮血が、飛び散った。

「――――――」

噴き出す血潮が、少女の身体を染め上げていた。
凍りついたように張り詰めた時間が、ゆっくりと動き出す。

「……なん、で……?」

柏木初音の、鬼の腕。
その黒い右腕が、肩口から失われていた。
迸る血潮に、初音は戸惑ったような目を向ける。
痛みは、遅れてやってきた。

「……ぐ、……ぁぁぁぁぁぁ―――ッ!」

想像を絶する激痛に、膝から崩れ落ちる初音。
傷口を押さえる左手の隙間から零れる鮮血は、勢いを衰えさせる様子もない。
そんな初音を静かに見下ろしていたのは、対峙していた少女、綾香だった。

「……痛いか、鬼」

見上げる初音。
激痛の中でその真紅の瞳が捉えたのは、俄かには信じ難い光景だった。

「……が、っふ……ぁ、その、腕……、どう、して……」

初音の目に映った、来栖川綾香の姿。
その右腕は、黒く染まっていた。硬質化した、黒い皮膚組織。
奇怪に盛り上がった、異形の筋肉。
そして、禍々しくも美しく伸びた、真紅の爪。
それは正しく、

「……エルクゥの、お前ら鬼の腕、さ」

初音は己の目を、耳を疑った。
眼前に立つ少女が何を言っているのか、理解できずにいた。

「これが、私の得た力―――ラーニング。確かにいただいたよ、その力」

エルクゥの、鬼の力を模倣したとでも、いうのか。
あり得ない。考えられない。
しかし現にこうして自らの腕は落ち、溢れる血潮は止まらない。
そして来栖川綾香の手指に伸びる爪からは、雫となって血が零れている。
鬼の腕を斬り落とす、速さと膂力。
絶望が、初音の精神を覆い尽くそうとしていた。

「じゃあな。……そろそろ地獄に帰れよ、鬼」

言葉と共に、綾香の爪が翳される。
正に振り下ろされんとする、その刹那。

「……くぅぁ……っ……!?」

腕の激痛を凌駕するような、鋭い痛みが初音の頭蓋を揺さぶった。
脳髄を掻き乱し、頭蓋骨の内側に反響してまたあらゆる神経を徒に刺激する、
それは圧倒的なノイズ。
見れば、綾香もまた端正な顔を歪めて自らの頭を押さえている。

ノイズに満たされた空間に、ゆらりと蠢く影があった。
その姿を見た初音が、苦しげな吐息の中で呟く。

「……ゆう、すけ……おにい、ちゃん……?」

いつからそこにいたのか。
狂った犬の如く四つん這いで歩き回っていた彼を、この場の誰一人として
気に留めていなかった少年、長瀬祐介が、そこに立っていた。
ゆらりゆらりと揺れるその身体。焦点の合わない瞳。
一見して正気を疑われる風情のその少年は、しかし何事かを呟いている。
次第に大きくなるその声は、やがて絶叫へと変わる。

「は……つね……初、音……、初音ちゃん……。
 初音ちゃん、を……初音ちゃんを、初音ちゃんを苛めるなぁぁっ―――!!」

目を血走らせ、叫ぶ祐介。
その声に同調するように、ノイズがその出力を増す。

「……がっ……ぁぁ……!」
「くぅ……お、おにい……ちゃん……やめ……」

隙間なく大気を埋め尽くした雑音を全身で強制的に聴かされているような、
壮絶な嘔吐感。
空間を塗り潰し、その場の全員を悶死させるかと思わせたそれは、
だが唐突に消え去った。

「……はぁ……っ、は……っ、……?」

祐介が、絶叫を止めていた。
そのどろりと充血した瞳は、目の前に立つ影をねめつけていた。

「……姉、さん……?」

今度の呟きは、綾香の口から漏れていた。
長瀬祐介の前に立つ、闇に溶けるようなその影は、離れた場所に隠れていたはずの
来栖川芹香だった。無言で対峙する二人。
密やかに、しかし昏く激しい人外の攻防が始まろうとしていた。


そんな二人の様子をどう見たか、初音はゆらりと立ち上がると口を開く。
真紅の瞳は、眼前に立つ綾香に真っ直ぐ向けられていた。

「……助っ人は助っ人同士、ってことみたい、だね……」

綾香もまた、初音の瞳を見据えて答える。

「……お前を片付けて、ゆっくり応援に回るさ」

その言葉に、にやりと口の端を歪めてみせる初音。
押さえた右腕の切断面からは、いまだに鮮血が流れ出している。

「……この傷じゃ、もうそんなに、もたない、かな。
 その……力のこと、千鶴お姉ちゃんたちに、伝えたかった、けど」
「そりゃ残念だったな。私が伝えてやるから安心して地獄に帰れ」

す、と。
綾香が、真紅の爪を眼前に構える。

「……けど、ね」
「……」
「せめて、刺し違えてでも……お姉ちゃんは、止めてみせるよ」
「……はん」

傷口を押さえていた左手をゆっくりと下ろす初音。
真紅の爪が、貫手の形に揃えられていく。

「祐介お兄ちゃんのおかげで、痛みだけは、消えたみたい、だからね……。
 全開の……鬼の力、見せてあげられるよ……!」
「……そりゃ、楽しみだ……!」

同時に地を蹴る二人。
フェイントも、コンビネーションもなく。
ただ純粋に、速さと鋭さだけを己が武器と携えて、疾る。
生命活動のすべてを一撃へと昇華して、鬼が猛った。
声ならぬ声を上げて、二つの影が交錯する。

瞬間。
殺った、と初音は感じた。
紛れもなく、生涯最速、最高の一撃。
爪が、来栖川綾香の胸甲へと届くのを、コマ送りのように認識していた。
めり込み、引き裂き、貫く。

 ―――パージ。

それが、柏木初音がその生涯で最後に聞いた声だった。


着地。
来栖川綾香は、己が真紅の爪に付いた血を払うように、その黒い右腕を振るう。
背後で、どさりと音がした。少し遅れて、とす、と軽い音。
柏木初音の胴と、首が、それぞれ地面に落ちる音だった。

「……ドロー狙いの負け犬根性で、この私に勝てるかよ」

振り向きもせず、吐き棄てるように言いながら、身を屈めて何かを拾い集める綾香。
それは、泥に塗れながらも銀色に煌く、KPS−U1改のパーツだった。
交錯の瞬間、爆発的に除装されたそれを盾に、綾香は初音の首を刎ねていた。

「紙一重、か……」

胸元、心臓の直上を指先で撫でる綾香。

サポートギアに覆われているそこには、一筋の裂け目があった。
大きく息をつく綾香。

振り返れば、もう一つの戦いにも決着がつこうとしていた。




【23:00過ぎ】
【I−6】

【37 来栖川綾香】
【持ち物:パワードスーツKPS−U1改、各種重火器、こんなこともあろうかとバッグ】
【状態:右腕パワードスーツ全損、ラーニング(エルクゥ)】

【60 セリオ】【持ち物:なし】【状態:ブラックアウト】
【9 イルファ】【状態:スリープ】

【98 マルチ】【状態:大破(死亡)】

【21 柏木初音】
【状態:死亡】

【38 来栖川芹香】
【持ち物:水晶玉、都合のいい支給品、うぐぅ、狐(首だけ)】
【状態:バトル中】
【持ち霊:うぐぅ、あうー、珊瑚&瑠璃、まーりゃん、みゅー、智代、澪、幸村、弥生、有紀寧】

【73 長瀬祐介】
【持ち物:コルト・パイソン(6/6) 残弾数(19/25)・支給品一式】
【状態:電波酔い、バトル中】
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