天から来るもの




「ほぉ……もっかい、言うてんか」
「観鈴、そなたの母は血の巡りが悪いのか……?」
(にはは……いきなり言っても、普通はついてこられないと思う)

額に見事な青筋を浮き上がらせているのは神尾晴子。
向かい合っているのは翼人の少女・神奈だった。

「であるからの、余はそなたの娘に宿っておった者だ。
 そして余は急いでおる。今すぐ幸せな記憶を作れ」
(うわ、さっきより短くなってる……)
「……よっくわかったわ……」

震える声で言うと、晴子はおもむろに右手のM16を神奈へと向ける。

「……最後にもう一度だけ聞くで。
 素っ裸で空から降ってきたと思ったら怪しげな力であっちゅー間に二人始末した、
 背中にけったいな羽つけとる自分は、どこのどちらさんやって?」
「観鈴……余はこの者に少し躾をしてやりたくなってきたのだが」
(にはは……がまん、がまん……)

観鈴に話しかけるその声は、霊体である観鈴の見えない晴子にとってみれば、
不気味な独り言でしかない。
とうとう晴子の堪忍袋の緒が切れた。

「観鈴観鈴うっさいんじゃボケ!
 居場所知っとんのやったらさっさと案内せぇ!
 それともいっぺん蜂の巣なってみるか!?」

晴子の激昂に、神奈の顔から表情が消える。

「ほぅ、面白い冗談を……そのような童の玩具程度で、この身に
 どう害を為すというのだ……?」
(が、がお……幸せな思い出……)
「黙れ観鈴、そなたの母の馬鹿は叩かねば治らん。叩いて治ったら、
 その後で存分に思い出を作ればよかろう」
(すごいこと言ってる……)
「じゃかましい、死にさらせボケェ!」

売り言葉に買い言葉でスイッチの入った晴子は止まらない。
躊躇無くM16のトリガーを引く。
射出された弾丸はしかし、一発として神奈の身体を貫くことはなかった。

「た、弾が……止まっとる……?」
「ふん、驚くにはまだ早いわ。少し夢でも見て頭を冷やせ」

たちまち涌き出る黒い瘴気。

(が、がお……お母さん、どうなっちゃうの……?)
「心配は要らん、先程と違って手加減しておるわ。
 何刻かすれば目を覚ますであろ」


言葉どおり、数時間が経過した。


「ふむ、余の仕掛けたことながら、退屈だの……」
(にはは、夕陽の沈む海、きれいだった)
「今宵は満天の星明り……と言いたいが、少し雲が出てきたようだな……」

硬直したままの晴子の傍らで物見遊山と洒落込む二人。
と、その時。
数時間もの間、身動き一つ取らなかった晴子の指が、ぴくりと動いた。

「お、そろそろかの」
(にはは、お母さんカップラーメンみたい)

指の震えは見る間に晴子の全身に広がり、見開かれたままの瞳に光が戻りはじめる。
最後にびくん、と大きく身を震わせると、晴子はそのまま動きを止めた。

(お、お母さん……? だいじょう、)

がばり、と。
観鈴の恐る恐る、といった様子の呟きが最後まで放たれるよりも一瞬早く、
晴子が顔を上げた。同時に響く、大音声。

「っかぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
 なんでおのれと結婚せにゃならんのじゃ、ボケェーーーーーーーー!
 りゅうおう倒した英雄様の言うことが聞けんのかおどれら!!」
(ど、どんな夢をみてたのかな……)
「余とそなたが、如何にしてこのような身の上となったのかを少し絵物語風に
 見せてやっただけなのだが……」
(にはは……ぜんぜん違う)
「そなたの母は一筋縄では行かぬようだな……」

ひとしきり叫んでいた晴子だったが、ふと声を収めると、目の前に立つ
神奈へと視線を移した。
まだ微かに警戒の色はあるものの、その目に先程までのような険悪な様子はなかった。

「……ま、自分の言いたいことは大体わかったわ」
「まるで伝わっていないような気もするが、まぁ暴れなければそれでよい」
(お母さん、ちょっと頭悪い犬みたいに言われてる……)
「似たようなものだ」
「何や? 観鈴がなんか言うとんのか」
「益体も無いことだ。……ふむ、ここにそなたの娘がいるということだけは
 どうにか伝わっておるようだな」

神奈のトゲのある言葉に眉をひそめる晴子。

「だからわかった言うてるやろ。
 観鈴のこと喰いよったバカ虎、バラしてくれてありがとうな。
 ……ほなら、楽しい思い出作ったるさかいに、観鈴返してや」
「無理だ」

神奈の言葉はにべもない。

「……」
「……」

しばしの無言。
崖に打ち寄せる波音だけが辺りを包む。
先に口を開いたのは晴子だった。

「……何やて?」
「であるから、無理だと言ったのだ。そなたの娘はもうとうに死んでおる」
「やから、生き返らせてや。ちょちょいっと」

ちょちょいっと、と指で卑猥な仕草をする晴子。
そんな晴子を、神奈は冷たい目で見据える。

「滅多なことを言うな。世に無茶は数あれど、それは余にできる無茶を超えておる」
「ちょ、ちょっと待たんかい! そしたら観鈴、観鈴はどないなるんや!?」
「それはもちろん、既に死んでおる身だからの。土に還ることになる。
 さ、今すぐ幸せな記憶を作るがいい」
「自分アホぬかしなや! 観鈴死んどって何が幸せや! 何とかせえボケ!」
「何とかと言われても、こればかりはな……」

激昂する晴子。
思案気に腕を組む神奈。

「観鈴は既に魂だけの身……肉は既に使い物にならん。
 あんなものに戻したら、それこそ取り返しがつかなくなるだけだからの……」
(が、がお……グロ画像……)

人食い虎に捕食された自身の肉体を想像して胸を悪くする観鈴。
生き返れないという事実そのものはあまり気にしていない。

「せめて魂を込められる器のようなものがあれば、話は別なのだがな……。
 そのような都合のいいものが、そうそう転がっているはずも……」

答えは、空から降ってきた。

『―――その務め、私が承りましょう』

暴風を巻き起こし、降りてきたのは輝く白い巨体。

「な……今度は何やっちゅうねん……!」
(にはは、またアニメみたいなのが出てきた)
「む……そなた、その翼は……」

神奈の呟きに、地響きを立てて降り立った白い機体が応じる。

『我が名はウルトリィ―――』

白い翼を持つ機体は、そう名乗った。




【時間:2日目午前1時】 【場所:H−3】
神奈: 【持ち物:ライフル銃】 【状況:すわ、同族かっ/にはは、美人のロボットさん】
神尾晴子: 【持ち物:M16】 【状況:引き続き呆然】
アヴ・ウルトリィ: 【状況:全数値適正】
-


BACK