男の純情




島の東側、海岸沿いにある納屋。
どうにか雨風はしのげるといった風情の廃屋に、佐藤雅史と藤林椋はいた。
南側の集落を目指して歩いていた二人だったが、この環境で疲弊していた
椋の様子を見かねて、雅史が休憩を提案したのだった。

詩子たちと別れてから、まだ一、ニ時間ほどしか歩いていないはずだったが、
椋の疲労は限界に達しているように、雅史には見えた。
体力にはそれなりに自信のある自分ですら、全身にまとわりつくような
重い疲労を感じているのだ。
見るからに線の細い少女である椋にはひどく辛い道中だろう。
緊張と不安、そして何より絶望感。
メンタル面の不調がどれだけ身体を蝕むか、雅史にはよく判っていた。
それで、まだ大丈夫だと言い張る椋を少々強引に説き伏せて、この廃屋で
休むことにしたのだったが、

(……よく考えたらこれって、女の子を人気のないところに連れ込んだ、
 ってことになるのかな……)

意識してしまうと、もういけない。
少し乱れている椋の呼吸も、あまり広くない納屋ゆえの距離の近さも、
建材の隙間から射す夕陽によって演出される適度な暗さも、何もかもが
雅史の男としての部分を刺激する。
スカートの裾から覗く太ももの白さを目に焼き付けてしまう自分に嫌悪感を
憶えながら、雅史は己の妙な緊張をどうにか誤魔化そうと声を出す。

「あ、あのさ……藤林さん、藤林さんの探してる人って……」
「椋、で」
「え?」
「椋でいいですよ、佐藤さん」
「え……あ……うん……」

(どうして、ここでそういうことを言うかな……)

物理的にも精神的にも、これ以上距離の近さを意識してしまうのはマズい。
つい、なら僕も雅史でいいよ椋ちゃん、などと言いそうになる自分を
敵陣に向けて全力でクリアしつつ、雅史は必死に話題を振る。

「じゃ、じゃあ椋さん……椋さんの捜してる人って……」
「お姉ちゃんと、同じクラスの人……それから、その……つきあってる男の人、です」
「―――へ?」

人生でもベスト3に入る間抜けな声だ、と雅史は思う。
つきあってる。彼氏。彼氏持ち。
コブつき。意識してない。範疇外。
アウトオブ眼中。
収まれ混乱、と必死に自分をなだめる雅史。
ものすごく恥ずかしい一人相撲をしていたんじゃないか、などということを考えると
衝動的に死にたくなるので、あえてその記憶は封印しようと誓う。
心の中で二度、三度と咳払いをして、できるかぎり平静な声を出そうと努めた。

「そ、そうなんだお姉ちゃんとクラスの人とかかカレシね」

どもった。
しかもひどく早口で、どこから見ても挙動不審だった。
だが椋はそんな雅史の様子を気にするでもなく、手にしていたファイルを開く。

「この人がお姉ちゃんで、この人がクラスの人、それでこの人が……」
「かかカレシね」

いい加減にしろ自分。
恥ずかしさで死にたいならあとで存分に死ね。
ここはちゃんと格好つけろ。
雅史の中の八方美人回路がそんな声を上げる。

見れば、写真の中の少年は悪戯っぽく笑っている。
少し線の細いイメージはあるが、どこか穏やかで優しそうな男だった。

(……お似合いじゃないか)

素直にそう思う。
よし、そういう風に思えるなら動揺は収まってきたぞと自己判断する雅史。

「そっか……早く会えるといいね」
「はい……」

弱々しげに笑うその表情を見て、雅史は先程までの自分を心底恥じる。
この人たちに会わせるまでは、自分がしっかりと少女を護らねばならないのだと
認識を新たにするのだった。


「――みなさん聞こえているでしょうか。」


残酷な事実を告げる声が響いたのは、そんな時だった。




【時間:18:00】
【場所:F-09】

佐藤雅史
【持ち物:金属バット、支給品一式】
【状態:若干疲労】

藤林椋
【持ち物:参加者の写真つきデータファイル(何が書かれているかは次の書き手さんまかせ)、支給品一式】
【状態:相当疲労】
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