「さて、どうしたものか……」 「その、ごめんなさい」 芳野祐介(118)は項垂れる長森瑞佳(074)の対処に酷く困っていた。 本来ならば公子を探すためにすぐさま飛んで行きたいところなのだが、腰が抜けている瑞佳を捨て置くことも出来ず。 だが、その時間も長くは続かなかった。 ガサリと、近くの茂みから何かが転がり出てきたからだ。 「な、なんだ……っ?」 「え……。これって―――」 目を凝らした瑞佳がそれの正体に気づいて声を上げようとするも――― 「っあ―――?」 「悪いけど、騒がないでくれるかな」 瑞佳の胸から唐突に生えた鋭い爪。何時の間にか、瑞佳の背後には柏木梓(017)が立ち塞がっていた。 貫いた爪先を勢いよく引き抜いて、ぐらつく瑞佳の身体を蹴り倒す。 「千鶴姉ぇ〜。さっそく一人片付けたから」 「これで三人目。順調ね……」 「お、お前ら……なんてことをっ」 現れた二人の女性に芳野は震え上がる。 顔色さえ変えることなく、そして何の躊躇もなく瑞佳を殺して除けたこともそうだが、在り得ぬほど伸びた彼女達の爪が何よりも恐怖を催した。 明らかに人外。放送でも流れていたように、まさか自分達が目を付けられる結果となるとは不運の一言に尽きる。 過去の自分でも渡り合えるかどうか。 冷や汗を背中から滴らせながらどうにか逃走手段を考えていた時、今更ながらに転がり出てきた物体に視線を寄せた。 「……っ!? ま、まさか……公子ぉぉぉ!!」 無造作に投げられた物体―――それは伊吹公子(007)の死体であった。 芳野は自身の危険を顧みず、公子の遺体へ駆け寄る。 幸い、芳野の行動を制止するつもりがなかった二人はそのまま見送った。知り合いであるようだから反応を楽しむようだ。 ようやく再開できた公子との対面。惨い姿となった彼女の姿に芳野はへたり込む。 その公子の遺体の傍には芳野にとっては見知らぬ少女―――柚木詩子(114)までもが事切れて転がっていた。 号泣しながら縋りつく芳野へと千鶴は静かに歩み寄る。 「あぁ。公子と言うのですか? ごめんなさい、見掛けたので楽にして差し上げたのですが」 「千鶴姉ってば、有無を言わさず奇襲しといてよく言うよ……」 ここが何処かを全て承知した上で、彼女達は近所で世間話をするかのような気軽さで会話を交す。 その態度が芳野の感に障った。 「―――な、なんだと……」 「では梓。手早くこの男を片付けて次へと向かいましょうか。放送を聞く限り、私達も標的のようですし」 「だよなぁ……。来栖川が鶴来屋の嫌がらせをしているようにしかみえないよ。どうせあの暴力女の仕業だろうし……」 芳野を完全に眼中の外に弾き出し、自分勝手に言葉を連ねる二人。 梓が嫌そうに顔を顰めながら言葉にする暴力女、それは来栖川綾香のことである。 人外の力を有する一族が着々と業績を伸ばすことが気に喰わぬからか、常日頃来栖川財閥の財力を利用してちょっかいを掛けてくるのだ。 そのつど返り討ちにしているものの、彼女達は科学力にモノを言わせて傍若無人な振る舞いを飽きもせずに続けてくる。 熱が冷めるどころか、規模だけが無駄に膨張していき、来栖川財閥対鶴来屋という武力行使の大戦争までもが勃発する始末。 そして、先の放送で来栖川関係者の名前が上がっていないということで、来栖川が一枚噛んでいるという事実は隠しようもない。 これを機に、人外の類は一網打尽にしてしまう算段なのだろう。 恐らく、名簿を見る限り綾香自身はゲーム進行の実行役として混ざっているのではないか。 「それにしても、あの女も甘い奴だよ。ただの一般人にあたし達が如何にか出来る筈もないのにさ」 「そうね。来栖川との因縁も正直欠伸が出るほど飽きたものです。いい加減この辺で引導を渡してやりましょうか」 「―――おい。お前ら……」 「でも千鶴姉。一般人は問題ないけど、他にも意外と固有種が混ざってるよな」 「どうやら同士討ちも狙っているみたいね。怪しげな毒電波を操る連中や、不可視の力などというイタチのすかし程度の輩もいると言いますし。 まあ、どれも例外なく鬼の敵ではないのですが」 「―――お前らぁぁぁ!!」 