マーダーキラー




鎌石村へ向かっていた名倉友里であったが、響き渡ったマシンガンの音を聞いて即座に踵を返していた。
今は平瀬村内部を走っている最中だった。

友里は最初、自分にも十分勝機があると考えていた。
能天気な生活を送っていた連中に、施設での過酷な生活を送っていた自分が負ける筈が無い。
強敵は少年や郁未、葉子といった同じ施設の者だけだと、そう考えていた。
だがこのゲームは友里の想像より遥かに過酷なゲームであった。

二人の少女に対しての襲撃は失敗し、手傷を負い、武器を失った。
それに先程聞いたマシンガンの音。素手で動くのは自殺行為だった。
武器があった時でさえ、ただの少女二人相手に遅れをとったのだ。
(早く…早くもっと強力な武器を探さないと…!)
自信を打ち砕かれ、彼女は焦っていた。


だから、
「あらあら、そんなに急いでどこに行くんです?」
すぐ近くまで寄っていてきた人物にすら気付かなかった。

「――え?」
振り向くと、そこには女――水瀬秋子が立っていた。

「そんなに走り回ると、かえって危ないですよ?」
秋子は微笑んでいたが、その右手には包丁、左手には銃が握られていた。

(――――まずい)
友里は心の中で舌打ちした。
今自分は素手だ。それに目の前の女からは何か、底知れぬモノを感じる。
今戦ったら殺される―――!
(ここは何とかやり過ごすしかないわね…)

「そうですね…ありがとうございます」

「いえいえ。肩を怪我してるようですが、一体どうしたんですか?」
「これは突然襲われて……銃で撃たれたんです」
友里は肩を抑えながら口にする。
「それは大変でしたね」
「ええ……もうどうしたらいいか分かりません…」
「でしたら、私と一緒に行動しますか?人数が多い方が心強いですし」
理想通りの展開だ。
この女は甘すぎる。隙を見て武器を奪って終わりだ。
「私は水瀬秋子です。よろしくお願いします」
秋子は笑顔で挨拶をしていた。こちらを疑っている様子は微塵も無い。
「名倉友里です。よろしく」
友里も笑顔で挨拶をしていた。
勿論作り笑いだったが、間抜けな獲物に対しての感謝の気持ちもあったのか、
思ったより自然に笑顔が作れていた。

「では一緒に来てください。」
そうして友里は秋子の後に続いて歩きだした。
後ろからでよく見えなかったが、武器を点検しているのか秋子は銃を弄っているようだった。

暫くして友里は違和感を覚えた。
どうもおかしい。村から離れていって、森の中を進んでいるではないか。
「あの……本当に道は合ってますか?」
「大丈夫ですよ。それより、友里さんは支給品は何だったんですか?」
「トンファーでしたが…襲われた際に落としてしまいました」
そう言って表情を曇らせる。その演技は実に見事なものであった。

「そうですか…ではこの銃をお持ちください」
「…え?」
「私一人が武器を全部持っていても仕方ありませんから。護身用にどうぞ」
秋子は足を止め、振り返ると銃を差し出してきた。
友里は笑いを堪えるのに必死だった。この女はお人好し過ぎる。


「ありがとうございます」
笑顔で受け取り、その銃を即座に秋子に向ける。
「あら……、どういう事です?」
「見ての通りよ…お馬鹿さん、ありがとうね。そしてさようなら!」

そして友里は迷わずに引き金を引いた。だが、銃口からは何も発射されなかった。
「え?」
おかしい。何度も引いてみたが、銃弾が発射される事は無かった。

「無駄ですよ?あなたを試す為に、弾丸を抜いておきましたから」
「な……」
その時、友里の右肩に衝撃が走った。
自分の右肩に、包丁が「生えて」いた。
「あああぁぁぁぁっ!!」
直後に走る激痛。
「友里さんはマーダーのようですね」
秋子は友里の右肩から乱暴に包丁を引き抜いた。
「な…んで…?」

「単にカマをかけただけですが……、強いて言えばあなたは落ち着き過ぎていましたね。
では、私の娘が受けた苦しみを何倍にもして与えてあげますね」
そう言って、秋子は笑顔を浮かべた。それは、日常で見せるような笑顔。
しかしその顔は返り血を浴びており、手には包丁。
そんな異常な状況にも関わらず、その笑顔は穏やかだった。
「う……あ……」
この女は狂っている。冷静に、狂っている――――
恐怖で何も考えれない。
友里はその場に座り込み、腰が抜けたまま動けなかった。



「本当なら長時間かけて苦しめたいのですが、家を長時間空けるのは危険ですので」
包丁が振るわれる。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっっ!!」
次の瞬間には友里の左手の人差し指が、地面に落ちていた。
「手っ取り早く、罰を与えますね……さて、何本目に死にますかね?」

夜の森に悲鳴がこだましていた。その悲鳴は数分間鳴り響いていたが、やがて何も聞こえなくなった。
もしかしたら名倉友里は、このゲームの参加者の中で最も不運だったと言えるかもしれない。
何しろ、彼女はこれまで死んだ者の誰とも比べ物にならない程の苦痛を伴う死を与えられたのだから。

名雪を襲った張本人は既にこの世にはいなかったが、秋子はその事実を知らない。
だから、秋子は戦い続ける。
――――マーダーに無慈悲に苦痛を与え続ける、マーダーキラーとして。




【時間:午後10時頃】
【場所:F−02】

水瀬秋子
【所持品:IMI ジェリコ941(残弾14/14)、木彫りのヒトデ、包丁、殺虫剤、支給品一式×2】
【状態・状況:健康。主催者を倒す。ゲームに参加させられている子供たちを1人でも多く助けて守る。
 ゲームに乗った者を苦痛を味あわせた上で殺す】

名倉友里
【所持品:無し】
【状態:悶死】
-


BACK