血の色の溝(ルートB系)




どうにか追っ手を振り切った雄二たちは、診療所への道を急いでいた。

「くそ、まだ見えねえのか、診療所ってのは……!」

雄二が毒づく。
ほんの数百メートルが、ひどく遠い。
一度は収まった苛立ちが、再び鎌首をもたげている。
原因はといえば、はっきりしていた。

「雄二さん、沙織さんは少し休ませてあげないと……」

またか。
思わず舌打ちする雄二。

「さっきも休んだだろ」
「ですけど……」

見れば、沙織は瑠璃子に抱えられるようにして俯いている。
その足は止まっていた。

「何だよ。今度は何だ。疲れたのか。何か思い出したのか。
 また藍原とかいう子のことか……!」

雄二の低い声に、沙織の肩が震える。
見る見るうちに、その眼に涙が溢れてくる。

「雄二さん……、あの、それは」
「死にたいのかよッ!!」

堪えきれず、雄二が大きな声を上げた。
びくり、と身を震わせて、沙織はその場にしゃがみ込んでしまう。

「新城さん、大丈夫だよ……」

すかさず瑠璃子がその肩を抱いて囁きかけている。
たまらずマルチが雄二に抗議の意を示した。

「そ、そんな声を上げないでください……。
 沙織さんはちょっと疲れてるんです、だから……」
「判ってるよ、んなことは!」

雄二のトーンは収まらない。

「わかってんのか、俺たちはたった今、命を狙われたんだぞ!
 こんなところでモタモタしてたら、さっきの奴が戻ってくるかもしれないだろうが!」

言うと雄二は、沙織の肩を抱く瑠璃子の方に向き直ると、トゲのある声で続ける。

「お前の銃も弾切れだしな……何も全部撃ちきることはなかっただろうによ」
「さっきは、ああするより他に仕方なかったんだよ」
「そうですよ雄二さん、瑠璃子さんは悪くないです……」
「今度は庇いあいかよ……話にならねえ」
「雄二さん……」

困ったような顔のマルチ。
この人が苛立っているのは、本当はわたしたちにじゃない、とマルチは感じている。
きっと貴明さんがいない今、自分がわたしたちを守らなきゃいけないという思いが
強すぎて、それでイライラしているんだろう、と思う。
優しい人なのだ。だけど今はそれが、噛み合ってない。
わたしはこの人に何をしてあげられるんだろう、とマルチが考えた、その時。

何かが弾けるような、大きな音が響いた。
夜の闇に沈む木々に反響して、方角は判然としない。
雄二が強張った顔で呟く。

「お、おい、今のって……」
「じゅ、銃の音ですよね……?」

答えるマルチ。
その返答に、雄二は眉をしかめる。
発砲したということは、銃器で武装した誰かが交戦しているということだ。
つまりそれは、人を殺す覚悟のある誰かが、すぐ側にいるということ。
銃声は、人を殺す音だ。
まずい、と思って振り向いた時には遅かった。

「いやああああああああああああああああああああっ!!」

沙織が絶叫していた。
半狂乱で瑠璃子の腕を振り解くと、立ち上がって走り出す。
向かう先は、目指す診療所の方向。

「お、おい待て、待てったら新城! ……畜生、こんな時に!」

舌打ちして後を追う雄二。
慌てるマルチと、遅れて瑠璃子が走り出す。


「……はぁ、はぁ……っ、……クソッ、どいつもこいつも!」

動かなければならない時には座り込み、状況を見定めなければならない時に限って
無闇に走り出す。
理不尽とすら思える行動に、雄二は苛立ちを通り越して怒りを覚えていた。
どうして誰も俺の話を理解しない。
どうして誰も俺の言う通りにしない。
どうして誰も、とそこまでを脳裏で吐き散らしたところで、

「チッ……おい、新城! 今度は何だ!」

新城沙織が、道の真ん中でへたり込んでいた。
その肩は震えている。
先程までと比べても、どうも様子がおかしい。

「何だってんだ……って、おい……ありゃあ……」

沙織の視線の先を追った雄二が見たのは、

「あれが、診療所……?」

小さな建物。
カーテンがはためいていた。
開いた窓が、きいきいと音を立てている。
奇妙に静まり返ったその屋内。
ひときわ強い風が吹き、はためいたカーテンの、その向こう。

割れた窓から、壁一面に飛び散った、赤黒いモノが見えた、気がした。

こみ上げる嘔吐感を、嫌な味の唾を吐き捨ててどうにか堪える。
状況が示す結論だけを考えようとする雄二。
それ以外のことは、想像してはいけない気がしていた。
答えは、すぐに出た。

「ここも……駄目だってのかよ!」

遅れてきたマルチと瑠璃子がすぐ後ろで息を呑むのを、雄二は感じる。
危険、の二文字が雄二の思考を覆い尽くす。

「立て、新城……! すぐここから離れるぞ……!」

雄二の張り詰めた口調にもまるで反応しない沙織。
それを見るや、雄二は沙織の肩を掴んで強引にその身を引き起こそうとする。

「……ひっ……ぃぁ……っ!」

怯えたように雄二の手を払いのける沙織。
雄二は思わず声を荒げる。

「いい加減にしろ! 立て、走れよ!」
「ぁ……ぁあ……」

そんな雄二の表情を見て、更に恐慌を深める沙織。

泥沼だった。
見かねてマルチが声を出す。

「瑠璃子さん、わたしと瑠璃子さんで沙織さんを……」
「うん」

すぐに頷く瑠璃子。
それを見て雄二は何かを言おうとしたが、結局口をついて出たのは、
状況への対処を優先させる言葉だった。

「……、じゃあ走るぞ……。とにかくここから離れるんだ」

宵闇が、一行の行く手に広がっていた。




 【場所:I−7】
 【時間:午後8時前】
向坂雄二
 【所持品:死神のノート(ただし雄二たちは普通のノートと思いこんでいる)、ほか支給品一式】
 【状態:焦燥】
新城沙織
 【所持品:フライパン、ほか支給品一式】
 【状態:恐慌】
マルチ
 【所持品:ほか支給品一式】
 【状態:困惑】
月島瑠璃子
 【所持品:ベレッタ トムキャット(残弾数0/7)、ほか支給品一式】
 【状態:推移を見定める】
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