混迷




秋子に案内されるまま平瀬村を歩き続ける陽平とるーこ。
だが、秋子に出会ってからすでに10分ほど歩き尽くめであった。
陽平の頭に一つの疑念が浮かぶ。
向こうの家に娘がいるとは言っていたが、守る為に戦う者がそんな遠くまで目を離すものなのだろうか?
周辺を警戒しながら進む秋子の姿を見て、先ほどの言葉がだんだん疑わしく思えてきていた。
隣のるーこも秋子に対して銃は向けていないものの、睨みつける目を見て自分と同じ考えに至ってると確信した。
何かがおかしい。
陽平がそう思った直後だった。
「……大きな声を出さないでね」
秋子が歩くスピードを緩め、自分達にゆっくりと近づき小声でそう伝えていた。
思わず銃を構えそうになるが、「そうじゃないの」とわずかに首を振りながら答えた。
「多分だけど、つけられてる気がするの。後ろを向いちゃダメよ」
「!?」
予想外の秋子の言葉に陽平とるーこが身体が跳ねた。
「ど、どうするんだ?」
そう言って少し震えながら銃を構える陽平に秋子は小さく微笑みながら言った。
「危険だけど、確認してみる?」
「どうやって?」
「そうね、一回後ろを全員で振り返ってそのままあの家まで全力で走るの。
 角を曲がったらすぐそこで待ってれば追いかけてくるんじゃないかしら」
視線を送る先には100メートルほど先にある一軒の家と曲がり角。
その提案に二人が頷くのを確認すると
「三、二、一……」
秋子の合図と共に三人が後ろを振り向く。
だが後ろに広がるのはただ暗闇のみ、遠目には誰も確認することは出来なかった。
これはあくまで陽動。刹那三人は駆け出していた。
わき腹の痛みを抑えながらも陽平は秋子から離されないように必死に後を追い、角を曲がると壁に寄り添い身を潜めた。



――待つこと数分。
一向に誰も追いかけてくる気配が無いことを確認すると、そこでようやく秋子は今まで発していた殺気に近い警戒を解いた。
「……ごめんなさいね、勘違いだったみたい」
陽平はほっと溜め息をつくも、るーこは訝しげな顔をして口を開いていた。
「だから真っ直ぐ向かわずに遠回りをしていたのか?」
その勘の良さに秋子は感嘆しながらも微笑んでいた。
「ええ……もしもマーダーに後なんかつけられてたらと思うと、あの子の所になんて案内するわけにもいかなかったの」
「そうか、それなら納得がいった」
「もっと早く言えばよかったわね、本当にごめんなさい」
「いや、気にするな、うーあき。それで家はここから近いのか?」
「ぐるっと回る形になったけど、もうすぐよ」
再び三人は歩き出した。
先ほどと違うのは、るーこから秋子に対する警戒が少し消えているということだったろうか。
陽平もそれは一緒だったようでほっと笑みがこぼれていた。

ほどなくして二人は一軒の家の中へと案内された。
中では静かな吐息を立てて眠る名雪と澪の姿。
秋子は名雪の元へ寄ると、少し乱れた布団を直し、慈しむようにその髪をなでる。
そんな秋子の姿を見守る陽平とるーこに「大きな声は出さないでくださいね」と口に指をあて注意を促した。
眠る二人の部屋から出た三人は今までの自分達が体験した行動の情報を交換した。
陽平とるーこの話を真剣に聞いた後、彼らの体験に深い悲しみを覚え、それでも真っ直ぐと向いた瞳に喜びを覚えた。
悩んだ末に秋子は二人に、自分がゲームに乗ったものを殺したことを正直に話した。
そして我が子を、出来ることなら参加させられている子供達を守る為にゲームに乗った人間は許さない、と言う事も。
はじめは二人とも驚いたものの、秋子の行動に対して是非を問うことはしなかった。
自分達だってそうなのだから。
俺だってるーこを守るためなら、と陽平は思ったもののこっ恥ずかしくなって頭をフルフルと振った。
こうなってくると、ますます別れた浩之やみさきに雪見、あと参加させられているであろう芽衣や朋也達の安否が気になる。
「これからどうするつもりですか?」
いつの間にやら秋子に対し敬語になっている陽平だったが、それに気が付かない振りをして秋子は微笑んだ。

