心の嵐




梓は柳川を睨みながら、一歩一歩歩み寄ってくる。
「や・な・が・わぁ………」

その声を聞いた柳川に戦慄が走る。
とてもとても重い、憎しみが篭った声。
梓は凍り付いた顔で柳川を直視している。今の梓の心は深い闇に捉われていた。

柳川の後ろには、震える少女が二人。
柳川は武器を選ぼうとしていた。
柳川はM4カービンを手にしようとし―――楓の顔が脳裏に浮かび、銃ではなく出刃包丁を選んだ。
それを逆向き、いわゆる峰打ちの状態に持ち替える。

「一人で十分だ……下がってろ」
そう言った柳川だったが、正確にはそれは少し違っていた。
この武器で二人を守りながらでは、目の前の異形には勝つ自信が無かった。
包丁を構える柳川を見て、梓も警棒を構える。怪力によって振るわれる警棒はまさに凶器。
まともに直撃すれば良くて骨折、当たり所によっては一撃で命を奪われる可能性すらある。

「かつて俺を止めようとしていた貴様がゲームに乗り、
殺人者になった貴様を俺が止めようとするとは……皮肉な事だな」
フン、とまるでリサのように肩をすくめながら口にする。

しかし、予想外の言葉が梓の口から飛び出した。
「何を勘違いしてるんだい?私は楓の仇を取りにだけだ」
彼女は憎悪の感情のみを含んだ声で、そう口にしていた。

「は―――――?」
呆気にとられている柳川。俺が楓を殺した……だと?
「俺は楓を殺してなど…」

「オマエガァァァァーッッ!!!」
柳川が喋り終わるのを待たずして、梓は一気に間合いを詰め殴りかかってくる―――!

ガキィッッ!!!
風を切り、お互いの武器が交差する。

「お前が!!お前が楓を!私の大事な妹を殺したんだっ!!」
間断無く、休む事なく繰り出される梓の猛攻。
周囲に轟音が鳴り響く。風を切る音だけでも相当のものだ。

「柏木の娘よ、それは勘違いというものだ、あれは俺がやったんじゃない!」
柳川はそれを凌ぎながらも、説得を試みている。

「嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だぁ!!アンタが今までやってきた事、忘れたとでも思ってるのか!」
だが梓の攻撃は止まらない。梓はただがむしゃらに己の武器を振るっている。
それはさながら嵐のようであった。激情の、憎しみの嵐のようだった。
彼女の心の嵐は収まらない。

「止めろっ!今の俺は鬼に支配などされていないっ!!」
「信じるもんか……、信じられるもんかぁっ!!」
今の彼女は柳川への憎しみと殺意以外、何も考えていなかった。

―――否、考えられなかった。
このゲームの異常な緊張感、妹の死、冷徹な狩猟者と化した姉の姿。
思考を全て憎しみに委ねなければ、私は狂ってしまう!
柳川がどう説得しようとも、梓は止まりそうになかった。
今の梓は憎しみの対象である柳川本人の言葉は一切信じない。
「…………っく……」
柳川が説得を諦めかけたその時。

「待ってください!!」
梓を止めたのは柳川ではない第3者――倉田佐祐理の声だった。
「!?」
「貴女は……、貴女は勘違いしています…………」
目の前の存在に恐怖しながらも、決して視線は外さなかった。

「アンタは誰だ………?」
「私は倉田佐祐理、柳川さんに救われた者です………」
佐祐理はそう言ってから、震えそうになる足を強引に押さえ込んで、梓の方へと歩み寄っていった。

佐祐理の方へと向き直り、話に聞き入る梓。
「柳川さんは自分の体が、そして心がどれだけ傷ついても必死にこのゲームを止めようとしていました。」
「………………………」
佐祐理は表情を歪めながらも、言葉を続ける。
「本当は人を傷付けたくないのに、ゲームに乗った人を止める為に必死に戦っていました。」

そして最後に、
「だから柳川さんは絶対に、こんなゲームには乗りません。佐祐理は、そう信じています。
―――佐祐理は、柳川さんに救われましたから」
今までで一番強い声で、そして最後には笑顔で、はっきりとそう言い切っていた。
佐祐理はあははーっ、と照れ笑いしている。

驚愕で梓の目が見開いていた。
「それは本当なのか……?」
「ああ、俺は楓と一緒にいたが、殺していないし、ゲームに乗ってなどいない。
俺の目的はこのゲームに乗った連中と主催者を殺す事だけだ」
「…………………………………」
柳川の目は真剣だった。以前の人を見下した目とは、明らかに違っていた。
これは私のよく知っている人―――千鶴姉と同じ、奥底に深い悲しみを宿した目だった。

私だって馬鹿じゃない、ここまでされたら分かる。コイツ達は嘘は言って無い。
柳川は楓を殺してなどいなかったのだ。
でも―――

「分かったよ………」
梓は俯きながら呟くようにそう口にしていた。
これで勘違いから始まったこの争いは終わるはずだ、この場にいる梓以外の全員がそう思った。
だが―――


「でも、じゃあ何でお前と一緒にいた楓は死んだんだ……?」
「――――!」
梓は、再び柳川に向かって駆け出していた。

「くっ!!」
ガキィッ!!
「何でなんだよ!」
大きな動作で警棒を振り上げ、渾身の力で振り下ろす。
「お前は狩猟者だったんだろ!?」
ガキィッ!!

