「あかん…あかん……止まらへん!」 血が止まらない。真っ赤な血が溢れ続ける。 仲間が放った弾による傷から血が吹き出し続けている。 「ちくしょう、何とかならへんのか!」 このみと幸村が持ってきた救急箱で止血を試みるが、依然として血が止まる気配はない。エディは先程からうんともすんとも反応しない。 「おいアンタ! 男やろが! 目ぇ覚ませアホ、目ぇ覚まさんかい…!」 「しっかりしてっ…死んじゃダメ!」 智子と花梨が必死に呼びかける。それでも反応しないエディに、もう駄目なのかと思った時―― 「うッ…ウウ…」 僅かに呻き声。弾かれたように智子と花梨が顔を上げた。 「エディ!」「エディさん!」 かろうじてエディが目を開けるが、その目は虚ろで、何も映していない。明らかに助かりそうもなかった。 「ハ、ハハ…ど、どうやら、このオレっちも…て、天国に…召されるときが来ちマッタ…ナ」 「何言うとんのや! まだ助かる、諦めたらアカン!」 「イ…イヤ、もう、致命傷ダ。どうしようもなイ…そ、それに、この島で医者を期待するのは…お門違い、ってモンだろ…ウ?」 青ざめた顔をしながらもニカッと笑うエディ。花梨も智子も、幸村もこのみも何一つ言葉を発する事が出来なかった。 「だ、だかラ…オレっちが、頼りにしてる奴…ソーイチと、リサ…コイツらに合流してくレ…こいつらなら、き、きっと何とか…」 ゴホ、ゴホッと咳き込む。口から大量の血が吐き出された。しかしそれをものともせずエディは喋り続ける。 「それと…じょ、情報…首輪の…情報を…た、頼ム」 死にかけの人間とは思えないほどの力で智子と花梨の手を握る。 「あ、ああ…分かった、任しとき。私達が絶対ぶっ潰したる。約束や」 「それから…最後に…サ、サツキちゃんを…ゆ、許してやってくレ。サツキちゃんは…優しい子デ、イイ奴ナン…ダ。きっと…何かの間違イ…だ、だから、サツキちゃんにも…後を、頼む、ッテ…」 自分が撃たれたというのに、最後までエディは皐月のことを信頼していた。それほどのものが、あの二人にはあったのだ、という事を智子も花梨も理解した。 「…ああ、分かった。それも約束する」 智子の返事を確認すると、エディはその手をするりと離した。 「エ、エディさんっ!」 花梨が再び手を握ろうとしたのを、エディが振り払う。 「バ、バカヤロウ…分かったンなら、さっさと、サ…ツキちゃんを…追…えッ!」 「で…でも」 躊躇する二人に、エディが今までとは比べ物にならないほどの大声で叫ぶ。 「さっさと…行けッ! 手遅れになってからじゃ遅いんだヨッ! 行けぇーーーッ!」 その言葉に、二人がハッとする。そうだ。大切な仲間を撃ってしまったということは。 皐月が、取り返しのつかない過ちを犯してしまうかもしれないということだ。 「行くでっ、花梨!」 「うんっ!」 身を翻し、二人が駆ける。二人は、泣いていなかった。ただ皐月を連れ戻すために。そんな感傷に浸る暇さえなかったのだ。 「あっ…待って! このみも行くっ!」 このみが二人に続いて追う。智子の声が飛んだ。 「ついて来てどうする気や! ただ連れ戻すだけやで!」 「でも、私が行かないと皐月さん、きっと誤解しちゃう! だから行く!」 「…オーケー、了解や。けど、体力はいけるんか!?」 「足の早さなら、自信があるからっ!」 上出来や、と智子が呟いて再び前を向く。電光石火の如き勢いで、三人が闇の中へと消えていった。 残されたのは、幸村と瀕死のエディのみ。 「やれやれ…無茶をしたの、お前さん」 「ヘ…ムチャは、オレっちの得意…技だからナ。あ、あんたも…後は、頼ム…」 「…言われるまでもない。だが、その言葉は皐月さんが戻ってからにしたらどうだ?」 「…ソイツは、ちょっとばかし、無理な相談…ダナ」 エディの目が、静かに閉じられる。幸村も悲しげに目を伏せた。 (じゃあナ…ソーイチ…最後に…また、何かしたかった…ナ) * * * 皐月は暗闇の中を当ても無くさまよっていた。 殺した。私が…エディさんを殺した… 撃った時の光景が目にこびりついて離れない。「殺した」という言葉がさざなみのように木霊して皐月の精神を削り取っていく。 真っ暗な部屋の中に閉じ込められたように、皐月の瞳には何も写っていなかった。ふらふらと足がおぼつかなくなり、さながらそれは空っぽの人形のようであった。 やがて、足が木の幹に引っかかりその場に倒れこんだ。弾みで拳銃が落ちた。その時になって、ようやく皐月は銃を持ったまま走っていたということに気付いたのだった。 「宗一…ゆかり、リサさん…私、どうすればいいのよぉ…」 頭の中で助けを求めても、その仲間達すら冷たい目で自分を見ているような気がした。 