ラブハンター・リバイバル!





来栖川綾香は考え込んでいる。

先刻の、まーりゃんと名乗った少女の話。
久瀬の話。
この島の状況。
何もかもが混沌としていた。

セリオの話では、定時放送は久瀬ではなく榊が行っていたらしい。
あの目立ちたがり屋の久瀬がそんな絶好の機会を逃すはずがなかった。
出てこなかったのではなく、出てこられなかったと考えた方がいいだろう。
しかし、ティーセットを持ってこさせるために連絡した時には既に18時を
過ぎていたはずだ。
それはつまり、あの時点では司令職はともかくとして、自分たちの
バックアップの任まで解かれたわけではないということだろうか。
そう考えて本部に連絡を取ろうとしたが、先程から通信が繋がらない。
妨害電波の類ではないようだったが、こちらの呼びかけに応答がない。
だがセリオに確認させたところによれば、サテライトとの情報通信は
途絶していないようだった。
どういうことだ。
自分たちは完全に見捨てられたわけではないというのか。
しかしこれ以上の援助は望むなと、そういう意図か。
どうなっている。
本部の状況、本土の状況、来栖川本社の状況、永田町の状況は一体どうなっている。
情報がない。連絡がない。優位性がない。
それがこれほどに厄介なことだと、失われてから初めて思い知る。
どうすればいい、どう動けばいい、わからない、わからない、わからない―――
綾香の思考が底なしの迷宮に陥りそうになった、その瞬間。



「ぎにゃあ!」


内臓を内側から針で突かれたような、乳房の中を羽で擦られたような、
奇妙な感覚が綾香の全身を駆け巡った。

「な、なに!? 何なの!?」
「―――綾香様」

セリオが、綾香の背後に音もなく立っていた。

「セ、セリオ……いったい何が起こったの!? また誰かの攻撃!?
 今度は何、超能力!?」
「落ち着いてください、綾香様。
 OS、及び関連パーツの移植作業が完了いたしました」

言われて初めて、セリオの奇妙な姿に眼をやる綾香。

「……それ、なに?」

セリオの腹部メンテナンスハッチが取り払われている。
どうやらその周辺の構造も大きく改装されているらしく、空いたスペースに
組み込まれていたのは、

「こんなのひどいですー、ボディ返してくださいー」

イルファの頭部だった。
涙声で訴えている。
民生品は芸が細かい。

「HMX-17aの頭部には非常に高度な演算ユニットが組み込まれています。
 残念ながら完全に一体化されているため、人格AIのみの除去は不可能でした」
「残念ながらってなんですか……」

腹からの声は無視。

「ふぅん……それでそんなド根性スタイルになってるのね……。
 どのくらいパワーアップしたの?」
「HMX-17aのみでも、私に従来組み込まれている演算装置の能力を大きく上回ります。
 並列処理させることで、機能を飛躍的に向上させることができます」
「じゃ、あんた要らないじゃん?」
「 並 列 処 理 さ せ る こ と で 、機能を飛躍的に向上させることができます」
「わーった、わーったから!」
「言ってみれば、13×17でHMX-221といったところです」
「……お前ホントに理系か?」

呆れ顔で新生セリオ(&イルファ)を見る綾香。
ふと、先刻の体験を思い出した。

「んじゃ、さっきの変な感じは……」
「NBSの解除命令が出ていませんでしたので……」
「は?」
「おそらく、ダイナミックリンクを通してOSの上書きインストール時の感覚が
 逆流したものかと推測されます」
「え〜っと……つまりさっきのは……」
「言ってみれば、我々の……生まれ変わる瞬間、とでもいった情報を、人間の
 感覚に置き換えて伝えてしまったものかと」
「へぇ、そんなもんなんだ……ん、でも……あれ?」

何か引っかかりを憶える綾香。

「さっきの感覚、前にもどっかで……?」

懸命に記憶をひっくり返す。

「ん〜、あの、何か流れ込んでくるような感じ……。
 ん〜〜〜〜〜〜〜〜……、あ!」

閃いた。

「そうだ、姉さんが姫百合珊瑚の霊を憑依させた時……!」
「珊瑚様ですか?」

少し黙ってろ、とイルファを小突いて、綾香は思考を巡らせる。
涙目のイルファ(頭部のみ)は完全に無視。
この感覚の共通点は何か重大なヒントを自分に与えてくれている、
そんな予感があった。
格闘家として、また経営者として成功を収めてきた綾香には、
その予感を蔑ろにすることの愚かさがよく判っていた。

(考えろ、考えろ来栖川綾香……!)

憑依。インストール。能力。上書き。異能。
それらの単語が綾香の脳裏をぐるぐると回る。
ぼんやりと、新しい「何か」の輪郭が見えてきた気がしていた。
それはきっと、未知の扉を開いてくれる。
この五里霧中の状況を打破する力になる。
だが、

(……あと一歩、あとほんの一歩が足りない……!)

