妹と兄の見た悪夢




(てっきり、お母さんがどこにいるのか分かってるんだと思ってたよ……)

 既に1時間以上も島の上空を飛び続けながら、神奈は未だに晴子を見つけられなかった。

「ええい、目覚めたばかりで本調子ではないのだ! 建物や林の中に紛れておれば見逃しもするわ」
(でも、術とかそんなので探せないの?)
「余とて、なんでもできる訳ではない。この世でなんでもできるのは……“いふゐち”ぐらいのものだ」
(“いふゐち”ってなに?)
「余も詳しくは知らぬが、そういう何でもできる万能の存在として微かに翼人の記憶に残っておるのだ」
(それはいいけど……もうすぐ日が暮れちゃうよ)
「今しばらく待っておれ、すぐに見つけてやる!」

 その時、地上から銃声が聞こえた。
 見下ろすと、女が男と銃を突き付け合っている。男の近くには少女が一人。

(あ! お母さんだ)
「おお、あれがおぬしの母か。あの者共と戦っておるようだな……おうおう、派手に撃ちよるわ」
(早く助けてあげて!)
「うむ、任せよ」

 撃ち合う両者の間に降り立った神奈は、晴子の敵―――英二と芽衣に向けて翼を広げた。

「人よ、己が罪を知れ。汝らが余に与えし千年の悪夢、その報いを―――受けよ!」
(にはは、そのセリフ、すごく必殺技っぽい)
「一々茶々を入れるでないと言っておる!」

 ぶわっ。

「なんだっ!?」
「きゃあ!」

 神奈の翼からどす黒い瘴気が溢れ、たちまち英二と芽衣を包んだ。

 ・
 ・
 ・

「はっ」

 気が付くと芽衣は部屋の中に立っていた。

 ―――英二さんと一緒にお兄ぃちゃんを探して歩いてたら、いきなり女の人が撃ってきて……。

 芽衣は急いで辺りを見回した。そこは、

「私の部屋……?」

 ―――そっか、夢だったんだ。そうだよね。あんな事本当にあるはずないもん。

「はぁ……」

 芽衣は安堵の溜息を漏らした。

 ガチャ。

 その時、部屋のドアが開いた。

「だれっ!?」
 まだ夢の恐怖が抜けきっていない芽衣は思わず怯えた声を出してしまう。

「やあ、芽衣」
「お兄ちゃん……? 無事だったの……じゃなくて学校は?」
 遠くの町の高校に通っていて家にはいないはずの兄がドアから顔を出していた。
「ちょっと、芽衣に会わせたい人がいてさ……ああ、入ってよ」
 陽平に続いて同じ年頃の背の高い男が入ってきた。

「紹介するよ。僕のスタディの岡崎さ」
「おいおい、春原、それを言うなら『ステディ』だろう」
「あ、いけね」
「こいつぅ」
「てへっ☆」
「『てへっ☆』じゃねーよ、可愛すぎるぞ春原、この野郎! 可愛すぎるからチューの刑だ!」

 むちゅう。

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 芽衣は知っている人が見れば兄そっくりだと思ったであろう表情で絶叫した。 

 2人はたっぷり5分は愛し合ってからようやく顔を離した。
 唇と唇の間がキラキラと光る糸で結ばれていた。

「ごちそうさま」
「あふっ……上手すぎるよ岡崎……」

(ガクガクガクガク……)

 その光景は兄の身に起きた事を理解するのに十分な物だった。

「芽衣、見ての通りだ。僕、高校で本当の自分を見つけたんだ。これからはこいつと一緒に生きていく。死ぬまでな……」
「嬉しいぜ、春原!」
 2人は抱き合う。

「ああぁ……」

「じゃあ、僕はいくよ。元気でな」

 絶句する妹を置いて陽平は朋也と手を繋いで部屋を出て行く。

「お兄ちゃん! 待ってっ! そっちの世界に行っちゃだめぇーーっ!」

 芽衣は駆け出した。男の恋人と共に遠ざかる兄の背中を追って。

「芽衣ちゃん! 危ないっ! そっちは―――」

 英二は叫んだ。だが、その声は届かず、

「おにいちゃーーーーーん……」

 芽衣の姿は崖の向こう側に消えた。

「あ……ああぁ……」

 崖の方へ2、3歩足を踏み出したところで英二の膝が崩れた。

「む……おぬし、何故余の悪夢を受けて狂い死なん……?」

 地面に蹲って震えてはいるが、まだ正気を保っている英二に神奈が問い掛ける。

「悪夢……? ははは……理奈を失い……そして今、あの子まで見殺しにしてしまった……。
 この現実が既に悪夢そのものだからじゃないかな……」

 英二は自嘲的な笑みを浮かべながら言った。

「そうか、ならば物理的に死ぬがよい」


 ポーーーーーーーーーーン…………………………グシャ。


 神奈の一声で高々と空に打ち上げられた英二は数秒後に地面に激突して死んだ。

(にはは……障害は即排除。私たちすごく悪役っぽい)
「まあ、余は平行世界では“らすぼす”を演じたぐらいだからな」
(へいこうせかいって?)
 翼人の記憶を覗けばすぐに分かることだったが、そこに気付かない観鈴は神奈に訊ねた。

「平行世界とは……そうだな、お主の場合で言えば、国崎往人が診療所の娘や天文部の娘と乳繰り合うような世界だ。
 あるいは、動けなくなったお主が部屋の中で一人寂しく死んで腐り果てるような、そんな別の可能性を辿った世界のことだ」
(が、がお……そんなのいらない)
「うむ。余もこの世界では違った結末を迎えたいものよの」
(どうしてだろ……酷い結末のような気がするな……)




 057 春原芽衣 【死亡】
 014 緒方英二 【死亡】

 神奈
 【持ち物:ライフル銃】
 【状況:晴子に会えて一安心】

 024 神尾晴子
 【持ち物:銃】
 【状況:あまりの出来事に呆然】

 【時間:18時過ぎ(第1回定時放送の少し後)】
 【場所:海岸沿いの崖の近く。詳細は次の書き手にお任せ】
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