そのまま呆然としていたが、やがて頭の中で反芻される言葉が別のものへと切り替わる。 「死ね」 誰が言ったでもない、ただ浮かんだだけの言葉が皐月の頭を支配していく。 死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね… 何人もの声色が一斉に浴びせられる。それは怨恨の声として皐月の脳に届く。 (死ねば…私が、自殺すれば…) 震える手で拳銃に手を伸ばす。これが。これさえあれば…私の罪は… グリップを握り、銃口を自らの顔へと向けていく。 「やめろぉぉぉぉっ!」 誰かの怒号が聞こえたのは、その時だった。 しかし、皐月にはそんなものはどうでもいいことだった。まったく意に介することなく皐月は銃口を頭に押し当てた。 「やめろって言ってるでしょ…この、ばかっ!」 トリガーを引く直前、誰かの手が皐月ごと銃を押し倒した。銃弾は発射されることなく皐月の手から零れ落ちた。 「間一髪…だったんよ」 皐月を押し倒したのは息を切らせた花梨と智子、このみだった。皐月が同じ所をぐるぐると回っていたせいで早く見つける事が出来たのだった。 「まったく、何を考えとるんや! このアホッ!」 智子が怒鳴りつける。 「どうして…どうして死なせてくれなかったの! 私のせいで、私のせいで、エディさんが死んだっていうのに! 大切な仲間だったのに! かけがえのない仲間だったのに! 私が殺して…こうやって、責任をとるしかないでしょ!? あなた達だって、私を殺したいって…」 そう言いかけた皐月の頬に、パンッという音と共に痛みが走る。智子が皐月の頬を張ったのだ。 「この…ドアホウ! 死んで責任を取る? 何言うとんのや、このボケナス!」 「うわぁ〜…すごい言い草」 「そ、そこまで言わなくても…」 花梨とこのみがぼそぼそと言うが、智子は気にするどころか皐月の胸倉を掴んだ。 「アンタはそれで気が済むかもしれへんけどな、アイツ…エディがそんなもんで気が済むと思うたら大間違いや! エディはなぁ、アンタに撃たれたっていうのにちっともそないなこと気にせんかった。むしろアンタのことをずっと心配しとったんや。 サツキちゃんは、優しくていい子だからきっと何かの間違いだって…血ぃ吐きながら、それでも私らに許してやってくれって言うとったんや。後を頼む、ともな。 それを…それをアンタは…命を粗末にしくさりおって! アンタはエディを二度も殺す気かっ!」 そこまで大声でまくし立てると、ようやく智子は手を離した。 「…アンタに本当に済まないと思う気持ちがあるんやったらな、ここから生きて、生きて生きて生き延びるんや。今ここで死ぬ言うんは、世界の誰が許しても私が許さへん」 「ちょっと智子さん智子さん? 私も忘れないでほしいんよ」 「このみもだよ。皐月さん、死んでほしくないよ…」 「…まあ、最低これだけの人間が今アンタに死なれたら困るワケや。分かったか」 口調は厳しかったが、先程と比べて随分と穏やかな声になっていた。 皐月は自分のしようとした愚かな行為に、心から恥じた。今ここで死ねば、それこそエディは無駄死にだ。顔を上げて、皐月が尋ねる。 「私…戻ってもいいのかな…」 「当たり前だよっ。このみはいつでもおーけーでありますよ〜」 智子と花梨もうん、と頷く。皐月はほんの少し、ほんの少しだけ微笑んで言った。 「じゃあ…私、エディさんに謝りに行かないと。ホテルに戻って、『ごめんなさい』って言わないとね。それから、『いってきます』も」 皐月が立ちあがり、自分の足で歩く。皐月の頭の中には、もう声は聞こえてこない。 木々の間から見える星空が、四人を照らし出していた。 【場所:E−04】 【時間:1日目19時40分】 幸村俊夫 【所持品:支給品一式】 【状態:エディの死を娶っている】 湯浅皐月 【所持品:38口径ダブルアクション式拳銃(残弾7/10)、予備弾薬80発ホローポイント弾11発使用、セイカクハンテンダケ(×2)、支給品一式】 【状態:平静を取り戻す。まだ若干の精神的疲労】 柚原このみ 【所持品:ヌンチャク(金属性)、支給品一式】 【状態:普通。ホテルに戻る】 ぴろ 【状態:健康。フロントに置いてけぼり】 笹森花梨 【持ち物:特殊警棒、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、青い宝石、手帳】 【状態:普通。ホテルに戻る】 エディ 【所持品:支給品一式、大量の古河パン(約27個ほど)】 【状態:死亡】 保科智子 【所持品:支給品一式、専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾】 【状態:普通。ホテルに戻る】 - BACK