固まりかけていたイメージが雲散霧消していく。
それを繋ぎとめるのに精一杯で、新たに何かを組み上げることなど
できそうになかった。
これが現状での限界と、綾香はそう結論付ける。

「ダメ、か……」

セリオとの下らないやり取りで忘れかけていた疲労感が、どっと
押し寄せてくる。
肩にのしかかるような重圧に、思わず座り込んでしまう。
なまじ希望とも思えるものが見えかけていただけに、落胆は大きかった。

「……はぁ、もうやめちゃおうかな、こんな面倒くさいこと」

大きく溜息をつく綾香。
その丸まった背中に、かけられる声があった。

「……若い者がそんなことじゃいかんな。
 溜息をつくと幸せが逃げていくというからの」
「え……!?」

慌てて振り返る。
そこに立っていたのは、

「姉、さん……だよね?」

確かに来栖川芹香の背格好をしていた。
しかし、纏っている空気が違う、表情が違う。
それはどこか老成した人物を思わせるようで、綾香を戸惑わせる。
そんな困惑をよそに、芹香の姿をした人物は続ける。

「お前さんのやりたいようにやったらいい。
 それとも、自分が撃ち殺した爺の言うことなんぞ聞けんかね……?」
「え、あんた、もしかして……」

ようやく合点がいった。
これは昼間、KPS−U1の試運転を兼ねて射殺した……たしか、名を
幸村俊夫といったか。
それを、芹香が憑依させているのだと、綾香は内心で頷く。

「確かにわしはお前さんのやってきたことを許せんが、それもこれも、
 この国が子供たちに教えてきた価値観ゆえのことだからの……。
 そもそも間違っとるのはわしら大人、わしら教師だということはわかっとる。
 だからの、若い者のそんな姿を黙って見ておるのは耐えられんのだよ」

それは、軍国主義をひた走ってきた国家に対する、教師としての苦悩が
滲み出した言葉だった。

「今更、お前さんに道徳の授業をしようとは思わんよ。
 だがの、……来栖川さんといったか、お前さんのような若い者が
 自分で自分の道を閉ざしてはいかん」
「爺さん……」
「お前さんには力がある。ついてきとる者たちがおる。
 両手で抱えきれんほどのものを持っておる。
 その内の一つだけが零れ落ちたからといって、それがどうしたというのかの」

それは事実だった。
この島に来る前も、ここで戦っている間も、綾香は恵まれすぎるほどに恵まれていた。
財力、胆力、腕力、知力、美貌。
およそ凡人が望みそうなものをあらかた兼ね備えていた。
努力で得たものもあった。天賦の才でもたらされたものもあった。
だがそのすべてが、来栖川綾香を形づくるものだった。
それらをもって、立ち塞がる障害を撥ね退けてきたのが来栖川綾香だった。

「……そうだね」

ひとつ頷く綾香。

「うん、そうだ。まだ、溜息つくような場面じゃない……!」

その目に力が戻っていく。

「……ほ、その目だよ。その目を忘れるな、若いの。
 わしはいつも、お前さんたちのすぐ側で見守っとるからの」

その言葉を最後に、芹香の全身から老人の気配が消えていく。

「……ありがと、爺さん……だか、姉さんだか」

くたりと力を抜いて倒れこむ姉を支えながら、綾香は口を開く。
その顔には、いつもの不敵な表情が戻ってきていた。

「ぃよっし! くよくよ考えてても仕方ない!」

勢いよくセリオのほうに向き直ると、

「セリオ!
 さっきの感覚でヒントが掴みたいんだ、もっかいインストールできる?」
「いえ、綾香様、それが……」

相棒の返答に眉をひそめる綾香。
せっかくの勢いを削がれたくなかった。

「何よ? 不具合とか出るの?」
「いえ……」

「だから、何よ?」
「HMX-17aにはセキュリティ機能がついていました」
「で?」
「非常に強固、かつ後先考えない設計なもので、製造者にも解除できません」
「だから、何!」
「頭部の演算ユニットと胴体の駆動部が切り離されますと、緊急セキュリティシステムが
 発動する仕組みになっています。おそらく盗難による情報漏洩防止の用途かと」
「それはいいから!」

嫌な予感が膨らんでいく。

「結論から申し上げますと……」
「なんか昼間もこういうことあった気がするよね?」
「自爆します」
「だからもっと早く言えよそういうことは! 撤収ー!!」

二度目だけに手際がいい。
閃光と熱風、轟音が周囲を駆け抜けていく。

「あー、私のボディ……」

イルファ(頭部のみ)が恨めしそうに綾香を見ているが、やはり無視。

「あー……くっそ、どうするかな……もう少しで何か掴める気がするのに」

悩む綾香の呟きに、セリオが答える。

「綾香様、差し出がましいようですが申し上げます。
 この島にはまだ、HMX系列の機体が存在しています。……少々旧式ですが」

その言葉に、はっと顔を上げる綾香。

「そっか……そうだった!
 すっかり忘れてた、まだいるじゃんバラせそうなの!」

こうして、綾香一行の次の標的が決まったのだった。


「……そういえば姉さん、全身憑依させたりしたら危ないんじゃなかったの?
 え? あれはいい霊だから大丈夫。
 ……ってことは悪い霊もいるんだよね、たとえばどんなの……?」

 あぅー            貧乏はいやああ…
       うぐぅー                由綺さぁん……


「……あー、もう大体わかったからいいわ……」




【21:00頃】
【神塚山の山頂付近 F−05】

【37 来栖川綾香】
【持ち物:パワードスーツKPS−U1改、各種重火器、こんなこともあろうかとバッグ】
【状態:復活】

【60 セリオ】【持ち物:なし】【状態:グリーン】
【9 イルファ】【状態:どっこい生きてるド根性】

【38 来栖川芹香】
【持ち物:水晶玉、都合のいい支給品、うぐぅ、狐(首だけ)】
【状態:若干疲労】
【持ち霊:うぐぅ、あうー、珊瑚&瑠璃、まーりゃん、みゅー、智代、理緒、澪、幸村、弥生】
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