Lying woman of not rewarding




向坂雄二とその一行は、新城沙織が倒れ伏す部屋に立ち尽くしていた。

「クソッ……一人にした途端にこれかよ……!」
「そんな……沙織さん……」
「……」

濃密な血の匂いに嘔吐感を覚えながら、恐々と沙織を囲む雄二たち。
だがその背後で、盛大な溜息をつく者がいた。

「……ッ!?」

驚いて振り返った一行が見たのは、赤い学生服を着た一人の少女。
短く切り揃えた髪。
その下から覗く瞳は、静謐な湖面を思わせる。

「な……お前、誰だ!? いつからそこにいた……!?」

思わず語気を荒げる雄二を意に介さず、少女はつまらなそうに口を開く。
その声は、ひどく冷たい。

「誰でもいいでしょう。名乗ればお友達にでもなってくれるんですか?」
「な……何だと!?」
「ダメです、雄二さん!」

少女に詰め寄ろうとする雄二を、マルチが必死に抑える。
その様子を見て、少女は少し眉根を寄せると、言った。

「天野です。……天野美汐。これで満足ですか?」
「馬鹿にしてんのか……!」
「雄二さん……!」

美汐と名乗った少女の冷たい声音に、雄二のボルテージが上がる。
そんな雄二を無視するように、美汐は一人黙っていた瑠璃子へと向き直る。

「目の前に死体があるというのに、随分と冷静ですね」
「これでも驚いてるんだよ。何を考えてるのかわからない、ってよく言われるね。
 ……それに、その辺りはお互い様じゃないかな」

ひどく酷薄な何かを孕んで見交わされる視線。
先に目線を逸らしたのは、美汐だった。

「……そうですね。別にどうでもいいことです。
 それにしても、この人が自殺なんて、まさか本気で言っているわけでは
 ありませんよね?」

棘のある美汐の言葉に、またも雄二が噛み付く。

「そりゃどういう意味だよ!」
「言葉通りの意味ですよ。これが自殺? 悪い冗談ですか」
「おい……まさか、お前がやったとでもいうのか……どけ、マルチ!」

いきり立つ雄二をひどく不快そうに見やる美汐。
深い溜息をついて、言葉を続ける。

「いったい何をどうしたらそういう結論になるんですか……。
 そもそも私が手当たり次第に殺すつもりなら、あなた達もとっくに
 冷たくなっていてもおかしくありませんね。
 すぐ後ろでずっと見ていたのに気づきもせずにわいわいきゃあきゃあと」

と、いったん言葉を切ると、美汐はまたも深々と溜息をつく。

「夜中に煩いんですよ。近所迷惑です。
 この辺りは静かですから、騒ぐと遠くまで響くんですよ。
 それで様子を見にきてみればこの始末。
 修学旅行にでも来てるつもりなんですか、あなた方は。
 どうでもいいですから、人の安眠を妨害しないでください」
「……っ!」

美汐の静かな、どこか疲れたような声。
憤りのあまり言葉にならない雄二を押し退けるように、瑠璃子が
一歩を踏み出す。ちょうど美汐と向かい合うようにして、口を開いた。

「それで? ……天野さんは、わざわざその文句を言いにきたのかな」
「そうですよ。静かにさえしてもらえれば、それで構いません。
 それでは、私はこれで」

一礼して踵を返そうとする美汐。
それを引き止めるように、瑠璃子が声をかける。

「待って。……新城さんが自殺じゃないって、どういうことなのかな」
「そ、そうだ! そいつを聞かせてもらうまでは帰すわけにはいかねぇぞ!」

その言葉に、美汐はひとまず足を止めた。
眉をしかめて二人を見据える。
それは殆ど睨むといってもいい、厳しい眼光であったが、やがてつい、と
視線を逸らすと、美汐はつまらなそうに言葉を紡ぎはじめた。

「……では、状況を整理してさしあげましょうか。
 後ろで話を聞いていただけの私でも理解できる程度のことですけど。
 まずあなたは、」

と雄二を指差すと、

「あちらの別棟で一人、眠っていた。間違いありませんね?」

突然の指名に戸惑う雄二だったが、勢いに呑まれたのか素直に頷いてしまう。
そんな雄二の態度を気にも留めず、美汐はそのまま指をマルチへと向ける。

「次にあなたは……あちらの棟で休んでいたのですか?」
「いえ、わたしは充電をしていたんですが……」

その言葉に、少し目を見開く美汐。

「……メイドロボの方でしたか。制服を着ていたので……まあ、それはいいでしょう。
 とにかく、あなたは充電をしていた。
 それはどのくらいの時間がかかるものなのですか?」
「ええと、通常は一時間程度の充電で丸一日くらい稼動できるように
 設計されているんですけど……」
「その間、周囲の状況を認識することは?」
「いえ、人間の方でいうと眠ってしまっているような状態ですので、ちょっと……」
「そうですか。……それでは、最後のあなた」

と、瑠璃子を見やる美汐。

「あなたは、この方……」

横たわる沙織をちらりと見ると、

「この方の様子を見に行った」
「……新城さんだよ。心配だったからね」
「それは、」
「ついさっきだよ」
「……お話が早くて助かります」

即答する瑠璃子に、美汐は目を細める。

「では、こちらのメイドロボの方が眠っている間は、何を?」
「マルチちゃん、ね。退屈だったから、私もうとうとしていたよ」
「なるほど。……もう、よろしいですか?」

言うや、身を翻そうとする美汐。
慌ててその背に声をかける雄二たち。

「ちょ、ちょっと待てよ! なにがよろしいですか、だ!
 何もよろしくねえよ!」
「あ、天野さん、わたしにも何がなんだか……」

だが、瑠璃子は一人、冷静な声で呟く。

「天野さんはこう言いたいんだよ。
 ―――新城さんを殺すチャンスなんていくらでもあった、ってね」

瑠璃子の声に、雄二が驚いて振り返る。
美汐も立ち止まり、首だけを振り向かせて言う。

「そうですよ。いわゆるアリバイ、そんなものがあるのはメイドロボの方、
 ……マルチさんだけじゃないですか。
 他のお二方には充分な機会があった」

つまらなそうな目のまま、美汐は続ける。

「この部屋にも鍵が掛かっていたわけではないんですよね?
 率直に言って、この状況のどこに自殺と断定する要素があるのか、
 私には皆目見当がつきません。……それでは」
「お……おい!」

