おかしい。 この島はおかしい。 あの木の陰にも、あの岩の後ろにも武器を持った人がいる。 みんなみんな、私を狙っている。 そもそもこの島に連れてこられたのは何でだろう。かゆいな。 決まっている。 私を殺すためだ。 みんなして私を殺そうと狙っているのだ。がり。 そう考えれば合点がいく。 藤井君が助けに来ないのも。 七瀬君が来てくれないのも。がりがり。 みんな私が邪魔だから、殺そうとしてるんだ。 さっきの女も、あんな顔をして私を殺そうとしていたに違いない。 そうだ、あの注射。 解毒剤? 栄養剤? そんなわけがあるか。ばりばり。 あれは毒だ。 私を殺す毒だ。 だから蛆虫がわくんだ。 この身体はもう蛆虫でいっぱいなんだ。かゆい。 私は死ぬ。 私はもうすぐ死ぬ。 だけどただで死んでなんてやるものか。 私を狙うやつらを一人でも多く道連れにして死んでやる。がり。 武器はないけど、私にはまだこの手がある。この足がある。 この頭も、この歯も、この蛆虫の詰まった身体ぜんぶが私の武器だ。ぶち。 ―――みなさん、聞こえているでしょうか――― ほら、あそこにいる。うるさい。 私を狙う愚かな刺客が立っている。うるさいな。 私はアレを殺すんだ。 走って。近づいて。この手で。この手で。このてで。この その女性は、明らかに正常ではなかった。 響き渡る放送も聴こえないかのように、足取りも覚束ないまま歩いていた。 その手指は己の首を掻き毟るように蠢いており、そうして長瀬源蔵の目の前で 盛大に血を噴出して倒れた。 「ポン中の類、かの……これでは手の施しようもあるまい」 まだ微かに引き攣れを起こしているようだが、すぐにその息の根も絶えよう。 この境遇への恐怖ゆえにクスリに手を出してしまったのかもしれない。 これでも前の戦争を生き抜いた身だ。 惨たらしい死に方をする者などは見慣れているが、しかし。 「一体全体、最近の若者はどうしてしまったというんじゃ……!」 先刻の少年といい、この女性といい、これでは何を語ったところで 理解してもらえるものかどうか。 見れば、倒れた女性は既に動いていなかった。 余程の苦しみの中で息を引き取ったものか、その死に顔は苦悶に満ちていた。 死亡者の読み上げは、とうに終わっている。 その中には来栖川の名前も、由真の名も無かった。 ひとまずそのこと自体には安堵する源蔵。 (じゃが……) 源蔵は立ち尽くし、黙考を続ける。 眼前に倒れ伏す骸が、源蔵の心に影を落としていた。 この女性の名は、次の放送で読み上げられることになるのだろう。 そしてそこには、由真の名が並んでいるかもしれない。 絶望と苦痛に歪んだ遺体の貌が、由真のそれと重なろうとする。 慌てて首を振り、不吉な想像を打ち払う源蔵。 (この女とて、人並みの幸せもあったろうにな……) 女性の遺骸に合掌し、しばしの間その冥福を祈っていた源蔵が 歩き出そうとした、その刹那。 「―――ッ!」 背後に、息を呑むような気配。 (また……若者か) ゆっくりと振り向こうとする源蔵の心中は、苦渋に満ちていた。 【時間:19時前】 【G-4】 長瀬源蔵(072) 【所持品:防弾チョッキ・トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・支給品一式】 【状態:普通。由真を探す】 澤倉美咲(094) 【所持品:なし】 【状態:死亡】 - BACK