「なんて、ね」 唐突に。 雅史を捉えていた、あかりの視線が緩む。 「あ、あかりちゃん……?」 息苦しさから解放される雅史。 肩の力が一気に抜けていく。 「冗談だよ。 ……雅史ちゃんはトモダチなんかじゃない」 「……え?」 大きく息をついていた雅史は、その言葉に再び固まる。 「聞こえなかった? 雅史ちゃんはトモダチなんかじゃないよ。 だって雅史ちゃんは」 「―――聞きたくない!」 聞いてはいけない。 この言葉の先を、決して聞いてはいけない。 そんな予感が雅史を包んでいた。 「聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない!」 耳を塞いで、固く目を閉じて、座り込んで額を地面にこすり付ける。 喉が嗄れんばかりの大声をあげて、世界を塗りつぶそうとして、それでも、 「聞かなきゃ駄目だよ雅史ちゃん。 雅史ちゃんは雅史ちゃん。トモダチなんかじゃないよ。 雅史ちゃんは私の可愛いお人形。私の大事な手慰み。 あのつまらない浩之ちゃんのおまけの雅史ちゃんは、私のいちばん大切な玩具」 声は、 「嫌だ、嫌だ、嫌だ、聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない!」 「知ってるよ雅史ちゃん。私のこと好きなんでしょう雅史ちゃん。 いいんだよ雅史ちゃん。私のこと考えてどきどきしてくれていいんだよ雅史ちゃん。 いやらしいこと考えていいんだよ雅史ちゃん。 私のいやらしいところ考えていいんだよ雅史ちゃん。 私といやらしいことするの考えてもいいんだよ雅史ちゃん。 私のこと考えて私のいやらしいところ想像して濡らしちゃっていいんだよ雅史ちゃん」 雅史を犯す。 「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ……え?」 その違和感。 「濡らしちゃっていいんだよ雅史ちゃん。 ぐちゃぐちゃにしちゃっていいんだよ雅史ちゃん。 よごしたら拭いてあげる。溢れたら舐め取ってあげる。 だからどんどんいやらしいお汁こぼしちゃっていいんだよ雅史ちゃん」 「あ、あかり……ちゃん……?」 何を言っているのか。 理解が、及ばない。 それではまるで、自分が、 「え? やだなあ雅史ちゃん。 まさか自分が男の子だなんて、本気で思ってるの? そんなわけないよね雅史ちゃん。」 思わず顔を上げた、そのほんの目の前。 吐息がかかる近さに、恋い慕っていた少女の瞳があった。 「……っ!」 何も考えられなかった。 「ん……」 雅史は、あかりの唇を奪っていた。 つたない口づけ。 荒い吐息をあかりの肺へと送り込むような、愛情も恋慕も伝わらない行為。 すぐに呼吸が苦しくなる。 「はっ……はぁっ……」 離れた唇の冷たさに、再び熱を求めてあかりを奪おうとする雅史。 だがあかりの手が、そんな雅史を優しくかき抱く。 「……ね? 女の子はこんなにやわらかいんだよ……?」 「ぁ……ぁ、ぁ……」 言葉もなく、恋しい少女の肢体に包まれる雅史。 何も考えたくなかった。 衝動。逃避。惑乱。 何もかもが、雅史の全身から力を奪っていく。 ただあかりの声だけが、雅史に与えられる唯一の刺激だった。 「だからほら……雅史ちゃんも、こんなにやわらかい」 「あ、あかり……ちゃん……」 やわらかく、あたたかく。 女の子は、やわらかい。自分もやわらかい。 あたたかくて、やわらかい、そんなものが、おんなのこで。 (だったら、僕は……、ボクは……、ぼくは……) 夢が、終わる。 「なんて、ね」 唐突に。 あかりの腕が、雅史を解き放つ。 「ぁ……ぁあ、ぁ……ぅ」 雅史の目は焦点を結んでいない。 だらしなく緩んだ口元からは、唾液が垂れている。 「冗談だよ。 雅史ちゃんが友達のわけないじゃない。 ……男の子なのに」 それはひどく冷徹な響き。 だが、そんなあかりの言葉も、既に雅史には届いていない。 「……もういかなきゃ。 男の子なんて、みんなつまらないね。死んじゃえばいいのに。 そう思わない、雅史ちゃん?」 振り下ろされる金属バットが、雅史の目に映る最後の光景だった。 その最期の瞬間まで、佐藤雅史は夢に包まれていた。 或る少年のED。 それが親友の脳髄を砕くことになろうとは、因果と言うより他はなかった。 GL団最高幹部、『夢幻の襲い受』神岸あかり。 少女の心に刻まれた傷の深さを窺い知ることは、誰にもできない。 【時間:1日目午後5時過ぎ】 【場所:G−06】 佐藤雅史 【状態:死亡】 神岸あかり 【所持品:血塗りの金属バット、支給品一式】 【状態:GLの戦士】 - BACK