好きなものは好きだけどちょっと待て




微笑を浮かべる聖。
不敵な笑みで応えるマナ。
その握手は固かった。というか固すぎた。

「断るっていやそんな」
「嫌ったら嫌よ、そんな電波な使命」

握り合ったその手の間から、ぎりぎりと名状しがたい音がしている。
それはまさに、この生涯忘れえぬ出会いを己が胸に刻み付けようとする、
その槌音であるかのようだった。

「君しかいないんだよいやホントに」
「冗談は歳だけにしてよねいやホントに」
「いやいやいや」
「いやいやいや」

だがその時、そんな二人の友好的なムードを打ち砕くが如き、冷厳な声が響いた。

「……いいえ観月マナ、あなたはその図鑑を使って戦わねばならない……。
 それは運命なのです」

夜闇に沈む木々の間から姿を現したのは、一人の少女だった。
美しいながらも、どこか陰のある雰囲気を醸し出す少女。
長い髪を両のおさげにして垂らすその少女の手には、一冊の本が握られていた。

「あ、あなたは……?」
「貴様……その図鑑、GLの手の者かッ!」

叫ぶや、聖は懐から電光石火で抜き放ったベアクローを装着すると、
地面を蹴って超高速回転のまま少女に突っ込んでいく。
だがそれを見る少女はどこまでも冷静に、手にした本をかざした。

がいん。

重い音が響く。
吹っ飛ばされたのは、聖の方だった。
少女に向かっていった、その勢いのまま近くの大木に叩きつけられる。

「ぐわあああっ!」
「……無粋ですね。このGL図鑑の力はあなたもよくご存知のはずですが、
 キリシマ博士……いえ、元・魔法の腐女子はなまる☆ひじりん、とお呼びした方が
 よろしいでしょうか」

その言葉に、苦しげに顔を歪めたまま聖が身を起こす。

「き、貴様……何故その名を……」
「それとも”コジロー☆大好きっ子”の方が」
「やめてくれえええ」
「……あなたの時代は終わったのですよ。そしてBLの時代もね」

言い放つと、少女はマナに向き直り、一礼する。

「里村、茜と申します」
「ああ、ここまで全然出番のなかった人ね」
「さーとーむーらー、あー、かー、ねー、と、申します」
「はいはいはいはい茜さんね」

ひらひらと手を振ってみせるマナ。
また変なのが出てきたなあ、と顔に書いてある。

「じゃ、そういうことで」
「待ってください」
「嫌です」
「それは私の専売特許です」
「知らんし」
「博士がどうなってもいいのですか」
「好きにすれば」
「おい待て」
「とにかく待ってください観月さん」

ああもうめんどくさいなあ、という感じでしぶしぶ立ち止まるマナ。
こんなの相手にしてないで、はやく次のカップリングを見に行きたいのに。
その思考が既にこの連中の世界にどっぷりハマっているのだとは気づかないまま、
マナは茜と名乗る少女を見据える。

「これは運命なのです、観月さん……私が選ばれたように。
 あなたもすぐにそれを知ることになる……今日はそれだけを伝えに来ました」
「いやだから何の話」
「……また会う日を楽しみにしています、観月さん。
 すべてはレズビアンナイトのために」
「人の話聞いてくれる?」

言うだけ言うと、茜と名乗る少女は夜の闇へと消えていった。

「あのちょっと、わたしすごい置き去り感あるんですけど……。
 ねぇ博士、運命ってどういう……うわ、もういねえ!?」

振り返ったマナの視界には、『たのんだぞ』と書いたメモ。

「どうすんのよコレ……」

暗い森の中で、ぼんやりと光を放つ図鑑の重みだけがマナに残されていた。




【時間:午後9時すぎ】
【場所:E−7】

観月マナ
【所持品:BL図鑑・ワルサー P38・支給品一式】
【状態:腐女子Lv1】

霧島聖
【所持品:デイパック、ベアークロー(ランダムアイテム)】

里村茜
【所持品:GL図鑑・支給品一式】
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