Lullaby for the past




 神社で見つけためぼしいものを宝物殿の床に並べて、敬介はひとまず一息つくことにした。
 というのも明かりとりの窓の具合か光を発する不思議な羽のおかげか、宝物殿内のほうが本殿に比して明るく、
物品を品定めするのに具合が良かったからである。
 ぴたりと閉じた扉のおかげでその仄かな明かりが外に漏れる心配もない。
 本殿から刀や鏡も持ってきてしまったのだが、邪険に扱っているわけでもないし一応形式に則って礼拝した後に
動かしたのだ、そう手ひどい罰は当たるまい。一般常識という鍵キャラには稀な(そしてぶっとんだシナリオの
おかげで全くと言っていいほど役に立たない)美徳を持つ彼はそう結論付けた。

 観鈴や晴子を一刻でも早く探し出したい気持ちは変わらない。
 しかし物には順序というものがある。
 致死率の高い、それこそワープの影響を受けてポックリ逝きかねない年増にしてキャラ的に薄い男性脇役が
今目の前にある物品を利用して少しでも長く生きのび、自己の目的を達する確率を上げたって構わないじゃないか。
 観鈴と晴子を見つけ出し、自分の知りうるすべてを伝え、彼女達が生きのびるための何かをのこせれば。
 とくにわが娘には、ただの一人でも構わない、信頼しうる友人をのこせれば。
 ……それが叶うのなら、命をかけても惜しくはない。
 郁子が逝った後、観鈴を晴子に託し、自分がやってきたこととそれは方向性において何ら変わらない。
 感情表現が下手なだけで義妹にも、肝心の娘にも誤解されているが、本人は娘を捨てたつもりなど全くない。
 ――――橘敬介もうすぐ四十路、外見からは到底判断できないが、なかなかに傍迷惑かつアツい男である。

 鎌倉時代の具足や兜、それとは形状も材質も異なるおそらくは大陸の兜、神刀や古びた槍、弓、火縄銃といった武器。
 敬介には某所で腐女子に裸エプロンを晒すよう脅迫されている某骨董屋店主のような鑑定眼はないが、それらが
どういう遍歴を経てここに集まってきたのか、おおよその推察はつく。万能だとか超人だとか主人公補正だとかいう
ものとは縁遠いが、年齢相応に、その程度には博識なのだ。
 何とはなしに具足を手に取り、装備し始める。床においてある兜と比してそれは粗末な作りではあるが、
おそらく庶民の手になるものであろう温かみが、親近感として敬介にアピールしたのかもしれない。
 一つ一つ身に付けていくごとに鼻歌まで飛び出す始末である。

 このこのかわいさ かぎりなや――――
 てんにたとえば ほしのかず――――
 ななくさちぐさの かずよりも――――

 選曲ががいけなかったのだろうか。なにやら目の前に白い霞が見える気がする。
 眼鏡をかけなければならないほどこの島ではヘタレる気などないのに、自然とポケットのそれに手が伸びた。
 そしてふと気づく。僕はなぜ、触れたこともない具足のつけ方が分かるのか。

 白い霞が、突如として具象化した。
 眼鏡なんて、必要ない。敬介には、はっきりと、それが見えた。
 まっすぐな黒髪を束ねた、野良着の――――というか粗末な着物の、女性。
 その女性が、手ずから、自分に、帷子を着せている。
 その表情はとても悲しげで、儚げで……。
「気づいて、いただけましたか」
 その口は音を紡ぎだしたわけではない。多分動いた唇の形は現在文献に残っていない古語の口語体のそれだろう。
 しかし、分かる。それは、ひどく大きな、想い、だ。
「ああ、分かる。――――君は? 」

