料理人




初音が泣き疲れて眠ってしまった後、有紀寧は祐介に話しかけた。
「あの、長瀬さん」
振り向いた祐介の顔には涙の痕が残っていた。有紀寧は心中で甘い人だ、と思いつつも遠慮がちに続けた。
「もしよろしければ…お夕飯を作ろうと思うのですが」
「有紀寧さんが? でも、いいのかい?」
「はい。長瀬さんも柏木さんも疲れていらっしゃるようですし…体力の回復も兼ねてしようと思うんです」
体力は常に保っておいた方がいい。それは有紀寧の偽らざる本心だった。それに、イザという時に動けないのでは「盾」としての意味が無い。
「分かったよ。それじゃ、お願いしていいかな? 手伝ってあげたいけど僕は料理はからっきしで」
ははは、と苦笑いする祐介。
「構いませんよ。料理は得意ですので。それでは…」
身を翻して台所へ向かいつつ、有紀寧はこれからの計画を立て始める。
(ここから、どうやって上手く展開していきましょうか…)
このゲームの本質は、いかに人を殺すかではなく、いかに自分が安全な位置に立てられるかということだ。
たとえ殺人能力に優れていようが、複数の人間による波状攻撃には勝てない。しかも単独による行動は常に自身の危機に晒されている。故に有紀寧は善人を装い人という「盾」の中に身を置く事でアドバンテージを得ようとしたのだ。
有紀寧の理想はリモコンで操った人間でゲームを加速させ、その裏で盾の中に身を隠しながら人数が減ってきたところで内側から殺す。
複数の人間で長く行動を取れば取るほど仲間に対する「安全感」が増し外部への「敵対心」が増す。内側から切り崩すのはたやすい。
(とはいえ、「盾」としてあの二人ではあまりにも頼りないですね…)
作る料理はピラフにすることにした。有紀寧の得意料理だ。材料を切りながら、どうせなら毒もあれば良かったのに、と有紀寧は思った。


(そういえば…柏木という人は複数人いましたよね)
名簿を思い出す。柏木姓の人間には先程死んだ楓を除き、確か梓、千鶴、耕一とかいう人がいたはずだ。となれば、この三人は無条件で味方という事になる。少なくともこの三人が死ぬまでは初音には生きていてもらおう。
祐介は…適当なところで死んでもらう他無い。
ピラフを炒める段階に入ったところで有紀寧は部屋の隅にとあるものを見つけた。
ノートパソコンだ。
「長瀬さん、部屋の隅にノートパソコンがあるようですけど…」
「ああ、それ? 僕はあまり機械に詳しくなくてね…とても使えそうにはなかったから持っていかなかったんだけど」
有紀寧もパソコンにはそれほど詳しくないが念のために調べておいた方がいいかもしれない。二人が寝静まった後に使うほうが良いだろう。
「そうなんですか…実はわたしもそれほど使ったことがなくて…二、三回インターネットをしたことがあるくらいなんです」
「はは…お互い機械オンチかな」
祐介が笑うのを、有紀寧も作り笑いで返しながら料理を続ける。ほどなくしてピラフが出来あがった。
「長瀬さん、出来あがりましたけど…柏木さんはどうしましょうか」
「いや、初音ちゃんはこのまま寝かせておこう。無理に起こすのも可哀想だしね」
まあ、寝ててもらっていたほうが都合はいい。有紀寧はコクリと頷いて二人分のピラフを皿に盛った。
「どうぞ。召しあがってください」
ありったけの笑顔で有紀寧はピラフを差し出した。
「ありがとう。すごく美味しそうだね…おっ、やっぱり美味い」
「ふふ、気に入ってもらえて光栄です」
そう、この調子でもっとわたしを信用してください。わたしを敵意のない、善良な人間という存在に、上手に仕立て上げてくださいね…
偽りのか弱さで、偽りの優しさで、自らを「料理」しながら、有紀寧はもう一度笑った。




『宮沢有紀寧 (108)』
【時間:1日目午後7時10分頃】
【場所:I−6上部、】
【持ち物:リモコン(5/6)・支給品一式・ゴルフクラブ】
【状態:前腕に軽症(治療済み)。強い駒を隷属させる。パソコンを後で調べる】

『長瀬祐介 (073)』
【時間:1日目午後7時10分頃】
【場所:I−6上部、】
【持ち物:コルト・パイソン(6/6) 残弾数(19/25)・支給品一式・包帯・消毒液】
【状態:目的は初音を守りつつ、彼女の姉を探す事】

『柏木初音 (021)』
【時間:1日目午後7時10分頃】
【場所:I−6上部、】
【持ち物:鋸・支給品一式】
【状態:眠っている。目的は祐介に同行し、姉を探す事】
-


BACK