開眼のラブハンター




「……?」

不思議そうに首を捻ったのは、HMX-12マルチ。
来栖川エレクトロニクス社製のメイドロボである。

「……なんでわたし、何の描写もなくセリオさんの肩にくっついてるんですか……?」
「うるさい黙れ」

答えたのは来栖川綾香。
パワードスーツKPS−U1改に身を固めた、色々と高スペックの少女。

「急いでるのよ、ダニエルに追いつかれたら皆殺しにされるんだから。
 ……あれ? 殺されるんだっけ? なんか違ったような……。
 まぁ似たようなもんか」
「はぁ……それで、ダニエルさんってどなたですか…?」
「執事」
「ええっ、執事さんに殺されてしまうんですかー! それは大変ですねえ……」
「お前もだよ」
「ど、どうしてわたしまで……?」
「セリオさんにくっついてるからじゃないですか?」

口を挟んだのはHMX-17aイルファ。
といっても現在残されているのは頭部だけである。

「はわ、そういえばわたしの体はどうしちゃったんでしょう〜?
 描写されてないからちっとも気づきませんでした……」

今更ながらに驚くマルチ。
イルファと同様、胴体部は既に影も形も無く、その頭部だけが切り離されていた。

「問題ありません。あなたの頭部ユニットの稼動電力程度なら、私の内臓電源で
 充分に賄えます」

冷静な声は、HMX-13セリオ。
その腕に来栖川芹香を抱えながら高速で疾走を続けている。
腹にはイルファの首、そしてマルチの首が右肩のハードポイントに搭載されている
その異様は、もはやグロテスクを通り越して滑稽であった。

「いえ、そういう問題ではなくて、わたしの体……」
「いいじゃんそんなの」

涙目のマルチに軽く言い放つ綾香。

「ほら無限の住人の、なんていったっけ最初の方に殺された変態、
 アイツみたいでカッコいいよ今のあんた」
「そんなの全然嬉しくないです〜……ひ痛ぁっ!」

セリオの裏拳が、マルチの鼻面を一撃する。
芹香は器用に片手で支えたままの曲芸である。

「黙ってください。耳元で喋られると聴覚センサーにノイズが乗ります」
「ひどいです……ひぁっ!」
「私、お腹でよかったです……」
「換わってください〜……ぁ痛っ」

メイドロボ軍団のどつき漫才を横目で見やりながら、綾香は今後の戦略を練り始める。
現在はとにかくダニエルとの距離をとるべく移動を続けているが、当然ながら
このまま走り回っていても事態は改善されない。
稼いだ時間で、効率的に狩りをしなければならなかった。
その意味では久瀬の放送が大きな指針になる。

ターゲットとして指定されたのは第零種、そして一種の中でも特に本部が
問題視している面子ということだろう。
彼ら固有種、中でも特に柏木一族の首級を挙げれば本家に対して大きなアピールになる。
危険は大きいが、やるしかない。文字通り、命懸けの狩りだった。

18時の時点では、まだターゲットに死亡者はいなかった。
その内どれだけが現在も生き残っているかは判らないが、そう簡単に死んでくれるような
メンバーなら、わざわざこんなプログラムに放り込む必要はない。
その大半が健在と見て間違いはないだろう、と綾香は判断する。

こうしてみると昼頃、虎に殺られたのはある意味では僥倖だったと言える。
セリオの欠点、KPS−U1の弱点、様々な問題を浮き彫りにしてくれた。
おかげでこうして、それらの問題点に応急処置ながらも対策をしてから
真の目標に攻撃を開始できるのだ。
セリオはHMX-12と17aの演算ユニットを得て飛躍的に処理能力を向上させている。

(それに私自身も、ようやく……!)

と、そこまで考えたところで、セリオの声が綾香の思考を中断させる。

「綾香様、サテライトとの情報照会が終了しました」
「あー、ご苦労さん。……で、結果は?」

本部との通信が途絶した今、サテライト経由の真偽も定かではない情報を
頼りにするほかない。
マルチの位置情報などは最終更新時刻が6時間以上も前のものであったが、
それでも容易に捕捉できたのはマルチ自身がその場にずっと立ち往生して
いてくれたおかげであった。
現在検索させていたのは、ターゲット個々の最新座標である。

