ノートの行方(前編)




「ない、ない、ない…」
部屋の中をひっくり返し、そこら中をごそごそとかき回して何かを探している様子の一人の少女。
一見無表情で慌てている様には見えないが、その身体の動きから察するにそう見えないだけで大事なものだろう。
真紅に染まった髪が目の前を覆い隠し、やぼったそうにそれをかき上げ汗を拭く。
「エビル、まだ見つからないの?」
紫色の長髪をたなびかせた女性が静かにエビルと呼ばれた少女に近づくと、懸念そうに尋ねる。
「ルミラ様…うん、どこ行ったんだろう」
「かれこれ半日近く探してて、それでも無いならどこかに忘れて来たのでは?」
「かも…」
動かす手を止め、シュンと項垂れる。
「ったく、ドジだな」
言いながら、今度は青いショートヘアの少女が毒づきながら現れた。
「お前後寿命どれくらいなんだよ?」
「ここ数十年使ってなかったからわからないけど…そんなに長くないと思う」
「まったく、自分の命に関ることぐらいちゃんと覚えとけよ」
「まぁまぁイビル」
イラついたように攻めたてるイビルだったが、言葉に棘は無く、彼女なりに心配してるようだった。
それをわかっているのだろう、たしなめながらも半笑いのままルミラが言った。
「心当たりは?」
「わからない…持ち出した事だって最近無かったと思う」
「困ったわね」
三者三様に首をかしげ、そして大きく溜め息をついた。
「あぁそうだ、あの子に頼んでみたらどう?」
ポンっと手を叩きながらルミラはからかう様に言う。
「あの子?」
「ほら、バイト先の…なんて言ったっけ、随分ラブコールされてるみたいじゃない」
どこか笑いを噛み殺しているその顔に、表情は変えなかったものの少し苛立ちを覚えながらぶっきらぼうに返す。
「別に…芳晴はそんなんじゃない」
いつもと同じ禅問答。
その決まった答えに、眼前の二人はニヤリと口元を緩め


「ニブイって…」
「罪だな…」
と呆れ返るように言うのだった。


「ノート?」
「…あぁ」
「大事なそれを無くしてしまったから探すのを手伝って欲しいってことですか?」
「そうだ」
両手を胸の前に合わせ、何か念じるように目を閉じ、そして項垂れながらエビルは言う。
「普段ならどこに在っても感知できるんだが、今はなにかに邪魔されてる感覚で一向に特定できないんだ」
「なるほど…」
「それで芳晴の都合さえ良ければこれから手伝ってもらいたいと思ったんだ」
「悪いわけが無いじゃないですか! 江美さんのためなら例え火の中水の中! 親の葬式の最中だって駆けつけます!」
かねてから休日はエビルと過ごしたいと願っていた芳晴に取って、まさに降って沸いたような嬉しい提案だった。
だが、後ろでずっとニヤニヤ笑いながら自分を見ている二人が気になってしょうがない。
「えーっと、…もしかして後ろのお二人もご一緒で?」
「当然だろ」
「当然でしょ」
芳晴の言葉を最後まで言わせず、ルミラとイビルの声が見事にハモる。
ガクッと肩を落としたものの、ここでへこんでいてもしょうがない、江美さんといられるだけでも良しとしようと思い直す。
「で、あのおチビちゃんはどこ?」
「へ?」
ルミラの問いに虚を付かれ、思いもよらぬ間の抜けた声を上げる芳晴。
「あなたに探し物ってできるの?」
「あー、えーと…もしかして俺の仕事ってコリンに頼むってことだったり…します?」
せっかく五月蝿いあいつを誤魔化して家出てきたって言うのに…。
三人が同時にうなずいたのを見て、肩どころが全身の力が抜け、芳晴はがっくり地面にひざまづく。