「お前は強いんだろっ!?」
ガキィッ!!
一撃毎に梓は叫んでいる。
聞こえるのは包丁と棍棒がぶつかる音と―――泣き叫ぶような、梓の声。

「それがなんでっ!!」
ガキィッ!!

「なんで楓を守りきれなかったんだよぉぉぉぉぉ!!!」
ガキィィィッッ!!
彼女の頬には涙が流れていた。

「…………………」
柳川は答えられない。

梓は大きく振りかぶり、再び警棒を振るった。
それは迫力のある一撃だったが、いかんせんモーションが大きすぎる。
柳川はその一撃をバックステップで空振りさせ、
勢い余って前のめりになってしまった梓の手を狙って、包丁の背の部分で殴りつけていた。
ギィィン!!

「うあっ!」
梓の警棒が弾き飛ばされる。

「くそっ……」
――――勝てない。
梓は柳川に挑む前から知っていた。自分と柳川の力量差を。
自分では柳川に勝てない事を。柳川に一人で挑めば命は無いであろう事を。

「くそっ……、ちくしょぉぉぉぉぉ!!」
それでも、それでも彼女は引き下がれなかった。
諦められなかった。何かに気持ちをぶつけずにはいられなかったのだ。
梓は素手になろうとも、捨て身の覚悟で柳川に殴りかかっていた。
次の瞬間には、自分はやられているだろうという確信を抱きながらも。


ドゴォッ!!!
「――――え?」
「カ……ハ……」
―――しかし、結果は逆だった。
先程まであれほど見事に梓の猛攻を凌いでいた柳川の脇腹に、
あっさりと梓の拳がめり込んでいた。
柳川は包丁を取り落とし、腹を押さえながらその場に崩れんだ。

「お前……、なんで………?」
梓は動けない。状況が理解出来ない。
なんでこの男はわざと、攻撃をもらったのだ?
「あれ、は」
柳川はうずくまりながらも、顔を上げた。
「…………」
「あれは―――俺のせい、だ………すま、ない…」
苦痛に顔を歪めながらも、そう口にしていた。


「柳川さんっ!!」
「大丈夫ですか!?」
佐祐理と、もう一人の少女、美坂栞が駆け寄ってくる。

「もう……、もう止めてくださいっ!!」
佐祐理は梓と柳川の間に割って入り、吹き矢を手に立ちはだかっていた。
その手は震えていた。いや、手だけではなく体全体が震えていた。

「お願いします……、もうこれ以上この人を傷付けないでください…」
それでも、やはり視線だけは真っ直ぐに、梓を見据えていた。

(この子……こんなに震えてるのに……)
佐祐理のその姿を見ていたら、梓はもう何も出来なくなってしまった。
吹き矢を脅威と感じたからではない。吹き矢など奇襲以外ではさしたる脅威にはならないだろう。
ただ、今までの佐祐理の行動を見ていて、どれだけ柳川が慕われているかがもう分かってしまったから。
自分の行為がただの八つ当たりに過ぎないと認めざるを得なくなってしまったから。

「……ちくしょうっ!!」
梓はどうしたら良いか分からなくなり、その場から逃げ出した。

梓は叫んでいた。
森の中を駆けながら、ただひたすらに叫んでいた。
それはこのゲームにおいては非常に危険な行為だったが、
ぶつけるところの無くなった思いを少しでも発散する為に、梓はひたすら叫ぶしかなかった。




【時間:1日目午後11時ごろ】
【場所:G−9、海の家】

柏木梓
【持ち物:特殊警棒、支給品一式】
【状態:咆哮。これからの行動目的は次の書き手さん任せ】

倉田佐祐理
【所持品:自分と楓の支給品一式、 吹き矢セット(青×5:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【状態:心配、ゲームの破壊が目的。】

柳川祐也
【所持品@:出刃包丁、ハンガー、鉄芯入りウッドトンファー、M4カービン(残弾30、予備マガジン×4)】
【所持品A、自分の支給品一式】
【状態:左肩の治療は完了したが、直りきってはいない。梓の一撃で脇腹の骨にヒビが入っている】

美坂栞
【所持品:リサと自分の支給品一式、二連式デリンジャー(残弾2発)】
【状態:健康、香里の捜索が第一目的】
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