「明るくなるまではここを動くつもりは無いわ。
 でも夜が明けて次の放送が流れたら、状況によってここを発つことになるかもしれない」
今はそうならないように祈るしかないと、娘が眠る部屋の扉を眺めながら小さく溜め息をついた。
「……外に誰かいるぞ」
気付けば窓から外を窺うように見ながらるーこが小さく呟いていた。
部屋中に緊張が流れ、秋子と陽平も張り付くように窓へと近づいた。
何かから逃げるように走っていたのは、三人の女の子と一人の男性…理緒、渚、佳乃、そして敬介の四人だった。
「あれは……渚ちゃん!?」
その緊迫した四人の姿にただならぬ気配を感じた秋子は、叫ぶ陽平の表情を見て家を飛び出していた。

「どうしたんですか!?」
かけられた声に驚きを隠せず身体を震わせる四人。
だがそれが敵意からくるものではないものをすぐ感じ取り、力なくその場にへたり込んだ。
「渚ちゃん!!」
「す、春原さん」
後を追う様に陽平とるーこも四人の前に姿を現した。
クラスメートとの思わぬ再会に、陽平の顔に安堵の表情が灯る。
「いったいなにがあった!?」
陽平の問いに答えたのは、肩を抑えたまま苦しそうな呼吸を続ける敬介を支えている理緒だった。
「町の入り口で女の人に襲われて、それで、それで!」
「そうなんです、お父さんが私達を逃がしてくれたんです……でもでもっ、お父さん怪我してるんですっ!」
それを聞いた秋子は銃を握り締めると思わず駆け出していた。
だが、それを制したのは肩を抑え苦痛に顔をゆがめていた敬介だった。
「あんた、どうするつもりだ!?」
「決まっているでしょう、この子のお父さんを助けに行きます」
その相手を殺しに行く、とまでは言わなかった。
恐怖に怯えている三人の少女達の前でする話では無いと思っていたから。
敬介もそれを察したようで釘を差す様に言った。
「恥ずかしい話、僕らを襲ったのは顔見知りなんだ。
 虫の良い話だが、出来れば彼女を止めてほしい。
 娘を守る為に周りが見えなくなってるだけで、本当は誰よりも観鈴の事を考えてる良い奴なんだ」

敬介の言葉に秋子は一言「了承」とだけ告げて走り去っていった。
それが真実かどうか敬介にはわからなかったが、どうか声が届いていますようにと小さく願うばかりだった。


さてここで話は少し過去に戻る。
秋子らが名雪と澪の眠る家に戻る前に感じていた人の気配。
実は確かにそれは存在していた。
武器を手に持ちながら警戒心丸出しの三人に対してチャンスを窺っていたものの
いきなり走り出した行動を罠かもしれないと、冷静に対処しながら後をつけていたものがいた。
そして今まさに、六人の様子をじっと見つめる来栖川綾香の姿がそこにはあった。




水瀬秋子
【所持品:IMI ジェリコ941(残弾14/14)、以下は家に置きっぱなし(木彫りのヒトデ、包丁、スペズナスナイフ、殺虫剤、支給品一式×2)】
【状態・状況:健康。主催者を倒す。ゲームに参加させられている子供たちを1人でも多く助けて守る。
  ゲームに乗った者を苦痛を味あわせた上で殺す、平瀬村入り口へ疾走】
春原陽平
【所持品:スタンガン・支給品一式】
【状態:少し疲労】
ルーシー・マリア・ミソラ
【所持品:IMI マイクロUZI 残弾数(30/30)・予備カートリッジ(30発入×5)・支給品一式】
【状態:少し疲労】
古河渚
【持ち物:敬介の持っていたトンカチと繭の支給品一式(支給品不明・中身少し重い)】
【状態:正常】


霧島佳乃
【持ち物:鉈】
【状態:正常】
雛山理緒
【持ち物:鋏、アヒル隊長(12時間50分後に爆発)、支給品一式】
【状態:正常、同上(アヒル隊長の爆弾については知らない)】
橘敬介
【所持品:なし】
【状況:左肩に銃弾による傷、同上(支給品一式+花火セットは美汐のところへ放置)】
来栖川綾香
【所持品:S&W M1076 残弾数(6/6)予備弾丸28・防弾チョッキ・トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・支給品一式】
【状態:腕を軽症(治療済み)。麻亜子とそれに関連する人物の殺害。ゲームに乗っている。上記六人の様子を窺う】

共通
【時間:1日目23:10頃】
【場所:F−02】
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