明確な目的




決意は固まった、そのはずなのに。
柚原春夏の足は、本来の目的地とは逆の方向へと向かっていた。
このみのために人を殺そう、平瀬村でこの手を汚しきってやろう。
・・・そう、決めていたはずなのに。
気がついたら、一直線に続いていた歩道が終わりを告げる。
目の前には分かれ道、左右どちらに進めばいいのかなんて思いつくはずがない。
・・・まだ、手には撃ち放った銃の衝撃が残っている。
自分のしたこと、してしまったことに対する無念は拭えない。
考えたくなかった、何も。これからのことも、このどちらの道を進めばいいということさえも。
何もかも・・・全てから、逃げ出したかった。

(どうすれば、一体どうすれば・・・)

頭を抱えてへたへたと座りこむ。その時だった。

「あれ、おば・・・じゃなくてっ!春夏さん、春夏さんですよね?!」

聞き覚えのある声、懐かしい彼の声。

「・・・たか、くん?」
「こんな道の真ん中で何してるんですか、危ないですよ」

手をつかまれ・・・いや、握られる。優しく、力強く。

「とりあえず、こっちへ」

引きずられるようにして茂みの方へ連れて行かれる。
よたよたと歩く春夏を支えるように、河野貴明はしっかりした足取りで進んだ。

「よかったです、無事でいてくれて」
「タカくんもね」

「雄二も無事です、今あいつは氷川村で他の仲間を連れて行動してます」
「・・・どうして、一緒にいなかったの?」

素朴な疑問だった。貴明は、それに苦笑いを含めて答える。

「さっきの放送で、知り合いの名前が呼ばれたんです」
「え・・・」
「だから、俺はもう悔いは残したくないから。
 このみとタマ姉のために、大事な人を守るために独断で動くことにしたんです」

春夏の目が見開く。
悔いを残さないため。大事な人を、守るため。
・・・誰よりも大事な、大切な、愛しいこのみを守るため。
たったそれだけの、こと。それだけ、それだけを目的にしていたはずなのに・・・自分、だって。
隣で前を見据える貴明の表情は険しい、それこそが決意の表しである。
気がつけば、春夏の頬を涙がはらはらと流れてていた。それは、彼女の取るべき行動を指していたから。

「え、は、春夏さん?!いきなり、どうし・・・」
「ありがとう、目がやっと覚めたみたい。タカくんのおかげだわ。
 このみが助かるかは分からないけれど・・・でも、これでこのみが死んでしまう可能性が少しでも減るなら、ね。」
「・・・春夏、さん?」
「ごめんね、でもこれがこのみのためだから。そう、タカくんの目的も達成できるから、ね。
 ・・・恨まないでっていうのは、勝手すぎるかしら・・・ごめ、なさい・・・ね・・・」


・・・・・・バァン!という銃声が鳴り響いたのは、その直後で、あった。



「・・・!あっちの方じゃない、今の音っ」
「うん、急ごう」

駆ける、なりふり構わず音に向かって走る。
民家にての休憩を終え、放送が終わったと同時に氷上シュンと太田香奈子は行動を再開していた。
氷川村にて思ったより収穫を得られなかった二人は、今は北に存在する鎌石小学校を目指す途中で。
地図では一番大きく表示されているこの場所、ここなら人がいるかもしれないと・・・そう、思って。
本当はその二人のいた氷川村こそが、ちょうど今一番人が集まっている場所でもあったのだが、位置的に二人がそれを察することはなかった。
昼間の探索から期待を失い、彼等の知らない騒動が始まらない内に既に離脱は行われていた。

「・・・ひぃ!」

香奈子の悲鳴。体の弱いシュンを追い抜き先行していた彼女が、どうやら現場に到着したらしい。
慌ててシュンも彼女に並ぶ。
・・・倒れていたのは一人の少年であった。制服姿から、同年代であることが窺える。
へなへなと座り込む香奈子を横目に、シュンは素早く自分の上着を脱いで少年に向かった。

「大丈夫ですか?!」

じわじわと地面を侵食していく血の量が、その質問の無意味さを語っていた。
けれど、シュンは呼びかけを止めない。

「しっかり、意識を持って」
「・・・くっ」

呻き声。
呼びかけながら、撃たれたであろう腹の部分にセーターを当て止血するシュンに、それは答えとして返ってきた。

「太田さん、僕の鞄から救急箱を」
「は、はいっ」
「がは・・・いいから、もう・・・」

少年の顔は青白く、既に生気は感じられない。
それでも、シュンは自分にできることをしたかった。

「・・・ごめんなさい。あなた、相沢祐一か河野貴明って名前じゃ、ない?」
「太田さん?!」
「分かってる、こんな時に持ち出すべきじゃないかもしれない・・・でも・・・」
「貴明は、俺・・・だけ、ど・・・」

視線が一瞬で集まる、驚愕で見開かれた瞳の意図は・・・まだ、彼には伝わらない。
シュンは彼の左手をしっかり握り締め、喉からひねり出すように・・・言葉を、紡いだ。

「草壁優季さんが君を探していた、会いたがっていたんだ。・・・彼女の思いを、君に伝えたかったんだ」

ぽとり。シュンの涙が、貴明の頬に落ちる。
今度は貴明の驚く番、だが・・・表情に力は、もう入らないようで。

「はは、そ、か・・・やっ・・・ぱり、知り合、い・・・か・・・ごほっゴホ、ゴホッ!」

吐血、その量も物語っている。彼は・・・貴明は、助からない。

「ありが、とう・・・さい、後に知れて・・・よかっ、た・・・」

微笑み。弱々しいけれど、確かに優しく持ち上がった口元から発せられた感謝の言葉。
そして、それに続けられたのは・・・彼の、願い。

「おれ、からも・・・このみ、と・・・タマね・・・を・・・お願、い・・・・・・・・・・・・・・」

それを最後に、貴明は息を引き取った。
河野君、河野君というシュンの呼びかけに静止をかけたのは・・・香奈子の、ぬくもり。
肩を震わせ涙するシュンの背中に、香奈子は静かに寄り添った。
自分にできることなんてないけれど、それでも。少しでも、彼の悲しみを癒したかったから。
・・・人の思いを繋げようとするのに、弊害はたくさんある。
今だ見ぬ相沢祐一や水瀬秋子、それに今貴明から告げられた人物はまだ無事でいるのだろうか。
それとも。

立ち上がり、隣を歩く香奈子の手を握り締めシュンはまた歩き出す。やるべきことは終わっていない。
・・・これが、氷上シュンの生きる目的であった。




柚原 春夏
【時間:一日目午後10時】
【場所:G−9】
【状態:このみのためにゲームに乗る】
【所持品:要塞開錠用IDカード/武器庫用鍵/要塞見取り図/支給品一式】
【武器(装備):500S&Wマグナム/防弾アーマー】
【武器(バッグ内):おたま/デザートイーグル/Remington M870(残弾数4/4)予備弾×24/34徳ナイフ(スイス製)】
【残り時間/殺害数:15時間19分/3人(残り7人)】

氷上シュン
【時間:1日目午後10時】
【場所:G−9】
【所持品:ドラグノフ(残弾10/10)、救急箱、ロープ、他支給品一式】
【状態:祐一、秋子、貴明の探し人を探す】

太田香奈子
【時間:1日目午後10時】
【場所:G−9】
【所持品:H&K SMG U(残弾30/30)、予備カートリッジ(30発入り)×5、懐中電灯、他支給品一式】
【状態:シュンと同行】

河野貴明 死亡

※貴明の所持品:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾×24は春夏が回収。
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