無くした面影




郁乃と七海の襲撃に失敗し、柚原春夏は憔悴しながらただ駆けていた。
あたりはすっかり闇に染まり、空に光る星々が薄く彼女を照らしている。
主催者から告げられたタイムリミットは無慈悲にも止まることはなく刻まれていた。
だがいまだに目的はただの一人も果たせていない。
そして今この瞬間このみが安全である保証も無いのだ。
その表情にはかつての彼女の面影などはなく、愛娘とそして自分を救うために生贄を求め彷徨い続けていた。

そんな折、前方から何やら声が聞こえてきた。
春夏は逸る足をピタリと止める。
こんな時に大声で話しているなど、よほど危機感が無いのかと呆れながらも近くの木に身を潜めた。
暗くてよく見えないが制服を着た一組のカップル。
そして男のほうは背中にもう一人男を背負っていた。
仲睦まじく、笑いながら語り合うそのカップルを見て春夏の心は理不尽な怒りで覆われた。
本当だったら、普段どおりに朝起きて、タカくんがこのみを迎えに来て、二人で登校するのを見送り、帰って来たこのみの笑顔を見る。
たったそれだけの些細な幸せがずっと続くはずだったのに、こんな意味のわからない殺し合いを強制させられて。
このみはずっと震えているのかもしれないのに、彼らは何だ?
デザードイーグルを握る手に力が篭った。
だが、もしかしたらと言う可能性も捨て切れなかった。
怒りを必死にかみ殺し、春夏は覚悟を決めて二人の前に身を晒した。

「――すみません」
いきなり目の前に現れた女性に、浩平と留美は思わず身構えた。
手に持つ銃の姿に、留美のP-90を持つ手が震える。
だが二人の緊張とは裏腹に、春夏は助けを求めるような表情で「娘を探しているんです」と告げた。
同時に容貌や特徴などを聞かされ、その必死さに他人事ではなく感じた二人は警戒を少し解き耳を傾ける。
残念ながら心当たりはなかった旨を伝えると春夏は「そうですか……」とポツリとつぶやきゆっくりと銃を二人に向けた。



何かを考えたわけではない。
反射的に浩平の身体は地面を飛んでいた。
その瞬間、今まで自分がいた場所を弾丸が通過して行った。
留美へと向かって体当たりをする形で倒れこみ、留美の手からP-90が転げ落ちた。
また、その反動で冬弥の身体が浩平の背中からドサッと落ちる。
浩平は衝撃に身体に痛みが走るのも気にせず、留美を抱えこんだままゴロゴロと転がる。
その後を追う様にまた銃弾が何発も打ち込まれた。
カチッカチッ。
デザートイーグルの弾が切れ音だけがその場に響く。
春夏は恨めしそうにそれを捨て去ると、荒い息を抑えようとせずバックからナイフを取り出した。
「なにすんだよっ!」
弾が発射されないのを確認すると、ヨロヨロと立ち上がりながら浩平は春夏を睨んで叫んでいた。
その剣幕にも怯まず、春夏は浩平を悲しげに睨み
「このみのために……死んで!」
そう言ってナイフを逆手に握ると大地を蹴った。

――ナイフが浩平の身体に届くことはなかった。
春夏の叫びと共に響いた一発の銃声。
浩平と留美の目に映ったのは、額から血を吹き出しゆっくりと大地に崩れ落ちて春夏の姿と
その後ろでP-90を抱え、自身で撃った春夏を冷たい目で見下ろす冬弥の姿だった。
「おまっ……」
浩平が叫ぼうとした直後、P-30の銃口が浩平に向けられる。
「藤井さん止めてっ!」
トリガーに伸びた指がピクリと動くと、冬弥は呼びかけられた声に銃を下ろし留美のほうをゆっくりと見つめた。
「なんで、撃ったの……」
尋ねる留美の声は震えていた。
聞かなくても答えは予想できていたにも関らず、自分からそう尋ねてしまっていた。
「こんなくだらない殺し合いに乗った奴がいるから、理奈ちゃんは……はるかは……」
繭のことを思い出し、留美の心がチクリと痛んだ。
「お前だって乗ってるんじゃないのか!?」

