「……よろしいのですか?」 濃紺のスーツに身を固めた女性、榊しのぶはモニターから眼を離すと、 背後に立つ白衣の男に尋ねた。 「……何がかね?」 「―――神尾観鈴の件です。 彼女は肉体的には明らかに死亡しています」 「何故、放送で死亡リストから外したのか、と?」 「はい。差し出がましいとは存じますが」 「そうだね。本来、君が知る必要のないことだ」 「……申し訳ございません。以後、慎みます」 「なに、構わないよ。今日は気分がいいからね。 君の権限上、問題のない範囲で説明してあげよう」 「……ありがとうございます」 そう聞いても、榊の表情は晴れない。 素性の知れない男の物言いが、榊にはいちいち不気味に感じられていた。 「ははは、そう固くならないでくれ。 私も君も軍属じゃあないんだからね」 「……」 「いやなに、簡単な話だよ。 我々が神尾観鈴と呼称している少女は、『殻』にすぎないんだ」 「殻、ですか」 「そうだ。本来、神尾観鈴という少女の生死など我々にはどうでもいい」 「……」 ならば何故、という問いを差し挟むことは赦されない。 プログラムは絶対だった。 「必要なのは、その中身―――これ以上は言えないがね。 知れば君は死ぬことになる……はっははは、冗談だよ、冗談」 笑えない。 男の言葉が冗談などではないと、榊は身に沁みて理解していた。 「ま、そういうことだよ。 本当に死なねばならないのは、『今』の神尾観鈴なのさ。 だから、発表はしないし我々もアレを死んだとは考えない。 それだけのことさ」 片目を瞑って、にやりと笑う男。 榊は目を伏せて、嫌悪感が表情に滲み出すのをかろうじて避けた。 モニターを見つめ続ける男は、独り言のように続ける。 「……殺しあえ、殺しあえ化け物ども。 お前たちの屍が、我が国を高みへと導くんだ……」 そんな言葉などまるで耳にしていない、という風に一礼すると、 榊は退出する。 そう振舞わざるを得なかった。 ここは、そういう国だ。 モニターの中では、箱庭の地獄が続いている。 【時間:18時過ぎ】 - BACK