加速する嘘




敬介は全く動くことが出来ずに固まっていた。
自身に突きつけられている拳銃が、動かせることを拒絶している。
晴子の性格だ、間違いなく下手なことを言えば撃たれるだろう。
唾をゴクリと飲み込みながら、なんと言えばいいものか頭を必死に巡らせる。
「…とりあえず銃を降ろして落ち着いてくれないか?
 僕は君を殺そうとなんて思って無いし、この子もそうだ」
「選択肢は二個言うたよな?あんたの考えなんか知らんわ、それとも撃たれたいんか?」
聞く耳も持たず言い放つと晴子がトリガーに手をかける。「…だからって、人殺しをしてなんて観鈴が喜ぶとでも思ってるのか?」
敬介のその一言に晴子は顔を曇らせ、動揺したのがすぐわかった。
「それに全員殺したって生き残れるのはたった一人って言われてる。君と観鈴が一緒に生き残ることはできないんだ。
 だったら、他の方法を探したほうが全員の為に良いに決まってるじゃないか」
「じゃかあしいわ!」
溜まりかねたように晴子が叫んだ。
「んなもん、言われなくてもわかっとるわい。
 でもな、その他の方法ってなんやねん?それが見つからずに二十四時間立ったら全員お陀仏やで? だったら、うちが人を殺すたびに観鈴は二十四時間生き延びれる。
 そして最後に二人残って、うちが死んだら観鈴は無事に帰れるやんか!」
――全員殺して、自分も死ぬ。
晴子の発言に敬介は戦慄を覚えた。
「正しいことだとか思ってない!合わせる顔だってホントは無いわっ!
 …でもな観鈴に生きてもらうことだけがうちの願いなんやっ!」
そして震えながら涙を流しながら、再び銃を握る手に力を籠めた。

答えようの無い選択だった。


協力してもこの場を去っても、どちらにしても最終的に自分は殺されるということ。
観鈴を守り、晴子も理緒も守りながら皆で生き延びる術を探す。
切実に発せられる義母の言葉の前には、自分の考えなどは甘ったるいものにしか聞こえないだろう。
同じ親でありながら、いや本当の親でありながらどこか楽観的な考えを持っていた自分の説得など通るわけも無い。
それほどまでに晴子の発言は的を得ていた。
だがそれを認めるわけにもいかなかった。
晴子のことが大好きな観鈴の為にもこれ以上は止めなくてはならない。
敬介は決意を込めた瞳で言う。
「―君の気持ちはわかった。だが手伝うと言った場合この子はどうする?助けてくれるのか?」
「アホか?殺すにきまっとるやろ」
晴子の発した『殺す』と言う単語に理緒は涙目に怯えながらも鋏を晴子に向ける。
だがそれを覆い隠すように敬介が理緒の前に立ち、言った。
「言うと思ったよ、だから僕はこうするんだ」
言うや否や、敬介は晴子に向かって駆け出した。
反射的に銃弾が飛び出し敬介の左肩にそれは命中した。
苦痛に顔を歪めるも足は止めずに晴子の眼前へと突き進み、銃を持つ右腕を掴むと後ろ手に抑えながら理緒に向かって叫びつけた。
「僕のことは気にせず今すぐ逃げるんだ!」
「っ…でもっ!」
暴れる晴子をなんとか組み伏せその手から銃がこぼれたのを見ると、すかさず地面に落ちたそれを足で思いっきり蹴飛ばす。
「いいからっ!!」
敬介の剣幕に、迷いながらも理緒が後ろを振り向いたまさにその瞬間、どこか能天気な声が頭上を通過した。
「また偉い所に出くわしたもんだ…」