「……近辺に存在する目標の中で最も近いのは、柏木初音。
 同じくターゲットの長瀬祐介も同行している模様です。
 情報の最終更新時刻は230分前」
「柏木の末娘か……長瀬の異端、毒電波までくっついてるとはね……。
 ふふ……面白いじゃない、新生綾香様の試運転にはちょうどいい……!
 急ぐわよ、セリオ。他の連中に取られたらたまんないわ」
「顔が悪役みたいです……」
「やってることも悪役そのものです……るりさまー」
「黙れ生首AB」

綾香一行は加速する。




宮沢有紀寧は嗤っていた。

数時間前のこと。
有紀寧は長瀬祐介、柏木初音と共に、氷川村にある民家に腰を落ち着けていた。
突然流れた放送で発表されたターゲットの中に姫川琴音の名があったことに
驚愕し、内心で地団太を踏みながらも、同じくターゲットとして名前を挙げられていた
目の前の祐介と初音に対しては、なんだか頭のおかしい放送でしたねっ、くらいに
誤魔化した。
よほどその場でリモコンを連打して殺してやろうかと思ったが、念じただけで
その辺りを歩いていたネズミを悶死させてみせた祐介と、鍵のかかっていたドアを
パンチ一発で粉微塵にしてのけた初音に対して、下手は打てなかった。
何より放送によれば、ターゲットを仕留めてもプログラム終了まで生き延びなければ
ならないという。
とりあえずこの二人であれば護衛としては申し分あるまい、と考えて、ひとまずは
機会を窺うことにしたのが、夕食前のこと。

二人の様子がおかしくなったのは、夜も更けてからだった。
突然立ち上がったのは、祐介だった。

「瑠璃子さんの電波を感じる……行かなくちゃ」
「ちょ、ちょっと祐介さん……?」

ふらふらと立ち上がり、外に出ようとする祐介。
押し止めようとする有紀寧。

「祐介さん、いま外に出たりしたらダメですってば!
 ちょっと手伝ってください初音ちゃん、……って、えぇ!?」

背後で響く、大きな音と振動。
振り向くと、そこでは初音が床に大穴を空けていた。

「な、なにをしてるんですか、初音ちゃん……!?」

赤く充血した目を向ける初音から返ってきた答えは、

「え……なんか、腕がムズムズするから……」

見れば、その腕が心なしか黒く変色している。
爪も若干伸びているように見えた。
化け物、と叫びたいところをぐっとこらえる有紀寧。

「ちょっと、いいからやめてください……!
 こんな夜中に大きな音を立てたりしたら……」

言っている内に、祐介が有紀寧の手を振り解いて歩き出そうとする。

「ああもう、一体どうしちゃったんですか二人とも……!」

まったく手をかけさせる、と内心で顔をしかめながら事態の収拾に
努めようとする有紀寧だったが、

(――――――!)

瞬間、その背に異様な気配を感じた。
勘、としか言いようがなかった。
振り向くよりも早く、身体を前に投げ出していた。
一瞬遅く、有紀寧の首が存在していた空間に一閃が走る。

「……ッ!?」

転がったまま目を向けると、瞳を真っ赤に充血させた初音が、その長く伸びた爪を
じっと眺めていた。ぽそりと呟く初音。

「外しちゃったかぁ……」
「な、初音ちゃん、何を……!?」

問い返す声は上ずっている。

「あ……有紀寧お姉ちゃん……。
 ううん、なんでもないんだけど……ちょっと、首が狩りたくなって」
「……!」

聞き終わるより早く、有紀寧は駆け出していた。
爪を振り抜いた、あの速さ、鋭さ。
懐のリモコンを取り出すよりも、明らかに自分の首が飛ぶ方が早く思えた。
とにかく距離をとるより道はない。逃げの一手だった。
ふらふらとよろめきながら前を歩く祐介を突き飛ばし、粉砕された扉の
破片を踏み越えて屋外へと転がり出る。

飛び出した農道には街灯もなく、辺りは一面の闇に覆われていた。
逃走経路を求めて周囲を見回す有紀寧。

(こう暗くちゃ、どっちにいけばいいのかなんて……、え?)

有紀寧の目に映っていたのは、小さな光だった。
自分の方に接近しつつあるらしいその光に、有紀寧は迷う。
あの光の主は、狂気の殺人鬼かもしれない。
あるいは、言葉など通じずに撃ち殺されてしまうかもしれない。

(……ッ、それでも……!)