怒りに震えていた芳野は無視され続ける状況に辛抱堪らなくなったのか、拳銃を二人に向けて発砲した。 だが、銃弾は宙を裂くに終わり、気がついたら二人の姿までもが芳野の眼前から消失している。 慌てて目を走らせたが既に手遅れ。 瑞佳の時と同じように、背後に出現した千鶴の凶爪が芳野を貫いていた。 胸に灼熱の痛みが伝染した頃には、芳野は腰を崩してしまう。 「―――ぐっ……かはっ」 「では次の獲物を探しましょうか」 「なんか一般人ばかり狩っても、いまいち満足できないな……」 「ま、まて……俺は……っ」 「ん? なかなかしぶといね。待ってな、直に止めを刺してやるからさ」 「―――俺はっ、あと少しで公子と結婚式を挙げることが、できたんだ……」 「ふ〜ん。で、なに? 命乞い?」 いい加減鬱陶しくなったのか、梓は一思いに楽にしてやろうと片腕を振り被るが、千鶴がそれを押し留めた。 当然納得のいかない彼女は不満気に千鶴へと目を向ける。 千鶴は首を振って梓を黙らせ、芳野の言葉を待つ。 どんな命乞いが飛び出してくるのかを期待したがための猶予だ。 「どうぞ。続きを仰ってください」 「う、ぐっ……。俺は、我慢してきたんだぞ……公子と結婚するまで我慢してきたんだぞ……っ!」 「はいはい。なにを」 「俺は、俺はっ! 彼女と結婚できるその日まで禁欲生活をしていたっていうのに! それを……それをお前らがぁ……」 「なんだ、お前の貞操観念なんか知らないよ」 「まったくです。何が口走るかと思えば……そんなことですか。もういいです、さっさと死になさいこの短小包茎の早漏野郎が」 今度こそ躊躇なく、千鶴と梓は凶悪な爪を芳野へと突き刺した。 一際ビクリと硬直した後、芳野の身体は力を失ったように動きを止めた。 それを確認した後、汚らわしいものを見るかのような視線を投げ捨てながら彼女達は芳野に背を向けて歩きだす。 **** 「そ、んな……。まだ、ヤっちゃいないって、のにな……」 芳野は死に行く肉体を自覚しながら、不条理な無念を零す。 過去の自分は荒れに荒れていた。 無謀に無鉄砲に身体を鍛えて、好き勝手に叫び回っては遊んでいた。 そして、そのツケが自身へと降りかかって来たときには人並みに絶望したものだ。 諦め、挫折し、立ち直れないほどの心の痛みを受けた。即ち敗北だ。 ―――芳野は嘗て、究極の一の異名を持つ人物と相対したことがある。 遭遇したときは確かに歓喜した。自身の力量を測る機会であり、成り上がる切っ掛けでもあったのだから。 自信はあった。これでも命を預ける殺し合いでも負けたことはなかったし、リアルに固めた肉体強度を貫ける猛者も存在しなかった。 究極が如何程のものか。気軽に望んだ死闘の結果、あっけないほどの敗北を喫したのだ。 彼は堕落した。今の今まで信じてきた己の強さが一瞬で覆されてしまったのだから。 そんな時に出会ったのが公子である。 正しくは再会だが、その出会いが彼に好機をもたらした。 馬鹿みたいに強さを競っていた自分が阿呆らしくなるほどの幸せを得ることも出来た。 全てが全て公子のおかげだ。 彼女の為ならば、自分はこんな強さなどいらない。必要もない。 ―――ただ一人、公子を守れる強さだけがあればいい。 そのためにはなんだってした。自分勝手に生きてきた自分が汗水垂らして電気工なんぞの仕事を精一杯頑張った。 普段慣れぬことを必死になって取り組んだ。 その甲斐もあり、彼には公子を養うだけの経済力を得て、婚約にまで漕ぎ着けた。 芳野の貞操は純真な少女の如く純粋だ。今までの行為を省みて、彼は公子のために最大限の禁欲生活に励んだ。 元から過去に行った弊害で身体が弱り切っていたにも関わらず、性欲を規制し睡眠欲を狭めて食欲を抑えた。 中でもオナ禁が死ぬほど苦しかった。若い性欲を持て余すばかりで、それを放出できない緊迫感。だが、我慢した。 全て、自分の公子への愛による行いだ。明らかに厳しく辛い条件であり、何よりもまったく意味を成さないことは百も承知。 禁欲を果たし、無事公子と結婚できて初めて自分は一人前の男なのだ。何度も何度も自身に言い聞かせながら数年間を生きてきた。 それが今一歩のところ。本当に間近に手が迫った所でのこの事態。 ―――公子の死。 今までの行いは全て灰塵に帰した。 残ったものはもう僅か。滅び行く肉体と、今にも爆発しそうな欲望達。たったそれだけ。 もう、何もかもが疲れた。 公子を失ってしまった自分には、志す目標も生きる活力もない。 ぼんやりと疲弊した思考を漂わせていた時、今とは逆に漲った毎日を送っていた過去の自分が思い起こされた。 あの時も、確かに毎日が充実していた気がする。 強者に負けはしたものの――― ―――待てよ。生きる理由…… 芳野の脳裏にある出来事が過ぎった。 人ならぬ究極の人物。味わった狂いそうになる程の屈辱感。 心臓がドクンと脈動した。 ―――あるじゃないか……やるべきことが 公子を失った。しかし、未だ燻る情熱の炎が体内で静かに燃え盛っていることに―――ようやく自覚した。 残ったものは確かにもう僅か。 だがしかし、この想いだけは捨て去ることは不可能だ。 愚かな過去とはいえ、それでも全てを賭した自身の青春。 ―――今果たさずして、何時果たす。 「―――そうか……。そうだった……ようやく思い出した」 その時、倒れ伏した芳野の肉体が再びドクリと胎動し、身体から異常なまでの蒸気が噴出した。 熱気を含む白い湯気が、辺り一面を霧状に包み込む。 かつて猛毒に冒され、極限まで衰弱しきった芳野の肉体。 そこへ、オナ禁による更なる負担が加わり、人体最後のエネルギー貯蔵庫である睾丸の蛋白質までもが渇望した。 オナ禁へ加え酷使に継ぐ酷使。 もはや破壊されつくした芳野の生殖細胞達。 ―――彼等は、復讐を誓っていた。 次なる酷使に対する復讐。 ―――今後もし。同じ事態が起こったなら必ず―――必ず独力で乗り越えてみせる。 人ならぬ、神の創造り給うた肉体。 神の誓いし復讐に、誤りはあり得ない。 今、芳野の肉体に―――空前の超回復が起ころうとしていた。 そしてもう一人。 血の池に沈んだ瑞佳の身体から光が漏れ出した。 始めは小さな灯火であったものが、眩い白光となって迸る。 何処までも深い白の光が、次第に人の姿へと形取ってゆく。 ぼやけた輪郭が鮮明になった頃、そこには小さな少女が存在していた。 「んっ―――ん〜。久しぶりの外の空気。あ〜でも瑞佳死んじゃった…… また汐に怒られちゃうや。ま、ともかく―――みずか復ッ活ッ」 小さな指を絡ませて上方へと翳し、気持ち良さそうに天に向かって大きく背骨を伸ばす。 少女―――みずかは異変が起こる芳野を眺めた後、近くの木の根元へと座り込む。 この後の展開は高みの見物を決め込む算段だ。 年齢不相応な微笑を浮かべながら、芳野に異常に気付いた二人の女性へと視線を向けた。 **** 眩い光を背に受けて、今更異変に気が付いた千鶴に梓は何事かと困惑気味に視線を寄せた。 「な、なんだよこれは……てかなにこの唐突な展開」 「この男……」 理解不能で、理解し難い光景が広がっていた。 確実に瀕死であった芳野から不可解な蒸気が噴出していることと、何時の間に現れたのか、その傍らに座り込む少女の姿。 現状の把握に努めるも、思考が固まってしまい上手く纏まらない。 ―――そして、千鶴と梓がここで硬直してしまったことが何よりの失策であった。 この時点で止めを刺していれば、確実に彼女達の完膚なき勝利である。 鬼の一族が、一個人である平民を血祭りに上げる、ただそれだけのことだったのだ。 しかし、千鶴は躊躇った。異常な事態に攻撃を躊躇した。 チャンスを見送った千鶴達の前で、芳野は上体をおもむろに起こす。 致命傷であった芳野が平然と動いたことに驚愕し、千鶴と梓は慌てて鬼の爪で切り裂こうと振り被るが、それすらも後の祭り。 「―――蝿が止まるぞ?」 「なっ!?」 「―――そ、そんな……っ」 左右から微塵に切り刻む筈であった二人の爪牙は、それぞれ芳野の片手に納められていた。 恐怖に侵されそうな思考を振り払うために、彼女達は必死になって爪を引き抜こうとするが――― 「ぬ、抜けない……」 押しても引いてもビクともしない。 芳野はその様子を肩を竦めながら観察する。 だが、それも飽きたとばかりに二人を投げ飛ばす。 女性とはいえ片手で、それも数メートルを滑空させながら吹き飛ばす芳野の筋力は既に常人の域を遥かに飛び越えていた。 