彼の代わりに




「ん………」
私はソファーの上で目を覚ました。全身がなんだか酷くだるい。

「よう、目が覚めたか?」
「凄いぐっすり寝てたね……大丈夫?」
声をかけられた方を振り向くと、男の子と女の子が立っていた。
男の子は何となく雰囲気が朋也に似ているかもしれない。
女の子は金髪の子だった。

「……あなた達誰?敵じゃなさそうだけど…」
「ああ、そういえばまだ自己紹介していなかったな。俺は相沢祐一だ」
目の前の男の子は割と落ち着いた様子でそう言っていた。
「み、観鈴です。苗字は神尾です…よろしくお願いします」
それとは対照的に、女の子の方は緊張した様子だった。
なんだか、ことみと知り合った時を思い出すわね…。
あの子と同じように、人付き合いに慣れていない子なのかもしれない。
「あたし杏。藤林杏。それと観鈴、敬語なんて使わなくて良いわよ」
「う、うん、分かった」
無駄に気を遣ったやり取りは好きじゃなかった。
やっぱ、自然に話した方が楽しいしね。

「さて、まずは何で私がこんな所で寝ているのか説明して貰えない?」
杏の言葉に、祐一も観鈴も一瞬固まった。
「…杏さん、何があったのか覚えてないの?」
「残念ながらさっぱりね…、気付いたらここで寝ていたわ」

祐一と観鈴は顔を見合わせていた。
観鈴が何か喋ろうとしたが、祐一が手でそれを制した。
「が、がお…」
「観鈴……、俺に説明させてくれ」

そして祐一はこれまでの経緯を杏に説明した。

杏が女顔の少年に襲撃されていた所を助けた事、その後に杏が疲れて寝てしまった事。18時にあった放送の内容。
向坂環が仲間になった事、観鈴の母がゲームに乗っているという事、銃を構えた女が襲撃してきて英二がその女を撃った事、
今はその女は応急処置済みで別の場所で休ませている事。
女顔の少年との戦いの詳細と、そしてその少年を杏が殺してしまい、錯乱した事は上手く誤魔化して説明した。
その事実を教えれば再び錯乱しかねないと考えたからだ。


説明を受けて、私は大体の状況は把握した。だが、おかしい。
襲撃された時の記憶が全く無い。なんでそんな大事な事を忘れてしまったんだろう。
祐一も何故か曖昧な説明しかしてくれないし……。でも、まずは礼を言わないとね。
「そうだったんだ……、遅くなったけど礼を言うわ。助けてくれてありがとう、それと忘れてしまってて、ごめん」
「いいって。大体俺一人じゃ何も出来なかったしな」
そう言って、祐一は鼻の頭を指で掻いた。照れているんだろう。
やっぱり雰囲気が朋也に似ている。口の悪くない朋也、といった所ね。
アイツも無事だと良いんだけど……。

「それにしても観鈴、大変ね……。お母さんがゲームに乗ってしまっているなんてね」
「うん……、でもきっと、何か理由があると思う」
「私もこのゲームに妹が参加しているのよ……椋、無事かしら……」
妹はちょっとトロい所があるから心配だった。多分、凄い怯えていると思う。

「勝平さん辺りと合流してくれてれば大丈夫だと思うけど……って、あれ?私勝平さんと会ったような気が…」
祐一と観鈴が息を飲んだような気がした。それから記憶が少しずつ戻ってきた。
それは嫌な記憶だったけど、とにかく記憶は戻り始めていた。

「そっか私、勝平さんに襲われたんだ……。それから……」
それからどうなったんだろう。確か、最初に金髪の少年が助けにきてくれたはずだ。
その後駆けつけてくれたのが、祐一と観鈴……。
でも勝平さんは強くて、祐一と金髪の少年の二人掛かりでもやられていた。
そこに大人の男の人がきてくれて、それから確か……。
そこで、全ての記憶が戻った。
下半身だけになった勝平さんの姿が脳裏に浮かび、少し吐き気がした。


「私……、勝平さんを殺しちゃったんだ………」

正当防衛や偶然と自分に言い聞かせようとしたが、駄目だった。
どんな理由があれ事実は事実だ。
「妹の…恋人を……、この手で………」
18時に放送があったと言っていた。なら、椋も勝平さんが死んだ事を知っているだろう。
妹の悲しむ姿が容易に想像出来る。ずっと私が守ってきた妹。
今は逆に、私が妹を悲しませてしまっている。取り返しのつかないほどに。
「私……、どうすればいいの……」
目から涙があふれてくる。どうしよう。どうすればいいのか分からない。
私は人を殺してしまった。それも、妹の一番大事な人を殺してしまった。
きっと、それは死んでも許される事の無い罪。
償いようの無い罪。もう、何も考えられない――

そんな時後ろから、抱きつかれた。
観鈴だった。彼女も私同様、涙を流していた。
「み…すず…?」
「……あんまり、自分を責めないで……」
「なんで…あんたまで、泣いてるの?」
「杏さん、凄い辛そうだったから……」
「………」
なんで、この子は出会って間もない私の為に泣いてくれるんだろう。
なんでだろう。この子にこうして貰っていると、不思議と心が落ち着いてくる。
凄い暖かい。安心できる暖かさだ。
まるでお母さんに抱かれているような感じがする。

私が落ち着いたのを見計らって、祐一が声を掛けてきた。
「杏……確かにお前は人を殺したけど、同時に人の命も救ったんだ。
あの時お前が助けてくれなかったら、俺はきっと死んでたからな」
確かに……それはそうかもしれない。
それで勝平さんを殺した事が許される訳じゃないけれど…、それでも誰かの命を救えたなら、少し救われた気分になる。

