女狐と殺戮者




「Hm…,このくらいでいいからしね」
リサのデイパックの中にはパンや果物等、大量の食料が詰まっていた。
今リサがいる小屋で入手したものである。
海の家の周りには民家は見当たらなかったから、少し時間が掛かってしまった。
きっと栞達が腹を空かせて待っているだろう。
急いで帰らなければ。

そう思い小屋を出た時何か違和感があった。
エージェントとして数々の経験を積んだ彼女だからこそ分かる違和感―――
次の瞬間にはリサは横に大きく跳躍し、そのまま地面を転がっていた。
銃こそ落としてしまったが、その動きは華麗という他無かった。
その後を追うように、銃弾が一斉に着弾し、地面の土が跳ね上がっていた。

「な――――」
驚愕の声を上げるのは、巳間良祐。
完璧な奇襲のはずだった。簡単に終わるはずだった。
相手が家から出てきた瞬間を狙っての、マシンガンの連射。
待ち伏せしている事を察知されていない限りは仕留めれる筈だった。
そして、察知されていない自信もあった。
今日はずっとこの戦法で相手の不意をついてきたのだ。

事実相手は気付いた様子も無くのうのうと玄関から出てきたではないか。
それが何故、突然あのような動きをするのだ!
彼は混乱しながらも、地面に転がったリサに対してマシンガンを撃とうとする。
しかし、弾が発射される事は無かった。

「ぐああっ!!」
リサが放り投げたナイフが左肩に突き刺さっていたからである。
激しい痛みで、マシンガンを取り落とす。
しかし良裕は既に数回予想外の反撃を受けている。その経験のおかげからか、彼が次の行動に移るのは早かった。
彼は激痛に耐えながらも、すぐにマシンガンを拾いにいこうとし――それは諦め、ドラグノフを取り出し、次の瞬間にはもう撃っていた。
リサが間髪入れずにこちらに向けて走ってきていたので。その手にはいつの間にか銃が握り直されていた。

リサはあの一瞬の隙の間に、落としてしまっていた銃を拾っていたのだった。


リサは銃を向けられた瞬間すぐに回避動作を取っていた。また、咄嗟に撃ったので良裕の標準も定まらない。
ドラグノフとは本来、じっくりと標準を定めるべき狙撃用の銃である。
結局銃弾がリサに当たる事は無かった。だが、リサの突進を止める事だけは出来た。
この敵に近付かれる事は何としても避けなければならない。近付かれたら殺られる!
彼の直感がそう告げていた。


(コイツ………油断ならないわね)
リサは一気に間合いを詰め、確実に仕留めようとした。
素人ならナイフを刺された痛みですぐには動けないだろうと予想しての行動だったが、
予想に反してすぐに別の銃で攻撃してきたので、遮蔽物の影に退避しざるを得なかった
その隙に良裕は取り落としたH&K SMG Uを素早く回収していた。

リサは冷静に思考を巡らせた。
(全く容赦がない奇襲だったわね…………、まずマーダーで間違い無さそうね。
それに複数の銃を持っている……、恐らく参加者を何人も殺してきた手馴れたマーダーね)
それでも、自分はエージェントだ。多少経験を積んだだけの素人とは格が違う。
装備差は明確だが、それでも勝てる自信はあった。

しかし不安要素もあった。
相手はまだ他にも装備を隠し持っているかもしれない。
万一防弾チョッキやグレネードランチャーの類の武器を持っていたら、流石に分が悪い。
それに何より、自分の一番の敵は主催者であって、ゲームの参加者ではない。
今は危険な賭けをすべきではないという結論に達した。


巳間良祐もまた、右足と左肩の痛みに耐えながら、必死に思考を巡らせていた。
彼は奇襲に専念し、正面からの対決を避けるという戦い方を貫いてきた。
卑怯と言われる行動なのかもしれないが、そんな事は些事である。

正々堂々戦おうが、死んだらそれで終わりなのだ。
このゲームで勝つという事は即ち、最後まで生き残る事。

無理せず殺せる時に殺し、危険な橋は決して渡らない。
それがこのゲームにおける最善の手の筈である。
今目の前にいる相手は明らかに戦闘慣れしている。それに自分は怪我も負っている。
今ここで雌雄を決しようとするのは危険過ぎる。

「ぐうぅっ!」
撤退する事を決めた良裕は、自らの肩に刺さっていたナイフを引き抜いた。
そしてマシンガンで威嚇射撃をしながら後ろへと下がり始めた。
走って逃げようとしても、今の自分の足の状態では逃げ切れないだろうと考えての行動である。
「くそっ……、あいつは一体何者なんだ!」
良裕は苛立っていた。彼の計算通りにいけば、先程の集団も今の女も問題無く仕留めれていた筈である。
だが結果的には仕留めれなかった。それどころか手傷まで負わされた。
何より、酷く足が痛む。途中で寄った民家で応急処置は施したが、所詮は気休めである。
それに今の自分は怒りで冷静さを失っている。
今日はもう動き回るのは控えるべきだろう。


リサも無理に追う事はせずに、良祐とは反対の方向へと走り出した。
彼女の心には焦りが生まれていた。
彼女がこのゲームに参加してから、実際に戦闘を行なったのは初めてだった。
その最初の相手が、全く容赦が無く、武装も強力なマーダーだった。

醍醐や篁といった猛者達も既に死亡している。
それに加えて、人外の者達の存在……このゲームは思った以上に過酷なモノとなっているようだった。

さっきは奇襲される寸前まで察知できなかった。明らかに注意不足である。
どうやら自分は疲れているらしい。このゲームの緊張感は予想以上に体力を奪うようだった。
まずは戻って休憩をとらなければ。そして、その後はそれこそ死に物狂いで生き延びる事を考えよう。
そうしなければ、この過酷なゲームではきっと生き残れないだろうから。




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 【場所:G−7】
 【時間:午後11時00分】

リサ=ヴィクセン
【所持品:コルト・ディテクティブスペシャル(弾数10内装弾3)、大量の食料】
【状態:疲労、今後の行動は海の家への帰還、それから休憩】

巳間良祐
【所持品1:89式小銃 弾数数(22/22)と予備弾(30×2)・折りたたみ式自転車・支給品一式x2(自身・草壁優季)】
【所持品2:スタングレネード(1/3)・ドラグノフ(残弾8/10)・H&K SMG U(18/30)、予備カートリッジ(30発入り)×4】
【状態:疲労、怒り。右足に激痛(治療済み)、左肩に痛み】

※リサの八徳ナイフは地面に放置
※353採用ルート(ユンナ出る方)の場合はドラグノフの残弾を7にしてください。
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