闘争の始まり




何者かの気配を感じ、振り向いた源蔵の目に映ったのは、彼が仕える来栖川家の人間―――来栖川綾香の姿であった。
「綾香お嬢様!ご無事で何よりです」
「ええ、あなたこそ無事で良かったわ。」
いくら身体能力や格闘技術に優れる二人とはいえ、
強力な武器も出回っているこのゲームではいつ命を落とすかは分からない。
お互いの無事を確認出来、まずは安堵する。
「しかし、とんでもない事に巻き込まれたものですな……」
「ええ、全く冗談じゃないわ。こんな怪我まで負わされたしね」
綾香はそう悪態をつくと、服の袖を捲り、怪我をした腕をダニエルに見せた。
源蔵はその傷口をまじまじと観察した。
「これは……傷は浅いですが、念のため消毒をした方が良いかも知れませんな」
「確かにね。でも私消毒液なんて持ってないわよ」
「では、村に向かうしかありませんな」
「でも、村は人が集まるから危険よ?私のこの怪我も村で襲われた時に負ったものだしね」
「ご心配なさるな……このダニエルがいる限り、綾香お嬢様には指一本触れさせませんわ!」
ダニエルは高笑いしながらそう口にしていた。
「ありがとう。さすが、頼りになるわね。それじゃ行きましょうか」
綾香は微笑みながらそう言った。
そうして彼らは平瀬村へと向かって歩き出した。
幸運な事にその道中で誰かに出会う事はなかった。


そして今は源蔵は平瀬村の民家の中で消毒液を探していた。
「うーむ、ここらへんにありそうなんじゃが……」
「ねえダニエル、私も手伝おうか?」
「いえ、滅相も無い!綾香お嬢様はそのままご休憩なさってくだされ」
そう言い、源蔵は消毒液の探索を再開した。


源蔵はある疑問を持ち始めていた。本来なら消毒液はすぐに見つけられるはずであった。
しかし、この民家は普通の一般家庭とは配置が明らかに違う。
例えば、普通の家庭なら冷蔵庫は台所の傍においている筈である。
しかし、この家は冷蔵庫と台所が離れた位置にあった。
このような配置で生活するのは、どう考えても不便である。

人が生活するように整備されていない家………きっとこのゲームの為に建てられた家。
恐らくは、この島全体がこの狂気のゲームの為に主催者が準備した島であろう。
彼はそう推理していた。

(一つの島をこのゲームの為だけに準備出来る権力者………一体何者なんじゃ?)
名簿を見れば、来栖川家の他にも倉田家の娘や篁財閥の総帥など、数々の名家の者達が参加させられている。
それだけの者達を手玉にとれるほどの実力者………一体誰なのか、想像もつかない。

そんな時、綾香が呆れ顔で歩いてきた。
「ダニエル、手こずってるようね……。やっぱり手伝おっか?」
「も、申し訳ございませぬ!すぐに見つけてご覧にいれます!」

これ以上綾香を待たせるわけには行かない。
ダニエルは余計な思考を中断し、慌てて消毒液探しに専念し始めた。

「む……これか?」
ほどなくして、ダニエルは救急箱を探し当てた。
中を見てみると、消毒液も入っていた。
「綾香様、お待たせいたしました。それでは早速、消毒を…」
そう言って振り返ったダニエルの眉間に、何か硬い物が触れた。
源蔵の目が見開かれる。
「綾香お嬢様!?」
「今までありがとう……じゃあね」


ダァァン!

一発の銃声が鳴り響き、ダニエルの視界は暗転した。
身に纏った防弾チョッキも、頭部への攻撃に対しては無意味であった。

「あ〜あ、殺れちゃったわね……。これで、もう道は決まったわね」


来栖川綾香は先程まで葛藤していた。
彼女の目標は復讐であった。しかし、冷静になって気付いた事があった。
自分を謀ったあの女の知人を全て殺す……、それはその者達の知人に、復讐の対象にされるという事である。
それに、自分が復讐の為に殺人を犯したという事実が知られれば他の者達にも信用されないだろう。
故に、誰かと協力してゲームから脱出するという事は不可能になる。
復讐を行なえば、自分が生き残る道はこのゲームに勝利する以外になくなるだろう。

確かにあの女は許せない。それは絶対にだ。何しろ、自分のプライドを粉々に打ち砕いてくれたのだから。
それに、綾香はこのゲームで生き残る自信もあった。
自分は身体能力も優れているし、拳銃も持っている。
何よりエクストリームチャンピオンの自分が、こと闘争において誰かに遅れをとるとは思えなかった。
だが、一つ問題がある。このゲームは勝者は一人だけである。
つまり、姉、そして藤田浩之もいつかは殺さなければならない。
自分は彼らを殺せるのだろうか?それだけは、自信が無かった。
それに、当然の事だが出来れば知人や身内は殺したくない。
出来れば彼らと一緒に脱出したい。

彼女の心は正と負の狭間で揺れ動いていた。
そんな時に現れたのがダニエルである。
彼と出会ったときに、彼女は自分を試してみる事にした。

自分の家の執事である彼を、容赦なく殺せるなら自分は勝利の為に躊躇せず戦える人間ということだ。
それに、彼をこの手で殺してしまったら、もう引き返せなくなる。

逆に、ここで彼を殺せないようなら姉や浩之と出会っても自分は何も出来ないだろう。
そのような甘い人間が復讐鬼になるなど馬鹿げた話だ。

「さて……じゃああのクソチビに地獄を見せてあげにいきましょうか」
綾香は源蔵の防弾チョッキと銃を回収した。
源蔵の目は見開かれたままだった。

そして彼女は民家を後にした。
目から何かがこみあげてきそうになったが、
それは何とか押さえ込んだ。
答えは出た。だから、もう引き返せない。

まずは安全な宿の確保、そして朝になったら闘争の始まりだ。
エクストリームとは違う、敗北=死、の闘争だ。
彼女は自分の闘争心を強引に高めていた。




【時間:1日目午後10時頃】
【場所:G−02】

長瀬源蔵(072)
【所持品:支給品一式】
【状態:死亡】

来栖川綾香(037)
【所持品:S&W M1076 残弾数(6/6)予備弾丸28・防弾チョッキ・トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・支給品一式】
【状態:興奮気味。腕を軽症(治療済み)。麻亜子と、それに関連する人物の殺害。ゲームに乗っている】
-


BACK