「それに、俺も人を殺したけど……、その事を嘆いてるだけじゃ駄目だと思うんだ」
「え……」
「お前と同じで、誰かを救う為にやったんだ。それでも、理由がどうあれ人を殺した事には変わりは無い」
「…………」
「だから俺達は、殺してしまった相手の分も生きなくちゃいけない。」
「…それで、罪が許されるっていうの?」
「許される事は無いさ…人一人の人生を奪ったんだから……。
でも、殺した相手の事を背負って生き続ける事が人の命の奪った者の責任だと思う」
「厳しいのね……、でも、これから何をすべきか見えてきたわ。ありがとう」

私が今すべき事……、それは本来勝平さんがすべきだった事。
つまり、椋を探し出し守る事。あの子は私を許してはくれないだろうけど、それでも絶対に守りたい。
勝平さんも正気の状態だったなら、きっとそれを望んでくれると思う。
やるべき事が決まれば、途端に全身のだるさが取れた感じがした。
精神状態は肉体に大きな影響を及ぼすって、本当だったのね。

「観鈴……あんたもありがとうね。」
私はまだ自分に抱きついてる観鈴に礼を言った。
「にはは……、元気になったみたいで、良かった」
観鈴はまだ目に涙を溜めていたけど、笑顔を作ってくれた。
やばい、この子可愛いかも……。いや、私に変な趣味はないわよ?
でも、女の私から見ても純粋に可愛い。ちょっといたずらしてみたくなった。


――杏は突然観鈴を抱いて、無理やり色んな所を調べ始めた。
「〜〜〜〜!?」
観鈴は必死にじたばたしたが、無駄な抵抗だった。
「へぇ、観鈴は子供っぽいのつけてるんだね」
「〜〜〜〜!!!〜〜〜!?」
「ついでに上も調べてみよっと」
「〜〜〜〜!?〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?!?〜〜〜!〜〜〜!??!!」
「上は、私と同じくらいかな」

一通り調べ終えて満足したのか、杏は観鈴を解放した。

「お前……、そっちの趣味があったのか?」
祐一は怪訝な目で杏を見ていた。
「あ?なんか言った?」
ドスの聞いた声とともに、杏の表情が一瞬険しくなった。
その時の眼光は鋭く、祐一は寒気を感じた。
「い、いや、何でもない」
杏は祐一の周りにいないタイプの女の子だった。
怒らせたら怖い、というレベルではない。怒らせたら命が危ないかもしれない。
祐一は本能で身の危険を察知し、すぐに引き下がっていた。

「が、がお……、もうお嫁にいけない……」
一方で、観鈴はすっかり涙目になっていた。
「もう、あんた達何言ってんのよ……、これくらい友達同士の普通のスキンシップじゃない」
「え……友達?」
観鈴は呆気にとられた表情をしている。
「そうよ。それとも私が友達じゃ、不満?」
「う、ううん!そんな事ないよ!」
「うん、それじゃあよろしく」
そう言って杏は笑顔で手を差し出した。
観鈴も杏の意図を理解し、二人は握手していた。

しかし、杏はすぐに少し考え込むような仕草を見せた。
「…杏さん、どうしたの?」
「友達になったばかりで残念だけど、私そろそろ出発しないといけないわ」
「「え!?」」
祐一と観鈴が同時に驚きの声をあげていた。
「なんでだ?一緒に行動すれば良いじゃないか」
「うん、そうだよ……私、杏さんと一緒にいたいな」
制止しようとする祐一達。
しかし、杏は強い意志を籠めて口を開いた。

「私が今すべき事は、妹に謝る事、そして妹を守る事だから……、ここに留まってるわけにはいかないわ」
その表情は真剣そのもので、一目でその決意の固さが読み取れた。
その様子を見たら、祐一達はもう諦めるしかなかった。

「分かった……、大変だろうけど頑張れよ。」
「ええ、何とかしてみせるわ。あんた達も死んじゃ駄目よ」
「勿論そのつもりだよ……、自信があるわけじゃ無いけどな」
そう言って祐一は苦笑いした。

杏が別行動を取ると知った観鈴は、涙目になっていた。
それに気付いた杏が声を掛けた。
「観鈴、泣いちゃ駄目よ」
「杏さん……」
今はこんな過酷な状況下だった。再び生きて会える保障はどこにもなかった。
それでも杏は、笑顔だった。
「きっとまた会えるわよ。今度は私の妹も一緒にね」
そうして杏は観鈴に近付き、彼女の頭を撫でていた。
「それじゃ私、行くわね。また会いましょう。ほらボタン、行くわよ!」
「ぷひぷひ〜」
杏がボタンの目の前で指をパチンと鳴らすと、ボタンの人形化が解けた。
杏は走り寄ってきたボタンを胸に抱いた。
「杏さん……絶対に、また会おうね」
観鈴は何とか笑顔を作り、そう言っていた。
杏はもう何も言わずに笑顔で手を振り、そのまま分署を後にした。

こうして彼女は強い決意と共に歩き出した。




相沢祐一
【時間:21:00】
【場所:鎌石村消防署(C-05)】
【持ち物:なし】
【状態:体のあちこちに痛み】

神尾観鈴
【時間:21:00】
【場所:鎌石村消防署(C-05)】
【持ち物:フラッシュメモリ、支給品一式】
【状態:疲労はあるものの外傷等はなし】

藤林杏
【時間:21:30】
【場所:C-6鎌石村消防分署のすぐ傍】
【持ち物:包丁、辞書×3(英和、和英、国語)、支給品一式】
【状態:決意、目標は妹との再会】

ボタン
【状態:杏に同行。】
※杏の荷物は消防分署に置き去りにした荷物を回収
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