選んだ束縛




扉を開けた宗一は目の前に広がる光景に頭が真っ白になりかけた。
抱えていた荷物をボトリと落とし唖然としたまま床に転がる郁未と葉子の姿、そして荒れ果てた部屋を見比べる。
呆然としながらも二人に駆け寄る。
まだ生きてはいるようだが意識はなく、特に葉子の怪我はひどいものだった。
「くそっ!」
あの放送から簡単に想像できたことじゃないか。
ゆかりの死を知らされたあの悲しみを忘れたのか?
なんで俺はそこまで頭を回らせずに出歩いたりしていたんだ。
バックから救急箱を取り出し出来る限りの手当てをする。
葉子の右足を拭くタオルがすぐさま赤く染まり、その度に新しいものを取り出しては一時しのぎの治療を続けた。
その間も周囲への注意は怠らず警戒は緩めず、そして考えていた。
なぜ佳乃や渚、早苗さんの姿は無いのか?
途中出会った、診療所に向かったはずの古河秋生と名乗る男はどうしたのか?
床を良く見ると、明らかに二人からによるものではないと思われる量の血溜りも見受けられた。
あの男が凶行に走った。もしくはこの二人が、佳乃が、古河親子が。
どれでも無い全くの第三者が――。
包帯を巻き終わるとベットに寝かせ、同じように郁未の手当てを済ませ葉子の隣に横たえた。
呼吸が落ち着いているのを確認すると、宗一はゆっくりと部屋の中をてまなく調べ始める。
荒れた部屋、残された銃痕、刃物…おそらくは薙刀や鉈によるものと思われる傷跡。
様々なパターンが頭の中をよぎるものの、現段階で誰が何故と判断するには材料が足りなすぎた。
今出来る最善の行動は二人の口から全てを聞くことと結論付け、二人の横に座ると看病をし続けた。


「う……」

「……大丈夫か?」
「那須…宗一…?」
警戒した目を見せるも、傷が響くのか苦痛に顔をゆがめる。
――元々の警戒によるものだからか?……それともやっぱこいつらが?
早計はいけない。まだ名前を呼ばれただけじゃないかと宗一は頭を振って考え直し、そして一言だけ口を開いた。
「……何があった?」

宗一の問いに郁未は身体を震わせながら部屋を見渡した。
ここにいるのは自分と、宗一と、隣で眠る葉子の三人だけ。
自分達を攻撃してきた秋生の姿も、佳乃や渚、そして殺したはずの早苗の姿もなかった。
宗一は私達が起こしたことを知らないのだろうか?
いや、知っていれば手当てなどするわけも無いし、こんな質問をする必要も無いだろう。
これは好機だと郁未は頭を回らせる。
「変なおっさんにやられたのよ……」
「変なおっさん?」
「ええ……有無を言わさず攻撃されて、ひどいものだったわ」
「他のみんなは?」
「わからない……でも早苗さんは助けられなかった、薙刀でお腹を差されて……多分亡くなったわ」
「へぇ……」
宗一の目が細く厳しくなり、郁未は怯んでしまう。
「おかしいな……そのおっさんって古河秋生って奴じゃないのか?」
「な、名前まで知らないわよ」


だが郁未の声が震えたのを宗一は見逃さなかった。
「俺は食料探しの途中妻と子供を捜してるって奴に出会ったんだ。
 古河秋生って名乗っていた。探し人の名前は早苗と渚。
 ここにいるって伝えたらすっ飛んで言ったよ」
反応を確かめるように静かにゆったりと語る。
「なんかおかしくないか?自分の家族を殺すためにあんな必死に探してたのか?」
「佳乃さんです……」
郁未にじわりと詰め寄る宗一の耳に、静かな声が届く。
未だ顔を苦痛にゆがめながらも、葉子が目を覚ましてそう告げていた。

発せられた名前に困惑の表情を見せながらも、宗一は質問の矛先を葉子に向けた。
「佳乃がやったって……どう言うことだ?」
「ああ、待ってください……まだ少し頭がフラフラしてて
 宗一さん、怪我人に向かってちょっとひどいですよ」
頭を押さえながら苦しそうなその顔に、宗一の動きが止まる。
「あぁ……そうかもな、すまん」
葉子が息を整えるのをゆっくり待つ。
荒い息を落ち着かせ、葉子がポツリポツリと話し出した。
「始まりはあの放送です……。あれを聞いた佳乃さんが急に暴れだしました。
 置いてあった薙刀を持つといきなり早苗さんに突き刺したんです」
「なっ!?」
宗一の顔が嘘だと言っているのがわかった。
「えぇ……そんな顔をなされるのも無理はありません。
 私達も何が起きたのか理解することも、信じることも出来ませんでした。
 でも考える間もなく彼女は私達にも襲い掛かってきたのです。
 暴れる彼女を何とか取り押さえ、薙刀をとったところまでは良かったのですが……」
そこで小さく息を吸い、葉子は続けた。
「先ほど話されていた……秋生さん、でよろしかったでしょうか?その方がやってきたのです。
 倒れた早苗さんの姿を見て、そしてちょうどその時薙刀を持っていたのが郁未さんでした。
 ここまで言えば大方は理解していただけるのではないでしょうか?」


