もう一度あの坂をあの人と




「………岡崎さん、なんでそんな格好してるの?」
十波由真が尋ねてくる。
このゲーム内では明らかに場違いな三角帽子。
気にするなというのは無理な相談であろう。

「……これが俺の支給品だったんだよ」
「変人殺人鬼はね〜、体だけ大きくなったかわいそうな大人なんだよ」
「……………」
由真の目が疑惑の目つきに変わっていく。

「だから、これをつけてるだけで寄ってくる知り合いがいるってだけだからな。大体俺は変態でも殺人鬼でもねえよ!」

ボコッ!
「にょわっ!」
腹がたったので、みちるにゲンコツを浴びせておく。

「うぅー、やったなー!」
みちるの体が沈み込み、そして……
「みちるキーーーーーーックッ」

ガスッ!

朋也の鳩尾にみちるの蹴りが直撃する。
「ぐおぉっ!!」
子供の蹴りとは言え、当たり所が悪い。
朋也は腹を押さえながら崩れた。
「べーだっ!」
勝ち誇るみちる。長身の男が少女相手に悶絶している。
一般的には実に珍しい光景であった。




――丁度その時、島内に放送が響き渡り始めた。
「――みなさん聞こえているでしょうか。
 今から僕は一つの放送をします。」
「えっ!?」

……
……
013 岡崎直幸


「え……、岡崎って……」
由真は放送で呼ばれたその名前に驚き、朋也の方を振り向いた。
「そんな……親父が…」
朋也は絶句していた。

……
……
…
…
 ――以上です」


立て続けに知り合いの名前が呼ばれた。
このゲームのルールは知っていたが、彼はまだ修羅場らしい修羅場に遭遇していない。
だから彼にはまだ実感が無かった。
このゲームでは容赦なく人が死んでいくという実感が。

だが、既に知人が数名死んだ。
特に父の死は彼に衝撃を与えていた。



(俺と親父は他人同然の関係だったんだ。同じ家で寝泊りしてはいるが、ロクに会話もしない。
親父にとって、俺は単なる話相手でしか無かったんだ。俺も親父を避けていたはずだ。
俺と親父は他人。他人なんだ。なのに――)

「なんで……涙が出るんだよ……」
視界が霞んで見える。朋也の頬を涙が伝う。

「岡崎朋也………」
「岡崎さん………」
心配そうに朋也を見ている由真とみちる。
彼女達の知り合いの名前は放送で呼ばれた中には無かった。
「くそっ……、くそっ…!」
涙を流しながら地面を蹴る朋也。
実の父親を失った者に、かける言葉など存在しなかった。



―――あれから1時間。
「はぁ……、はぁ……、すまん……取り乱しちまった…」
心配そうにしているみちると由真に声をかける。
「ううん……仕方ないよ……」
みちるも普段の明るさは影を潜め、俯いている。


ようやく朋也は落ち着きを取り戻しつつあった。
落ち着いた後に訪れる感情は、焦り。このゲームは着実に進行している。
渚などは自分が守ってやらなければすぐに殺されてしまうんじゃないのか?
「とにかく、いつまでも悲しんでられねぇ…早くみんなを探そう」



それからもう一つ、今一番言うべき台詞があった。
「後な、さっきは本当に悪かった……俺はもう大丈夫だから、出来るだけ明るくいこーぜ」
暗くなっても良い事ないしな、と苦笑いしながら付け加える。
「……もう、しょうがないな〜、変態殺人魔は」
「そうね…どうせなら楽しくいかないとね」
その一言が効いたのか、彼らの雰囲気は幾分マシになっていた。

父親の死は辛かったけど、まだ彼にとって一番大切な人は生きているから。
支えあってきた人はまだ生きてるから。
(渚―――無事でいてくれよな)
だから朋也は前を向いて歩き始めた。渚と一緒に、またあの坂を登る為に。




十波由真
【時間:19:10】
【場所:E−2の街道】 
【持ち物:ただの双眼鏡(ランダムアイテム)】
【状況:朋也達と行動を共にする。まだ少しだけ空腹。デイパックはD−1に放置状態】

岡崎朋也
【時間:19:10】
【場所:E−2の街道】 
【持ち物:お誕生日セット(クラッカー複数、蝋燭、マッチ、三角帽子)、支給品一式】
【状況:渚や友人達の捜索をする。パンを一つ消費】

みちる
【時間:19:10】
【場所:E−2の街道】 
【持ち物:武器は不明、支給品一式】
【状況:美凪の捜索をする】
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