声の主――古河秋生は頭をぼりぼりと掻きながらそう言うと、銃口を敬介と晴子のほうに向けたまま理緒に尋ねる。
だが理緒は涙目になりながらかぶりを振っていた。


それも当然だろう。
いきなり現れたのは服は血に染まり銃を抱えた男に、薙刀や鉈を抱える少女。
至極まともになどまったく見えず足はすっかりすくんでいた。
「あああ、勘違いするな、別に俺達は殺し合いに参加したりしてねーぞ?」
怯え、警戒しながらゆっくりと後ろに下がる理緒に対し言う。
その二人の均衡を崩したのは、自身を組み敷いた敬介の股間を蹴り上げて抜け出した晴子の声だった。
晴子はすぐさま蹴られたH&K VP70の元に走りよりそれを手に取った。
秋生と理緒、そして渚と佳乃は敬介を庇うように晴子に対峙する。
またこんなくだらない殺し合いに乗っちまった奴か…と溜め息をつきながら渚から薙刀を受け取ると後ろに四人に向かってそっと呟いた。
「よくわからんが渚、そいつを連れて逃げろ」
「お父さん!?」
「ああ今度は戻ってくるなよ、平瀬村のどっかの家でじっと隠れてるんだ。なーに、大丈夫だ。さっきもそうだったろ?」
「でも…」
秋生の顔と、左肩から血を流しながら苦しそうに抑えている敬介の顔を何度も見直すと、小さくコクンと頷いた。
理緒も敬介も秋生達が敵ではないと理解し、同じように頷く。
「すいません…」
「気にすんな、ただ俺の娘のこと頼むぜ」
「…わかりました」

ゆっくりと距離をとる四人に対し晴子は銃口を向けながら言う。
「逃がすとおもっとるんかいな?」
「んじゃあんたは俺が追わせると思ってんのか?」
秋生はニヤリと笑うと晴子へと向けてS&W M29の照準をつけた。


「ちっ…」
晴子の銃口が秋生へと切り替わった瞬間、「いけっ!!」と叫ぶと同時に晴子と四人の間に銃弾を打ち込んだ。
けたたましい銃声に晴子の動きが一瞬止まったのを見逃さず、四人は平瀬村へのほうへと走っていく。
「まちいやっ!」
だが秋生は再び銃口を向け、それに気付いた晴子も口惜しそうに舌打ちしながら秋生を睨みつけた。
(あと一発か…正直きついな)
そう思いながら左手に握る薙刀に力をこめた。

晴子は銃口を向けたままではあるものの、一向に攻めてくる気配はなかった。
秋生の目をじっと睨みつけながら何かを考え、そしてその口がそっと開いた。
「…あの子娘さんなんやろ?」
「ああ」
聞こえていたのか、と秋生は頷いた。銃を握る手に篭る力は変わらない。
「なんでほっとくん?守らなくていいんか?」
「守るさ、あんたの目覚まさせたらすぐだ」
「はぁ?覚ますってなんやねん、うちだって娘守るために動いてるっちゅうねん」
「は?それこそ意味がわかんねーな」
意味不明にしか捉えられなかった晴子の発言だったが、娘を守ると言う言葉が気になる。
「何もせず二十四時間立ったら全員ドカンっての聞いてなかったんかい。
 同じこと何度も何度も言うのも馬鹿らしいねんけどなぁ…たった今も敬介のアホに説明したばっかやっちゅうのに…」
「ちょっと待て、今なんて言った?」
「あぁ?何度も言うのが馬鹿ら…」
「違う、その後だ!誰に説明だって?」
「敬介のアホのことか、あんたの娘と一緒に行った男や。ややこいけどな、うちの娘の父親や」
「そいつ…橘敬介か?」


「なんや知り合いだったんか?」
初めてここで秋生の表情に焦りが見えた。
「橘敬介って奴もゲームに乗ってるって…まさか!?最悪じゃねーか!」
思わず平瀬村の方角に視線を飛ばす。だが四人の姿などすでに影も形も見えなくなっていた。
今すぐ向かえば追いつけるかもしれない、そう考えて駆け出そうとするも晴子の放つ銃弾が足元に突き刺さっていた。
「なんや敬介…考えとること一緒やったんか。そうならそうと言ってくれりゃええのに…」
勝ち誇ったように笑うその顔に秋生は背筋を凍らせる。
「待っててぇな…すぐうちもそっち向かうで。一緒に観鈴守ろうな…」




神尾晴子
【所持品:H&K VP70(残弾数13)支給品一式】
【状態:秋生と対峙】
古河秋生
【持ち物:S&W M29(残弾数1/6)、薙刀、ほか支給品一式】
【状態:左肩裂傷手当て済み、晴子と対峙】
晴子秋生共通
【場所:G−3】

古河渚
【持ち物:敬介の持っていたトンカチと繭の支給品一式(支給品不明・中身少し重い)】
【状態:正常、平瀬村に向かって逃走】
霧島佳乃
【持ち物:鉈】
【状態:同上】
橘敬介
【所持品:なし】
【状況:左肩に銃弾による傷、同上(支給品一式+花火セットは美汐のところへ放置)】
雛山理緒
【持ち物:鋏、アヒル隊長(13時間20分後に爆発)、支給品一式】
【状態:正常、同上(アヒル隊長の爆弾については知らない)】
四人共通
【場所:G−3から平瀬村方面に逃走】

【時間:1日目22:40頃】
-


BACK