おばさんとおっさん




「はぁはぁ……」
左肩から帯びた熱に身体はふらつき、秋生の息は荒い。
右腕に抱える死体となってしまった愛妻の身体を支えるのも億劫なほどだ。
勿論気持ちのうえでは手放すことなど出来るわけも無いのだが、身体がついてはきてくれない。
そんな秋生を不安げに見つめる渚と佳乃。
「お父さん……どこかで少し休みませんか?」
「何を言ってんだ、俺は大丈夫だぞ」
だが自分でもどこかから回りしているのはわかった。
娘に心配をかけているのもわかったし、気合だけではすぐにどうにもなるものでも無いかもしれない。
「でも……」
そんな顔をされるのが耐えられなくなり、秋生は小さく深呼吸しながら言った。
「……そうだな、すまん。どこかで少し休むとするか」
辺りを見渡しても人影は無い。
だが先ほどの銃声を聞きつけて人が集まってくるかもしれないし、ここに座り込むわけにも行くまい。
目に付いた一軒の家をしばし眺めると、激痛に苛まれながらも佳乃にS&W M29手渡した。
「……あそこの家にしよう、もし変な奴がいたらすぐ逃げるんだ」
二人がコクリと頷くのを確認すると、ゆっくりとドアを開けた。

「またお客さんですか?」
暗くなった部屋から落ち着き払った声がかけられる。

佳乃は思わず銃口を向け、秋生も身構える。
「心配しないでください。私は別に何もする気はありません」
その声と共に部屋に明かりが灯り、パソコンの前に座る天野美汐がクルリと椅子を回しながら答えた。
秋生が抱えた早苗の死体に一瞬顔をこわばらせるものの、動揺を見せない口調で続けた。
「先ほどの銃声ですか……」
渚と佳乃の顔が悲痛に曇るが、秋生は気にせず語った。
「ああ、殺し合いに乗っちまった馬鹿がいたもんでな……こいつは俺の妻だ。助けられなかったよ」
「あなたも殺したんですか?」
「……いや、殺せなかった。ここで殺しちまったら理由はどうあれあいつらと何もかわんねーしな。
 んま、不可抗力とは言えすでに一人殺してる俺が言える台詞じゃねーんだけどな。……で、だったらあんたはどうするんだ?」
「別にどうもしません、殺し合いに参加するつもりもありませんし、あなたが人を殺していようが、目的が何であろうが私には関係ないことです」
美汐のその言葉に秋生は警戒を少し緩めて聞き返した。
「つまり俺達がいても何も関係ないって事か?」
「ええ、何か目的があって来られたのでしたらどうぞご自由に」
少し考え秋生はゆっくり後ろで警戒している二人を見ると、小さく笑いながら言った。
「そうか、いやすまねぇ、驚かすつもりも戦うつもりも俺らには無い。ただ少し休ませて欲しいだけだ」
「はい、ちょうど暇をもてあましていたところなので私はかまいませんよ」

支給品の食料を開け頬張りながら、秋生は今までのことを美汐に話していた。
あまり興味がなさそうな顔をしながらも黙って頷きながら美汐は相槌を打っている。

さすがに早苗の話になると部屋の隅に横たえられたその死体にチラリと目をやると、静かに目を閉じていった。
「ご冥福をお祈りします……」
「どこかで眠らせてやりたいんだがさすがに余裕が無くてな……。
 食うもん食って休んだら裏にでも埋めてやろうと思う、良かったら手伝ってもらえるか?」
「ええ、構いませんよ」
物静かに微笑む少女に秋生は先ほどからずっと疑問に思っていたことをぶつけてみた。
「何もする気は無いって言ってたが、んじゃ何をしていたんだ?」
言いながら先ほどまで美汐のいた場所に視線を移す。
そこには一台のパソコン。
「見てみますか?」
秋生が頷くのを見て、美汐はパソコンに向かい電源をつける。
「こりゃ……」
画面に映った『ロワちゃんねる』のページ。
ゆっくりとページがスクロ−ルされにつれて、秋生は驚きの声を上げる。
渚と佳乃も何事かと後ろに来て驚愕していた。
「何か変わったことがあれば……と思って暇潰しに見ている感じだったのですが」
「なるほどな……だが無事で何よりだったな」
それは『自分の安否を報告するスレッド』の美汐自身の書き込みを見て出た発言だった。
美汐の顔が一瞬だけ嬉しそうに変化するのだったが、それに気付くものは誰もおらず、沈痛なそれにすぐ変わり答えた。
「ええ、本当にびっくりしました……」
言いながらパソコンの電源を切る。
「おお、消しちまうのか?俺も何か書こうと思ったんだが……」
「あ、はい、構いませんよ」
電源を付け直し、椅子を秋生にゆずる。
「んー、なんて打つかな」


カタカタと慣れない手つきでキーボードを叩く。

3:レインボー:一日目 18:59:55 ID:H54erWwvc

岡崎の小僧、生きてるか?
放送で呼ばれなかったから生きてるんだろうな。
渚のことは心配するな、俺が見つけた。
だから安心して自分の身を守ることに集中しろ。
後真琴と相沢って奴も心配するな、美汐って嬢ちゃんも元気ピンピンだ。
お前らも死ぬんじゃねーぞ。

居場所や落ち合う場所も書きたかったのだがそれをすると殺し合いに参加した奴がやって来るかもしれない。
早苗の死も今は奴を混乱させるだけだと書くのは止めた。
何度も訂正しながらも秋生は送信ボタンを押した。

早苗の死体を家の裏手に埋め、四人は手を合わせて静かに冥福を祈る。
「こんなとこで味気ない墓ですまないな……渚も小僧も絶対守るからよ」
渚の瞳からはボロボロと涙が零れ落ち、秋生はゆっくりとその身体を抱きしめながら呟いた。
鞄と武器を持ちながら秋生は美汐に声をかける。
「本当に一緒に行かないのか?」
その質問に、少し困ったように考えながら美汐は自嘲するように返す。
「ええ……」
「そうか……心配するな、お前の知り合いにあったらここにいることを伝えてやる」
強制することも無く秋生は美汐を背に手を振り、渚と佳乃も頭を深々と下げるとそれに続いて去っていった。




古河 秋生
 【持ち物:S&W M29(残弾数2/6)、ほか支給品一式】
 【状態:左肩裂傷手当て済み】
古河 渚
 【持ち物:薙刀】
 【状態:正常、秋生に同行】
霧島 佳乃
 【持ち物:鉈】
 【状態:正常、秋生に同行】
天野 美汐
 【持ち物:様々なボードゲーム・支給品一式】
 【状態:正常、一人家に留まる】
共通
 【時間:19:30頃】
 【場所:I-07】
 【備考:秋生生存ルート、224と284に関連 B-11ですが違いが診療所だけなのでB-10準拠に変更お願いします】
 【    他の生存ルートに使いたい人がもしいたら早苗とか佳乃とか適当に改変しちゃってください】
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