今度こそ歩き出す美汐。
雄二の声にも振り返ろうとすらしない。

「おい、ちょっと待てよ……おい! 
 ……畜生、黙って聞いてりゃ言いたいことだけ言いやがって……!」
「でも、言うことには一理あったね」

その言葉に、雄二がぎろりと瑠璃子を睨んだ。

「……おい、月島」

その声は、ひどく重苦しく、湿っていた。
異様な雰囲気に、慌てて二人の間に割って入ろうとするマルチ。

「ゆ、雄二さん……ひゃあっ!?」

しかし雄二はそんなマルチを片手で突き飛ばすと、瑠璃子へと詰め寄る。

「あいつは言ってたよな……?
 俺たちにはアリバイが無い。……で、俺は新城をやったりしない」

言いながら、瑠璃子の襟首を掴む雄二。

「正直に言えよ……お前、マルチが充電してる間、本当に部屋にいたのか!?」
「……向坂君は、私が新城さんを殺した、って言いたいのかな」

恐れる気配も無く雄二を見返す瑠璃子。
どこか濁ったような色の瞳に間近で睨まれ、雄二はたじろぐ。
だが、そんな自分を鼓舞するように口を開くと、叫ぶ雄二。

「お前しかいないだろうがッ! マルチは見てない、俺は寝てた!
 いつでもここに来られたのはお前だけだろッ!」

応じるように、瑠璃子も静かに口を開く。

「……随分と勝手な物言いだね」
「何だとッ!?」
「……その言葉をそのまま返してあげたいよ」

斬りつけるような言葉のやり取りは、天井を知らない。
足元に横たわる沙織の遺体と、立ち込める濃密な血の匂いが、
雄二に残った最後の冷静さを奪い去っていく。

「……俺がやったって言いたいのかよ……!」
「そういう風にも、取れるのかもしれないね」
「てめえ……ッ!」

鈍い音。
マルチが目を覆う。
向坂雄二が、生涯で初めて女性に手を上げた瞬間だった。

「……」

見る見るうちに赤く腫れ上がる頬を押さえようともせず、
濁った瞳で雄二を睨みつける瑠璃子。
口の中を切ったのか、唇の端から一筋の血が垂れている。

「っだよ、その目は……!」

二度、三度。
箍が外れたように、雄二が拳を振るう。

「やめ、やめて、……やめて……ください……」

マルチの涙声は、雄二の耳には届かない。

だがその代わりとでもいうように、雄二の背にかけられる声があった。

「……何をしているんですか、あなたは」

静かな、しかし頭から冷水を浴びせかけるような声音に、雄二が
どろりとした瞳で振り向く。

「……んだよ、止めにでも来やがったのか……?
 てめえにはもう関係ねえ、消えろよ……」

低い、どこか不安定な調子の声にも、美汐は動じない。

「ええまあ、どうでもいいんですけどね。
 一つ言い忘れていたことがあったのを思い出しまして」

三対の視線を浴びながら、美汐は淡々と続ける。

「ええ、少なくとも私なら、明らかに自分がやったと言われるような状況で
 人を殺したりはしません。そんなものは狂気の沙汰です。
 ……ですから、あなたと、そこのあなた」

雄二と、襟を掴まれたままの瑠璃子を見て、

「あなた方が正気なら、お二人のどちらかが犯人ということは、まぁ、
 可能性としては低いと言えるんじゃないでしょうか。
 ……で、何をしてらしたんですか、一体?」

冷淡な声と視線に、雄二が思わず瑠璃子の襟から手を離す。
膝から倒れこむ瑠璃子。マルチが慌てて駆け寄る。

「俺……俺は……」

右へ、左へと小刻みに視線を動かす雄二には最早一切の興味を払わず、
美汐は呟く。その目は部屋の中央に倒れ伏す沙織の遺骸を眺めていた。

「……自殺、やはり自殺なのかもしれませんね。それとも、全然関係ない誰かが
 突然忍び込んできて、凶行に及んだのかもしれません」

答えの返らない呟きは、暗い部屋へと消えていく。

「どっちだっていいんですけどね……。
 いえ、どうでもいいと言うべきですか……」

深い溜息をつくと、美汐はもう一度だけ部屋の全体を見渡して踵を返した。

「私はもう戻りますけど……いい加減真夜中なんですから、
 静かにしてくださいね」

ぱたん、と扉の閉まる音。
暗い、暗い部屋の中に残された三人に、言葉は無かった。




 【場所:I−6】
 【時間:二日目2:30頃】
向坂雄二
 【所持品:死神のノート(ただし雄二たちは普通のノートと思いこんでいる)、ほか支給品一式】
 【状態:自失】
マルチ
 【所持品:支給品一式】
 【状態:恐怖】
月島瑠璃子
 【所持品:ベレッタ トムキャット(残弾数7/7)※、ほか支給品一式】
 【状態:頬に殴られた痕】
天野美汐
 【所持品:様々なボードゲーム・支給品一式】
 【状態:普通】

※355b経由のルートでは
月島瑠璃子
 【所持品:ベレッタ トムキャット(残弾数0/7)、ほか支給品一式】
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