deadline walking




「……」
「何、よ。これ」
 小屋に戻った美佐枝と詩子を出迎えたのは、既に冷たくなった芹香の死体だけだった。
 荷物も何もかもそのままだ。愛佳だけが、どこにもいない。
 二人とも何も喋らない。
 詩子が想像できたのは、先程美佐枝との会話に出てきた『芹香』と『愛佳』のうちのどちらかがこの少女なのではないかということ。
 それと、恐らく美佐枝は今、
「何をやってたんだろうね、あたしは」
 突如発せられた声に体を震わせ、詩子は美佐枝を見る。美佐枝の瞳から涙が零れ落ちていることを知る。
「この子達は普通の女の子だったんだ。戦う力も覚悟も何もないはずの、ただの女の子だったのに」
 膝を折り、芹香の亡骸を抱え起こす。
「……思えば嫌な予感はしてたんだよ。それなのに、あたしは二人を置き去りにして、一体何をやってたんだろうね」
 それきり言葉もない。ただじっと顔を伏せ、嗚咽交じりの泣き声を続かせるだけ。
 どうすればいいのだろうと、詩子は思う。
 もしも自分なら、自分の判断ミスで、例えばここで倒れていたのが茜だったらどうだろうか。
 想像の限界を超えている。考えようとしただけで襲い掛かるたまらない冷気と暗闇が、それ以上の思考の連鎖を拒絶する。
 当然、そのとき自分がどうやって声をかけられたら少しでも救われるのか詩子にはわからなかった。

 もう少しだけ、ついさっきの出来事を思い返す。
 セリオを置き去りにして逃げたとき、美佐枝は何と声をかけてくれたのか。
(馬鹿、あんたを逃がすためにその子は足止め役を買ってでたんだろ。今あんたに何かあったらその子も報われないだろ……)
 あの時の詩子は確かに後悔をしていた。もちろん今もそれは続いている。
 それでもセリオの意志を無駄にしないために、ここまで歩いてこれたのだ。
 美佐枝を振り切ってセリオの元へ戻る選択も確かにあった。
 それはそれでヒューマニズムの賜物だが、果たしてセリオはそれを望んでいたのかというとそれは違うと思う。
 正解なんてきっとなかった。ただ、感情に流されてあそこで命を落とすより、美佐枝の言葉に従って、ここでこうして生きている方が、
 きっとセリオも喜んでくれると思う。
 死者のためにやるべきことというのは、きっとそういうことなのだ。
 ただ、詩子には、物言わぬ彼女がどんな人柄なのかわからない。
 わからないから、美佐枝が自分にしてくれたようには声をかけることができない。
 その場に立ち尽くすしかない自分が、もどかしかった。
 気付けば握り締めた拳が、じんと痛んだ。


「ごめんね。心配かけた」
 そう言ったのは、詩子の時間感覚では、まだそう経ってない頃のこと。
「生きているあたしには、まだできることは何かあるはずだ。だから、いつまでもこうしちゃいられない」
 鼻をすすり、袖で涙を思いっきりふき取った。
 詩子がそこで見て取ったのは、まだ幾つも後悔の残る、けれども確かに強い瞳だ。
 涙はもうそれっきり。
「本当は弔ってあげたいところだけど。ごめんね、芹香ちゃん」
 一度だけ手を合わせ、
「歩こうか、詩子ちゃん」
 詩子はうなずいた。
 ああ、強くて懸命に生きている人だと、詩子は思った。




相楽美佐枝
【持ち物:ウージー(残弾25)、予備マガジン×4、食料いくつか、火炎放射器、支給品(美佐枝、芹香)】
【状態:初期の目標引継ぎ、出きれば愛佳を探したい】

柚木詩子
【持ち物:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、包丁、支給品(詩子、愛佳)】
【状態:美佐枝に同行しつつ初期の目標引継ぎ】

小牧愛佳
【持ち物:なし】
【状態:次の書き手任意】

来栖川芹香
【死亡】

【場所:B-03(愛佳は行方不明)】
【時間:一日目午後十時半(愛佳は第一回放送後任意)】
【備考:美佐枝、詩子の両名はセリオの死亡は確認済みとする】
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