「わたくしは、名を白穂(しらほ)と申します。どうか、わたくしの話をお聞きください……」
 ――――秋。一面の芒原。金色に、揺らめく海。
 ――――歌。子守のための。羽と、笑う家族。
 ――――戦。異国の軍勢。駆りだされたきり、帰らぬ夫。
 網膜を焼き尽くされるかと思うほど、神経を灼き切られるかと思うほど、鮮明なイメージが次々浮かぶ。
 息が、できない。
「……分かったから、わかったから! 」
「あの、わたくしの伝えたいことはまだ……」
「ごめん、ちょっと、僕はそれを受け付けられる器じゃないんじゃないかな」
 上がった息でそう訴えると、白穂と名乗ったその女性は、
「ええ、おそらくそうなのでしょう」
 あっさりと引き下がってくれた。
 助かった、という溜息を飲み込んで、敬介はそのホラー的にいえば幽霊、SF的には残留思念の女性に笑顔を向けた。
 具足のつけ方を教えてくれたのは彼女だ。もしかしたら、夫を送り出す際もこうやって手伝っていたのかもしれない。
 悲しげで、儚げで……でもそれをこらえて表情の選択に困った顔で。
「もしかして、この帷子は貴女の……」
「ええ、あのひとの物です。わたくしは永らく霧島佳乃という娘のところで厄介になっていたのですが、
急に亡くなってしまったためにこうして少しでも近くにある、憶えのあるものに宿っていた由にて……」
 霧島佳乃。そういえば放送でそんな名前があった。この島で、殺されてしまったのか。
「ありがとう……そして、すまない。助けてあげることが出来なくて」
「いえ、こちらも、無理強いをしてしまいました」
「いやいや、そもそもこちらが大抵のSSでやられ役に過ぎないのが悪いのであって……」
 そんないつ尽きるとも知れない謝罪の応酬に、横合いから溜息を差し挟む者があった。

「ツッコミを入れる者はおらんのか、おまえさん方」
 その低く落ち着いた声の方に目を遣ると兜がそこにあった。
「……しかしまあ、呼ばれたと思えばまた懐かしいものを出して来おるわ。わしが以前使っていたものではないか」
 ――――いや、その兜を懐かしげに眺める、いかにも武人然とした男。その直視には少々怯まざるを得ない。
 その様子を見て可笑しく思ったのか、喉から腹にかけて抑えたような笑い方をその男はした
「いや、すまぬな。犬も食わぬ口論についつい口を差し挟んでしまったようだ」
 どういう意味か咄嗟に敬介には判りかねたが、その男が景清と名乗ったところで目をしばたいた。
「……もしかして、悪七兵衛景清? 」
「そんな呼び方をする奴も居るな」
 闊達に笑う男の前で、敬介は天を仰いだ。観鈴の病気に関して少しでも手がかりを得られないかと、仕事の傍らで彼は
遺伝病や風土病、それにまつわる地方の伝承や口伝について調べていた。その中には地方に伝わるバリエーション豊かな
田楽や能楽も含まれていて、それを辿ると当然、一般に伝わる能に行き着く。
 敬介の知識は偏っている。医学や電気工学や魔術の知識がなくても、人間何か取柄があるものだ。
 それはたとえば安宅の知識であり、砧に登場する夕霧という名の侍女の知識。
 そして悪七兵衛景清もまた、伝承に、能楽に登場する。……つまり。
 ひええ、とわけのわからない悲鳴しか出ない様子の敬介の肩をぐいと押さえると、景清はおもむろに、手に持っていた
兜を頭にかぶせた――――というより、押し付けたといったほうが正しいかもしれない。
「ほれ、これはやるから、その女性(にょしょう)を泣かせるような真似はするなよ」
 兜ごと押さえられた長すぎる前髪が気になってどうにも落ち着かなくなった心を静めるためにずり上げた兜の先、
なにか薄紅色の、というより桜色の布地が見えた気がした。
「何を言っているのですか、塩売りさんは、塩売りさんですよ」
 その先にいるのは黒髪を綺麗に切りそろえた小柄な少女。