判断は一瞬。
背後の化け物に向き直るよりはマシだ。
あの速さ、膂力を前に、接近戦でリモコンの電波を正確に当てられる保証はない。
何よりも、その圧倒的な暴力が怖かった。
結論を出すや、有紀寧は叫び、走り出す。

「助けてください! 助けて! 化け物に襲われてるんです!」

走りながら、懐のリモコンを手に取ろうとする有紀寧。
隷属か、死か。

(私を助けたその後で、選ばせてあげる……!)

有紀寧は闇の中、口の端を歪ませて嗤っていた。




行く手の民家から人影が飛び出すのを、綾香は認識していた。
セリオの暗視機能とKPS−U1改のNBSの組み合わせは、暗中を苦にしない。

「ん……セリオ、あれは? 柏木の小娘じゃないみたいだけど」
「照合完了。参加者番号108番、宮沢有紀寧と思われます」
「一般人か……」

そうは言いながらも、綾香は油断することなく己の武装を確認する。
思い出されるのは夕刻、まーりゃんと名乗る少女との一戦だった。

「よし、何かあれば即射撃。いいね」
「了解しました」

人影の数十メートル手前に着地する綾香。セリオは腕の芹香を降ろす。
その人影、宮沢有紀寧は大きく手を振りながら綾香たちの方へと走り寄ってくる。
どうやら助けを求めているようだった。

「助けてください! 助けて! 化け物に襲われてるんです!」

言いながら、走り寄ってくる少女。
だが綾香は、少女が懐に手を入れようとしているのを見ていた。
闇の中、この距離では判らないと思ったのかもしれない。
愚かな行為だった。

「セリオ、撃て」

即決。
間髪いれずセリオの内蔵火器が速射される。

走り来る勢いのまま弾丸を受けた少女は、

「…………ッ……ッ!!」

まるで奇妙な舞踏を踊るように身をよじると、そのまま仰向けに倒れ伏した。
見る間に血だまりが広がっていく。

「あー……ねえ、大丈夫?」

やりすぎたかなー、でも挙動が怪しかったからなー、などと口の中でもごもごと
言い訳をしながら歩み寄る綾香。
と、瀕死の少女が、びくりびくりと震えながら、声にならない声で何事かを呟いた。

「え? 何……?」

近づく綾香の方に向けられた少女の目は、既に焦点が合っていない。
更に数歩を歩み寄る綾香。
少女の口が、笑みの形に歪んだ気がした。
吐息が、言葉を形作ろうとする。
耳を寄せた綾香が聞いた、少女の最期の言葉は、

「……? シ、ネ……? うわ何だコイツ性格悪いな……」

浅く眉を寄せた綾香が、命令を下す。

「セリオ、とどめ」
「はい、綾香様」

閃光と射撃音。
更に数発の弾丸が、宮沢有紀寧を貫いた。

「―――綾香様」
「ん? どした」

完全に動きを止めた少女の死体を見下ろす綾香に、セリオが報告する。

「絶命の寸前、宮沢有紀寧から特定周波数の電波が発射されたのを検出しました」
「何、それ。毒電波の仲間? 喰らったらヤバイ?」

うわまた油断したよ私のバカ、とあまり役に立った試しのない反省をする綾香。
頭を抱える綾香の姿を視認しながら、セリオが冷静な声で続ける。

「いえ、通常の電波です。出力は人体に無害なレベルです」
「じゃ、何よ」
「検出されたのは首輪の爆破機能を起動する為の周波数でした。
 おそらく専用のリモコンを隠し持っていたと思われます」
「首輪……? あー、これか……」

一度は外したが通信用に付け直していた首輪を、綾香の指がなぞる。

「それがコイツの武器だったってわけ?」
「リストによれば、そうなります」
「……爆弾て、私の首輪にそんな物騒なもんつけてあるわけないでしょ。
 馬鹿なのコイツ?」

言いながら少女の死体を足先でつつく綾香。

「宮沢有紀寧はその事実を知る立場になかったと思われます」
「貧乏人ってイヤねえ、普通は来栖川の名前聞いたらわかりそうなもんなのに」
「宮沢有紀寧は綾香様を認識できなかったものと思われます」
「ますます失礼ね……一目見て駄目でもオーラでわかんなさいっての」