浩平は留美を庇うように前に立つと、冬弥に向かって叫んでいた。
「結果的には助けてやったってのに酷い言われようだな」
困ったような、呆れたような、どちらとも取れる顔で冬弥は溜め息をついた。
「何も殺さなくたって良いじゃないか!結果的にって話なら殺した時点でお前も同類だろうがよっ!!」
「っ、浩平!!」
浩平の言葉に、留美は反射的に浩平の頬を叩いていた。
思わぬ方向からの攻撃に、叩かれた頬を押さえながら浩平は固まってしまった。
「……言いすぎだよ」
反射的に出た手を見て後悔の念にとらわれ留美は謝りながらも、冬弥のほうに振り返る。
「でも……藤井さん。浩平の言うとおりだよ。殺さなくったって……」
数時間前まで一緒に笑っていた人の変貌に、留美は自然と涙を流していた。
冬弥はその問いには答えず
「良かった七瀬さん、探してる人には会えたんだね」
そう言って静かに笑った。
さっきまで見ていた笑顔。だがそれはもうどこか遠く儚げだった。
だから「俺は由綺を探しに行く」と告げた冬弥に、留美は叫んでしまっていた。
留美の言おうとしてることに気付いた浩平が止める間もないほどに……。

「嘘だろ……」
冬弥に突きつけられた事実。
守りたかったもの。
守れなかったもの。
由綺と過ごした時間。
これから過ごすはずだった時間。
考えること全てが激流に飲み込まれていくように脳裏を流れては一瞬で消えていった。
くすぶる感情は、怒りと悲しみ。
ただそれだけを胸に銃を握る手を強める。
「おい」
浩平は冬弥の眼前へと立ちはだかる。
「止めろよ、馬鹿げたこと考えるの」

「馬鹿げたこと?」
冬弥の顔に明らかに敵意と見られる表情が浮かんだ。
「あぁそうだ、そんなこれから俺は殺した奴に復讐しに行きますって顔しやがって」
「そのつもりだ」
「だからそれが馬鹿げてるって言ってんだよ!」
浩平の言葉に冬弥は浩平の胸倉を掴み、その顔面を殴りつけていた。
「それじゃお前ならどうする、今俺がこの場で七瀬さんを殺したとしたら」
その言葉と同時に銃口は留美に向けられ、そして弾が放たれていた。
だが意図的に外された照準は留美に当たることは無く、星空へと消えていった。
「てめえぇぇぇぇっ!!」
激情した浩平の拳が冬弥に襲い掛かるも、冬弥はそれを避けようともせず顔面で受け止めた。
「そう言うことだ……」
冬弥はどこか満足そうに笑うとP-90を振り上げ浩平の首下に叩き落した。
その衝撃に浩平の意識は遠く闇へと落ちていった。

冬弥は気絶した浩平を、呆然とへたりこむ七瀬に手渡す。
その怯えた顔を見てすまなそうに顔をしかめ、頭をそっとなでながら一言だけ「ごめん」と告げ、
今まで来た道を戻るように鎌石村へのほうへと向かって歩いていった。
留美の脳裏に浮かぶのは一緒に歩いた冬弥の優しい笑顔。
「いやだよ……いやだよ藤井さん!」
だが今はもうそのかけらすら残っていない冬弥の後姿を見て、引き止める言葉も届かず、涙だけが溢れ出て留美の心を濡らしていた。




藤井冬弥
 【持ち物:P-90 支給品一式】
 【状況:由綺(・理奈・はるか)を殺した人間への復讐】
七瀬留美
 【所持品:H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、ノートパソコン、支給品一式】
 【状態:号泣】
折原浩平
 【所持品:だんご大家族(残り100人)、日本酒(残りおよそ3分の2)、包丁、ほか支給品一式】
 【状態:気絶】
柚原春夏
 【状況:死亡】


共通
【時間:E-8】
【場所:1日目23:30頃】
【関連:→243 →337 のB10関連のルート】
【備考1:春夏のバック、弾切れのデザートイーグル、34徳ナイフはその辺に落ちてます】
【備考2:春夏のバックの中には要塞開錠用IDカード・武器庫用鍵・要塞見取り図】
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