投げ飛ばされた二人は、空中で腰を捻らせ回転し、正確に足を地へと着地させる。 彼女達も決して尋常ではないが、芳野に比べると些事でしかなかった。 「な、なんなのその力……貴方は普通の人間の筈……」 「ふん。今の今まで普通の人間をやっていたまでだ。若い頃はドーピングなんぞをして無茶をしたものだがな。 限界を超え、更なる境界を越えた薬物の投与。自分勝手に生きていたものさ……」 動揺する彼女達の様子を気にもせずに、芳野は哀愁を漂わせる口調で過去を語りだす。 直にでも排除した衝動に駆られるも、彼に隙が見当たらない。 それを理解しているからこそ二人は動けぬし、芳野も平然と言葉を連ねることができるのだ。 「だがな。そんなどうしようもない俺でも大切なモノを見つけることが出来だ。公子という存在だ。 子供のお飯事のようなお遊び恋愛しかしたことのないお前達には解らないだろう。全てを受け入れる寛大な包容を。 俺はな、彼女に交際を申し込んだその日から―――自ら自慰行為を規制した」 「……は?」 「―――膨れ上がる煩悩を気合で抑制し、勢いに任せそうになる欲望を封殺した。 迸るリビドーを促進する連中はスパナで鼻を回し、そそり立ってしまった陰茎はスパナで殴打した」 「うわ〜。それは痛いよねぇ……」 「…………」 「血の涙を流し、黄色い胃液を飲み下し、それでも尚、俺が苦行を続けている理由……お前らには決して解らんだろうな」 「な、なんだっていうんだよっ」 横槍を入れるみずかの言葉が虚しく響く中、そこはかとなく馬鹿にされた言動に梓がいきり立つ。 今にも襲い掛かりそうな梓の様子に動じることなく、芳野は前髪を掻き上げた。 「幾千幾万の夥しい犠牲の元、ここまでの高みへと上り詰めたのは何故か。それは―――」 「それは、なに?」 「…………」 もったいぶる芳野に梓は早くも苛立ち始めるが、その反面千鶴は黙って言葉を待つ。 少ない観衆に言い聞かせるように、芳野本人からしたら最も輝かしい瞬間を演出する一言を伝える。 「愛だ」 「…………」 「……………………で?」 あれだけ引っ張っておいてなんだそれは。 千鶴と梓の眼差しは暗にそう語っていた。 二人の呆れと怒りを孕んだ視線を一向に気にせずに、芳野は更なる自分の世界に陶酔する。 「もう一度言おう―――愛だ。 理性のスパナと本能の愛。それらが重なり始めて成し得る奇跡の肉体。 ―――そう。言わばラブ&スパナ!!」 両手を翼のように左右に広げて熱っぽく演説する芳野。 だが、それが梓の堪忍袋の緒を切る結果となる。 ふざけているとしかいえない態度に、彼女は芳野へ向かって地を蹴った。 「戯言を―――っ! くたばれよ!!」 「いけない!? 梓―――っ!!」 千鶴の必死な静止の声も、逆上した梓の耳朶を響かせることは叶わず。 梓は鈍く輝く鬼の証を、芳野の頭部へと突き刺そうと躍り掛かる。 彼は突き出された五本の爪に焦ることなく、それに相対するかのように固めた拳を振り切った。 鬼の爪と真っ向から衝突しようとする芳野の愚考に梓は侮蔑の視線を寄せるが、それも刹那の間でしかない。 梓の高速な刺突を、芳野の空気を切り裂く豪腕が突き抜けた。 「―――ウソ」 ―――唖然とした梓の言葉。それが、彼女の最後の一言であった。 爪の間を透り抜ける様にしてあっさりと梓の獲物を粉砕し、傷一つ付くことのなかった芳野の拳はそのまま彼女の五指へと着弾する。 ゴキリと、幾重にも重なった音が梓の五つの指から響いた。 あらゆる方向へと歪んでしまった大小の指を茫然と眺める梓のことをまったく考慮せず、芳野は腰を捻らせ踵を浮かせる。 「―――逃げてぇぇ!!!!」 千鶴の悲鳴のような言葉を合図に、脇を締めることによって発生する捻られたバネの反動が、確実に彼の右足へと伝わり洗練されたハイキックを生み出した。 爆発的な加速を帯びた上段蹴りが、梓の首から上を文字通り根こそぎ刈り払う。 唖然とする千鶴の眼前を、確かに通過する梓の頭部。 主を失った身体は緩慢に震えた後、静かに倒れ伏す。 身体と頭部が繋がれていた唯一の証として、脚風で散った梓の血液が二つのパーツを赤い線で結んでいた。 