家に帰って事のあらましを説明するも、コリンの反応は当然のことながら淡白なものだった。
「"物"探しは管轄外だなぁ…」
ポリポリとポテチを頬張りながらめんどくさそうにコリンは答える。
「そのノートにエビルさんの魔力が篭ってるならある程度わかるけど、ジャミングかかってて自分でもわからないんでしょ?」
質問にコクリと頷いたエビルに対して、両手を挙げてお手上げポーズ。
「んじゃむりむーりー、他当たってちょー」
ゴロンと背を向けるとポテチの袋に再び手を伸ばした。
苛立ちを押さえながら芳晴はその袋を取り上げる。
「おーまーえーなー」
「だって別にやる理由とか無いじゃん! いっつもないがしろにしてる癖に都合良い時だけ、はいお願いします、じゃないよっ」
相当ご冠の様子で取り付く島も無いコリンに頭を抱え込む芳晴。
「私で良かったら手伝いましょうか?」
どこから現れたのか、いつの間にか芳晴の隣にユンナが立っていた。
「あーっ! 何いい子ぶってんの?」
「しょうがないでしょ! 私にだって引け目はあるんだから…」
煽り口調のコリンの言葉に叫び返すも、後半はゴニョゴニョと声は小さくなっていた。
「これから芳晴がなんでもするからって土下座して頼み込む予定だったのに、ぶち壊しジャン!」
「知らないわよそんなの!」
そして始まる睨み合い罵倒しあう二人の醜い争い。
こうなってしまうともう止まらない。
いつもながらの喧嘩に溜め息しか出てこない。
「んー、ゴホンッ」
唐突に起きた咳払いに、二人の抗争がピタリと時が止まったように収まる。
「で、どっちが?」
ギラリと歯を光らせながら笑みを浮かべているが、まったく不釣合いなドスの聞いた声でルミラが尋ねていた。
すでに頼んでいるじゃなくて脅しているよな…。
正直なところ二度と敵には回したくない。
芳晴とまったく同じことを考えたであろう二人が尻尾を丸めたのはその数秒後のことだった。




――同時刻、とある商店街のとある一角。
一般人の目には見ることさえも出来ない店が、そこには存在していた。
普段はほとんど訪れることの無い客を待ちながら、カウンターに座っている店主ことショップ屋ねーちゃん。
だが今日はいつもとまったく違っていた。
その手に持つ一枚の紙の内容を何度も見ては、溜め息を繰り返している。
始まりは、二週間ほど前に舞い降りた上物の依頼。
100人分をゆうに超える量の食料や雑貨、非合法な武器のたぐいから用途のわからない謎アイテムまで。
確かに裏の世界に関る人間なら、自分の店は人間の目には絶対映らないのだから絶好の隠れ蓑だろう。
特に疑問も持たず言われたとおりに準備をした。
そして今日がその代金の受取日だった…はずなのだが、送られてきたのは大きなボストンバック。
中には一枚の紙切れと怪しく黒光る数個の首輪。
なんだなんだと憤慨しながらその手紙の内容を見て愕然とする。

『今回は依頼した品の調達、真にありがとうございました。
 本来であればこのバックの中には相応の代金を納めさせていただく予定でしたが
 こちらの不手際で、此度我等が主催するゲームにあなた方もエントリーされていた事が発覚したのです。
 かと言って極わずかでも事情を知ってしまったあなたを参加させるのは、他の参加者の手前差別化ともなり芳しくありません。
 そこで、ゲームから除外する代わりに、お連れできなかった下記の方々を出来るだけ多くこちらに連れて来て欲しいのです。
 本来であれば我々の手で行うべき点ですが、すでにゲームは始まっていてしまって手が回らない現状なのです。
 手段は問いませんが、この件に関しての説明は一切他言しないようにご注意願います。
 バックに同梱した首輪は各々に必ず着用させ、前回依頼したものと同じようなものをそれぞれに持たせてください。
 これが終わり次第、前回とあわせた報酬をお勉強させていただいた上でお支払いさせていただきたく思います。
 至らない面をお見せしまして申し訳ありません、よろしくお願いいたします』

そしてその内容に続く名前は以下の名前だった。
・城戸芳晴
・コリン
・ルミラ
・エビル
・イビル
・フランソワーズ
・メイフィア
・アレイ
・たま
・ユンナ




時間【沖ノ島島外】
-


BACK