「…………」
宗一は答えない。真実か嘘かを見図るように葉子の顔をじっと見続けていた。
「彼は私や渚さんの説明にも耳を貸さず、郁未さんは頭を椅子を殴られ気絶されたのでその後のことはご存じないでしょうが
 渚さんにとりあえずはこの場から逃げるように伝え、ここから去られたのですが私も彼の手によってこの有様です」
「佳乃は?早苗さんは?」
「佳乃さんはわかりません……先ほども言いましたが恥ずかしい話気絶していたものでして。
 早苗さんは残念ながら、秋生さんが来た時にはもう……」
「誰がどこに行ったかわからないってことか、クソッ!」
よくもまぁペラペラと嘘がつけるものだ。
恨めしそうに叫ぶ宗一の姿を郁未は内心ほくそ笑み、葉子の方を向きながら彼女と一緒にいたことを感謝した。
「郁未さんも、あんな説明じゃ説明されたほうもおかしく思っちゃいますよ」
困ったように笑顔を作る。
「ええ、本当ね……ごめんなさい宗一さん、頭が回ってなかったみたい」
「いや俺も悪かった……だが佳乃が、そんな……信じられない」
「信じられないのは私達も一緒です、あれが夢であればよかったのですが……この傷がある以上は現実なんでしょうね」

「さすがね……葉子さん」
宗一が頭を冷やしてくる、とトイレのドアを閉めるや否や、小声で郁未は囁いた。
「郁未さんが言い訳下手なんですよ……」
「悪かったわね……で、これからどうする?」
「郁未さんにお任せしますよ」
「今に至ってはあなたに任せたほうが建設的な気がするのよ……」
投げやりな郁未の答えに困ったように葉子はクスリと笑う。
「彼がどこまで信じてくれたかはわかりませんが……もし私達と同行してくれるようであれば仲間を装うのが安全かもしれませんね。
 正直この怪我はハンデ以外の何者でもありませんし……」
「まぁそうね」
頭に巻かれた包帯をそっとさする。傷自体はひどくないものではあったが頭痛が止まらなかった。
「それに私達以外にもこのゲームに乗った人間がいるようですし、黙っていても数は減っていくと思います。
 世界一のエージェントが近くにいるこの機会をみすみす逃す手もなさそうです」
「そうね……気をつけるのはさっきのおっさんと二人の子供ってところかしら」


「ええ、会ってしまったらその時は戦闘を覚悟しなければならないでしょう。
 その時までに傷が治っていることを祈るばかりです。楽観的でしょうかね?」
「それで良いんじゃないかしら?少なくともあなたに任せるって言ったし、私にはそれよりいい案思い浮かばないし」
確認するように頷くき緩んだ顔を絞めなおすと、ベッドに横たわり宗一の戻りを待つ二人だった。

「あんたらはこれからどうするんだ?」
案の定、戻って来た宗一は二人にそう尋ねていた。
口ぶりから言っても完全には信じてはいないが、疑いきれないというのもまた事実だろう。
隠そうとはしているのだろうが、葉子の目には彼の困惑振りは手に取るようにわかっていた。
「特には……この怪我ですのでどうしようか話していたのですが、答えは出ませんでした」
「そうか、ならしばらく俺と一緒に行動しないか?
 俺の探し人の中にエディって奴がいる。
 こいつが凄い凄腕のナビゲーターなんだが、もしかしたらこの首輪を外す方法を考え付くかもしれない」
「よろしいんですか?」
真っ直ぐ自分を見つめてくるその瞳に、宗一は少し口ごもりながらも言った。
「悪いが、さっきの話完全に信用したわけじゃないって事を先に言っとく。
 あんたらが何かしでかして嘘をついている可能性だって捨てきれないんだ、すまないな」
そう言われるのは十分想定内のことだった、今は完全に信じてもらえなくてもそれで良い。
真実がばれるまでは彼の仲間になった振りをして、彼を助けることで信用を得ればいいのだ。
「それでも一緒に来るかと言ってもらえただけ助かります。……お言葉に甘えますね」

ふたりは真剣な顔で頷く。
そもそも自分達の最終的な目的は生き残ることだ。
この首輪を外せるものがいるというならそれに乗るのも良いだろう。
再び鎖につながれながらも二人は抗い続ける。生き残るために。




那須宗一
 【所持品:FN Five-SeveN(残弾数20/20)包丁、ロープ(少し太め)、ツールセット、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態:健康】
天沢 郁未
 【持ち物:支給品一式(水半分)】
 【状態:右腕軽症、頭に軽症(手当て済み)】
鹿沼葉子
 【所持品:支給品一式】
 【状態:肩をケガ(手当て済み)右大腿部銃弾貫通(手当ては済んでいるがまだ歩けるほどではない)】
共通
 【場所:I-07診療所】
 【時間:1日目21:00】
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