「―――愚かな……。そんな調子で如何にか出来るほど今の俺は容易くないぞ」 「あ、梓……。な、何者なの貴方……!?」 参加者でも上位に当たる鬼の末裔としてのプライドは既に粉々となっていた。 慄く千鶴は震えそうになる身体を必死に抑えて芳野へと問い掛ける。 芳野は静かに目を閉じた。 「―――芳野祐介……いや。かつて、Uの称号を持ち得し覇者といえば解るだろう?」 「U……っ!? ま、まさか……Uの一角……!?」 「お初にお目にかかる。U−SUKEだ」 驚愕に青褪める千鶴。 ―――無理だ。勝てない筈だ。自分達、一固有種が如何にか出来る存在ではなかった。 彼と出遭った時点で既に終わっていたことをようやく理解する。 U―――それは嘗て銀河に君臨した覇者達の異名。 絶対無敵の戦闘力に完全無欠の身体能力。瞬間移動に時空移動、上級魔法に空間断裂と何でも御座れの超人人種。 中でも有名なのが漆黒の堕天使や究極の一といった異名を保持する人物であるが、SUKEの名も聞き及んでいた。 曰く、薬物の作用による金剛石が如くの肉体強度に、神速の域にまで上り詰めた大気を切り裂く肉体速度。 だが、余りの薬物投与により肉体が崩壊してしまい表舞台から脱却したという噂が広まった頃には、彼の姿を見たものは誰もいなかった。 隠居しただとか、野垂れ死んだなどという信憑性のない話でもあったが、現に千鶴の前には嘗ての超人が存在している。 それだけは、誤魔化しの利かない完全なる事実だ。 しかし、解せないことがある。 「で、でも……貴方に限ってはあくまで一般人による超人の筈。狩猟民族である私達をあっさりと一蹴できるほどの戦闘能力は有していなかったはずよ……っ」 「ああ、その通りだ。過去の俺では良くて五分。お前達鬼を相手取るなどと愚策もいい所。 だがしかし、滅び行く肉体に更なる酷使を加えることにより、俺を遥かなる高みへと手を届かせた。 つまり自慰行為を禁制することによって、体内で寄生する薬物と膨脹した欲望が結果的に混ざり合い究極の肉体を既に完成させていたのだ。 ―――そして、公子の死が俺に秘められた愛を解放させたのさ」 「あ、ありえない……そんな非科学的なことが……。身体が……身体が耐えられる筈がないもの……っ!」 意味が解らない。 千鶴は得意気に語る芳野の様子に怖気が走り、否定的な発言を反射的に叫んでいた。 ついに芳野が発する重圧に耐えられなくなった千鶴は半狂乱に襲い掛かる。 芳野は、常人では決して回避することも叶わない殺意の一撃をこともなく避けて、擦れ違いざまに千鶴の胸へと拳を突き立てた。 「―――ごふ……っ」 芳野の拳は千鶴の身体を容易く貫通し、ゴポリと、彼女はおびただしい血液を口から吹き出した。 自分の身体の異常に震える千鶴を見据えて、芳野は再び肩を竦める。 「ふっ……。無知な科学者には辿り着けぬ境地がある。 薬物と滅び行く肉体とのせめぎ合いの果てッ。薬物を凌駕する例外の存在!! 日に三十時間のオナ禁という矛盾のみを条件に存在する肉体!! 数年間その拷問に耐え―――」 突き抜けた右腕を引きぬくと同時、地へと這い蹲る千鶴。 広がった血溜まりを足で蹂躙しながら、誰にともなく空へと言葉を投げかける。 「―――俺は今、マスターベーションを超えた!! U−1の前に立つ!!!!」 Uの称号を持つ覇者が、再び沖ノ島に光臨した。 『芳野祐介(118)もといU−SUKE』 【時間:1日目午後7時頃】 【場所:H−08】 【所持品:Desart Eagle 50AE(銃弾数4/7)・サバイバルナイフ・支給品一式】 【状態:ラブ&スパナ開放。超回復により五体満足。U−1を倒して最強を証明する】 『みずか』 【時間:1日目午後7時頃】 【場所:H−08】 【所持品:なし】 【状態:普通。目的不明】 『柏木千鶴(020)』 【時間:1日目午後7時頃】 【場所:H−08】 【所持品:アイテム不明・支給品一式】 【状態:重症】 【備考:公子に瑞佳、詩子と梓の荷物は辺りに放置】 007 伊吹公子 【死亡】 017 柏木梓 【死亡】 074 長森瑞佳 【死亡】 114 柚木詩子 【死亡】 - BACK