 ふわりと、敬介に笑いかけて曰く、
「ニルヤの里の長をつとめております、さくやと申します……ところでこの席は歌垣か何かでしょうか」
「歌垣って、そんなたいしたもの……じゃなかったはずなんだけど」
「いえ、先ほど素敵な歌が聞こえたので。子を想う親御さん達の歌ですね、きっと」
 傍らで、白穂が嬉しそうな顔をしたような気がした。
「もしかして、先ほどの鼻歌のことで? ……面目ない、詩歌の素養などまるでないものでして」
 あの子守唄は昔、親から教わったもので自作ではないことを伝えると、
「ええ、わたくしも遠い遠い昔になりますが、同じ歌で子をあやしたものでございます」
と白穂が助け舟を出してくれた。
「なればこそ、素敵じゃないですか。お子さんも、きっと喜んで……」
 途中でさくやは言葉を切った。並んで座る白穂と敬介の表情が、一様に曇ったことを察したからであった。
 どこか加減が悪いのかと尋ねる景清の落ち着いた声に、白穂が声を絞り出すように答えた。
「八雲は、あの子はあのひとが遺してくれたたったひとつの宝です。もし叶うならもういちど、あの子に笑った顔を
見せてあげたい。歌を聞かせてあげたい。……それを先ほど、この方に託そうとしたのです」
「僕にも、幼馴染に預けた一人だけの娘がいる――――この島のどこかに居るはずなんだ。白穂さんの願いを引き受ける
ことが出来なかったのは、たぶん僕の器が僕自身の想いしか受け付けないほど狭いってことなんじゃないかな」
 自嘲気味に、半ば自分に叩きつけるような敬介の呟き。その後に続く空白を打ち消したのは、さくやだった。
「……それは、違うとおもいますよ」
 じっと、敬介を見ている――――いや、その視線は敬介の背後に固定されている。
 白穂も、景清も、同じ一点を見つめていた。
 敬介は肩越しに振り返る。が、何も見えない。
「橘さんの器は、一人だけのものじゃないです」
 首をひねる敬介に、さくやは笑いかけ、そして。
「ところで、トンジキなどいかがですか? 」
 こんなものが鎌倉時代にあったのかとツッコミの飛びそうな機械からおにぎりのような物を取り出して手渡した。

 ――――羽から発される蛍のような光の明滅と古びた鏡面の微かな揺らぎ。
 ――――橘敬介にはそんなところまで注意を払う余裕はなく。
 ――――彼の周りでさざめいている者たちより、さらに旧い"想い"が、その意識を交換し合っている。
(……ふむ、あの男の鈍さは相当なもの。背後に誰が居るかすら判らぬとは)
(それは高望みというものだろうて。イザナギやオルフェウスの逸話を引くまでもあるまい? )
(それはそれというもの、この羽を見つけたからにはわが娘も探し出してもらわねば困ります)
(そのあたりは案外心配無用だとおもうけれどね。探し人は一応同じ者なのだから)
 ――――月明かりにさやかに揺れる光。八百比丘尼と知徳法師は、その時を待っている。

 トンジキを片手に長く続いた談笑もやがて果て、敬介はふと我に返った。
 そこにおかれた古びた道具類を見渡す。その視界の上方が少しずれた気がして、慌てて頭を押さえた。
 硬い手触り、長すぎる前髪。頭の上にあるのは景清の兜。
 なんとなく体が重いのは、白穂がつけてくれた具足のせいだ。
 そして……視線を移動させて目に入ったのはさくやがトンジキを取り出した謎の機械。
「ありなのか、そんなの」
 ついつい口をついて出てしまった独り言が呼び覚ましたのか、溜まりに溜まった気疲れが彼の瞼を重くしていた。
 
 鎌倉時代の平家の姫君さくや、悪七兵衛景清。蒙古襲来を生きた白穂。
 この分だとどこかに弓の逸話で有名な那須与一やら、隆山あたりの鬼伝説に登場する室町時代の武士あたりも
出てくるかもしれないな、と敬介は一人苦笑して、目を閉じた。

(わらわたちも一応ここに居るのだがな)
(あわてる必要はあるまいに、娘たちは活躍しておるようだしの)

 ―――――月のまひる。虫の音もないこの島のどこからか、子守唄が、聞こえる。




064 橘敬介
 【所持品:トンカチ、眼鏡、庶民の具足、武将の兜、dジキ自動連射装置、法師の鏡、羽根、持ち主不明の日本刀】
 【状態:気疲れ、過去編の人がたまに見える】
 【時間:午前零時】
 【場所:G-06 高野……じゃない 鷹野神社】
 【備考:付近には他にも歴史的な価値のある火縄銃などの武具や防具がそろっています。
     dジキ自動連射装置についてはさくやスレを参考にどうぞ。
     景清(の兜)の同行はBLサイドの陰謀かもしれません。裸エプは堪忍して……(宮田健太郎・談)】
 【備考2:現在のdジキ大家族=さくや、悪七兵衛景清、白穂(八百比丘尼、知徳法師)
     :過去の人の探し人=那須大八郎、八雲(神奈)】
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