なぜベストを尽くさないのか




「この女……本気で寝てる……? 正気なの……?」

山田ミチルは驚愕していた。
死体かと思い、使える武器の類でも残ってはいないかと考えて近づいてみれば、
少女の学生服の胸元は微かに上下していた。

「この状況で、何の警戒もせずに寝てるなんて……」

途方もない心臓をしているのか、信じ難い愚か者なのか。
どちらでも構わなかった。

「ま、殺るってのは変わんないか……じゃあね、良い夢を」

言って、手のMG3を振り上げるミチル。
眠っている人間相手に無駄弾を使う必要はあるまい、との判断だった。
長い銃身が、無防備な少女の脳天を粉砕するべく振り下ろされる。

「……え?」

銃底が叩いたのは、浜辺に敷き詰められた砂だけだった。
少女の姿が、掻き消えていた。

「そんな……どこに、……がぁっ!?」

衝撃は真横から来た。
何が起こったのかわからないまま、ミチルは砂浜を吹き飛ばされる。
転がりながらも機関銃を手放さなかったあたりは彼女を褒めるべきだろう。

「く、そ……罠……?」

口の中に入り込んだ砂を、血と一緒に吐き出しながら顔を上げるミチル。

だが次の瞬間、ミチルは己の目を疑うことになる。

「か、カエル……!?」

ミチルの目に映った光景を一言で表現するならば、異様、だった。
そこに立っていたのは、果たして先ほどの少女だった。
ゆらゆらと揺れるその身は泥酔しているようにも見える。
だが、そんな少女の様子よりも先にミチルの目を奪ったのは、少女がその手に
持っているものだった。
少女の身の丈ほどもある、巨大なカエル。

「ぬいぐる、み……!? ど、どこから出したの……!」

ぶらぶらと振り回される巨大なぬいぐるみの虚ろな目が不気味だった。
悪寒を振り払うように、ミチルは手にした機関銃を腰だめに構える。

「……死ねっ!」

反動を必死に抑えながらの一斉射。
高速の弾丸が、目の前に立つ少女を引き裂く、はずだった。

「な……っ!」

またもや、少女が消えていた。
否。

「……くー……」

ぬいぐるみにつっぷして、寝ていた。

「……馬鹿にしてっ!」

怒鳴るミチル。
だが、ミチルが再び引き金を引くよりも早く、少女が動いていた。
回転。身を丸めるようにして転がる少女が、ミチルの足元に取り付く。

「こ、このっ!」

MG3という銃、威力は高いが細かい取り回しには向いていない。
それが仇となった。
足元の少女を蹴り飛ばそうとした瞬間、視界が緑一色に染まった。

「が……っ!」

巨大なぬいぐるみによって頭をかち上げられたのだ、と理解するより早く、次の打撃が来る。
少女の、何気ない動きで跳ね上げられた脚が、ミチルの無防備な腹部を正確に抉った。

「ひ……ぎぁ……」

二発、三発と蹴りが入り、たまらず身を屈めようとするミチル。
その頭上から、ぬいぐるみが振り下ろされた。
顔面から思い切り砂浜に叩きつけられる。

「くぁ……も、もう……やめ……」

涙と血で歪む視界の中で、ミチルが最後に見たのは、巨大なカエルを左右に従えて佇む、
少女の姿だった。

「……びーむ、だおー……」

少女の声に答えるように、二匹のカエルの目が光る。
閃光が、周囲を覆い尽くした。



「……くー……」

水瀬名雪は眠っている。
それは正に、今の彼女になせる最善の行動だった。
名雪自身の意識とは関わりのないところで、水瀬の血が当主たる名雪を護っていた。
焦熱の地獄と化した砂浜で、己が殺戮を知らず、水瀬名雪は眠っている。




水瀬名雪
 【時間:2日目午前1時ごろ】 【場所:A−2】
 【持ち物:レイピア、GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)、
  赤いルージュ型拳銃(弾1発)、青酸カリ入り青いマニキュア、いちごサンデー】
 【状態:水瀬家新当主(未覚醒)。睡眠中奥義:けろぴー召喚】

山田ミチル
 【状態:死亡】
 【所持品は焼け焦げて使用不能】
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