眉根を寄せる綾香。

だが、そんな綾香にかけられる声があった。

「あはは、綾香お姉ちゃんは有名人だからねえ。
 隆山に来たら大歓迎だよ」

小さな影。
夜闇の中、笑みを含んだ表情で真っ直ぐに綾香を見つめるその瞳は、
真紅に煌いていた。
その足元には、何があったのか四つん這いでぐるぐると回る少年。
ぶつぶつと何事かを呟いている。

「―――柏木初音、長瀬祐介と確認。敵性オブジェクトと認識します」
「お出ましか……!」

兵装を展開するセリオ、構えを取る綾香。
対峙する少女、柏木初音はだらりと両手を下げたまま、口を開く。

「あはは、わたしケンカとか嫌いなんだ」
「あ、わたしと同じですね〜」
「……セリオ、そいつ黙らせとけ」

マルチとイルファが強制的にスリープされる様子を、真紅の瞳で見つめる初音。

「もういいかな……?
 ね、何度も言うけどわたし、ケンカなんか嫌なんだよ……。
 だから、綾香お姉ちゃん」

笑みは、どこまでも柔らかい。

「―――お姉ちゃんの首だけ、狩らせて?」

それは柔らかく、禍々しい鬼の笑み。

「妖怪が……ッ!」

嫌悪感も露に吐き棄てる綾香。

「退治してやるから、人里に下りてきた先祖を恨みながら死ね」
「ひどいこと言うなあ……」

困ったように眉を寄せる初音。
爛々と光る目が、綾香をねめつける。

「―――いいこと教えてやろうか、鬼っ子」
「……?」

少し怪訝な顔をする初音。

「お前、この島のルールって知ってるか……?」
「ルール……殺し合いのことかな……?」
「そうだよ、その殺し合いのルールだ」
「うん、知ってるよ」

可愛らしい仕草で頷く初音。
だがその紅い眼光は、ぞっとするほどに鋭い。

「私たちが、お姉ちゃんたちみんなを殺したら勝ち、だったよね……?」
「……言ってろよ、鬼風情が」
「うん、わたしは鬼だから、お姉ちゃんじゃ勝てない。それが、ルール」

優しげな初音の声は、しかし隠しようもなく冷たいものを孕んでいる。
だが初音の答えを聞いた綾香は、その身を細かく震わせた。

「くく……っ、あははは……!」

来栖川綾香は、哂っていた。

「……何が面白いのかな、お姉ちゃん。怖くておかしくなっちゃった?」
「はは、そりゃおかしいでしょ、鬼の口から冗談が出るなんてねえ……!
 私が? 鬼如きに勝てない? この来栖川綾香さんが……!?」
「……冗談なんて言ったつもり、ないんだけどな」

初音の表情から、笑みは消えない。
だが彼女の真紅の目は、紛れもなく零下までその温度を下げていた。

「……ルールなんてな、とっくに変わってるんだよ。
 それをこれから嫌ってほど思い知らせてやるさ、角付き」
「……へぇ、どう変わったって言うのかな……?」

交わされる言葉から、殺意以外の色が抜け落ちていく。

「私はこの島で強くなれたってことさ。……新しい力を得て、ね」
「新しい、力……?」
「見せてやるよ、ラーニングの力……!」

言いながら、綾香が拳を固める。

「―――始めるよ、セリオ」


月下、狩人同士の死闘の幕が開いた。




【23:00頃】
【I−6】

【37 来栖川綾香】
【持ち物:パワードスーツKPS−U1改、各種重火器、こんなこともあろうかとバッグ】
【状態:バトルマニア、奥義「ラーニング」】

【60 セリオ】【持ち物:なし】【状態:バトルモード】
【9 イルファ】【98 マルチ】【状態:出番は無いけどド根性】

【38 来栖川芹香】
【持ち物:水晶玉、都合のいい支給品、うぐぅ、狐(首だけ)】
【状態:ゆきねえゲットだぜ】
【持ち霊:うぐぅ、あうー、珊瑚&瑠璃、まーりゃん、みゅー、智代、澪、幸村、弥生、有紀寧】

【108 宮沢有紀寧】
【持ち物:リモコン(5/6)・支給品一式】
【状態:死亡】

【73 長瀬祐介】
【持ち物:コルト・パイソン(6/6) 残弾数(19/25)・支給品一式】
【状態:ぐるぐる電波酔い】

【21 柏木初音】
【持ち物:鋸・支給品一式】
【状態:エルクゥズ・ハイ!】
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